第一次世界大戦年表
オーストリア＝ハンガリー二重君主国による「最後通牒」（1914 年 7 月 23 日）再考 ─ F. ヴィースナーの『覚書』にみる開戦決断の背景 ─
Tsar Nicholas and Kaiser Wilhelm telegram

CHAPTER 36: 7月29日
ｐ�223
ポツダム （c.f.　夢遊病者たち p780、Mc Meekin JULY1914　Count down to war p270～)
ウィリーはニッキーに、ロシアは実際には、紛争に関与しないことができると電報を打った。「貴政府とウィーンとの直接の理解は可能であり、望ましいものだと思います（I think a direct understanding between your government and Vienna possible and desirable,　Kaiser to Tsar, July 29, 6:30 pm）」。さらにカイザーは、「我が政府はそれを促進するための努力を続けています。my government is continuing its exercises to promote it　同」と書いた。カイザーはこのことが真実ではないことを知らなかったが。しかしヴィルヘルムは、もしロシアがオーストリアを脅かす軍事的措置を講じた場合、そのような措置は平和ではなく戦争をもたらすだろうと警告した。

　ニッキーは、自分がカイザーから聞いていることと、カイザーの大使から聞いていることが違うことに困惑している、と答えた。 「この違いを解消してください(訳注；原書 Please clear up this difference おそらく"Willy-Nicky電報ではBeg you to explain this divergency! )」と彼は書いた。

　ニコラス2世は、オーストリアとセルビアの紛争を裁定のためにハーグ陸戦条約（1899年発効）に付託するよう主張した（Mc Meekin JULY1914　Count down to war　p223）。「私はあなたの知恵と友情を信頼しています。Trust in your wisdom and friendship（Tsar to Kaiser, July 29, 8:20 pm 原書　I trust to your wisdom and friendship.）　」

　セルビアが破壊の脅威にさらされた場合、ロシアが実際に介入する可能性があることがウィーンで認識された今、オーストリアの将軍たちの心に疑問が生じた。これらの疑問はドイツのヤーゴ外務大臣に向けられたものであった。数日前、彼はロシア政府に対し、ドイツに対するものでない限り、ロシアの部分動員にベルリンは反対しないと公式に保証した。

　オーストリア人たちは今度はドイツ人の同僚に対し、オーストリアに向けられた部分的なロシアの動員の発令を指摘した。もしそれが有効であり続けたとしたら、それは、オーストリアがセルビアに対して軍隊を派遣したとき、二重君主国（オーストリア）はロシアの背後からの攻撃に対して無防備なままになることを意味するのではないだろうか？

コンラッドは依然としてドイツがロシアを抑止してくれることを期待しており、ドイツがそれに成功するだろうと軽率に処断した。

p224
　それゆえに（ロシアの部分動員ゆえに）、ロシアの特使との会話の中で、ヤーゴは立場を逆転させた。ロシアの部分的な動員を考慮して、「ドイツも同様に動員を強いられることになった。 したがって、なすべきことはもう何も残されておらず、外交官たちは今後、話を大砲に任せなければならない。」 もしこれがロシアに部分的な動員を縮小するよう説得することを目的としたものであったとすれば、それはその目的を果たせなかった。

　モルトケは現在の状況について書いた覚書を政府に届けた。彼は軍の同僚と同様、オーストリアがあと数週間は戦闘を開始しないだろうと予想していた。カイザーと同様に、彼はヤーゴがウィーンに直ちに行動するよう圧力をかけていたことを知らなかった。したがって、モルトケはオーストリアの宣戦布告に驚いたのだ。

モルトケは覚書の中で、オーストリアの動きの影響を分析していた。 オーストリアが動いたとき、ドイツをロシアとの戦争に引き込む一連の出来事を引き起こすことは必至だった。 モルトケによれば、「ヨーロッパの文明国家は互いに引き裂き始めるだろう」。「今後数十年にわたってヨーロッパのほぼ全土の文明を壊滅させる戦争」の勃発を防ぐには、今となっては奇跡が必要だろう。

　しかし、それ（世界戦争）はモルトケが支払う覚悟のある代償だった。 政府に対するモルトケの質問は本質的に、紛争を局地化され、局地化によってモルトケが予見した悲惨な結果を回避できるとまだ信じているのか、というものだった。

<Kaiser、呼ぶ Fischer GERMANY'S AIMS IN THE FIRST WORLD WAR p76>
カイザーはベートマンとの会話について話し合うため、ドイツの軍事指導者らをポツダムに呼んだ。カイザーは、その場にいたティルピッツの言葉を借りれば、宰相は「完全に崩壊してしまい」、ヴィルヘルムは「ベートマンの不適格性について遠慮なく発言した」。

p225
　実際、ベートマンは自分自身に 2 つの主要な目標を設定していた。その一つは、労働者と左翼による戦争政策の受け入れを確保することであり、彼はそれには成功した。

もう一つは英国の中立の誓約を取り付けることであったが、それはうまくいっていなかった。 英国を戦争から遠ざけることはベートマンにとっては（政治的には）重要だったが、ドイツの軍事指導者にとってはまったく重要ではなかった。

　ティルピッツによると、ポツダムでの会談で以下のようなことがあった。カイザーは一同に対し、以下のように伝えた。「首相は、英国の中立を保つためにはドイツ艦隊を犠牲にしてでも、英国との協定を結ぶべきだ、と提案した」。だが、カイザー自身がそれを拒否してしまった。（Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p76　夢遊病者たちp780　Mc Meekin JULY1914　Count down to war　p274）

　会議ではカイザーのhalt-in Belgradeの提案にウィーンが応じるまで、何もしないことが決定された。ベートマンはそれをサボタージュしながら、やっと（オーストリアに）転送した。

彼は、ドイツが、オーストリア（の意志）を「拘束」するつもりはないことをオーストリア人に理解させるよう指示を添えて大使に転送した。彼はウィーンに対し、この提案はプロパガンダ目的のみであることを強調したかった。

　しかし、カイザーがポツダムでベートマンを非難し、ベートマン首相が精神的に崩壊した後、ベートマンは必死に自分を立て直そうとした。彼は、前日にウィーンに「してはいけない」と理解させたことを、まさにウィーンに”やらせる”努力に身を投じた（完全に局地戦にとどめようとするKaiserの意見に同意した）。

午後10時18分、彼はオーストリア＝ハンガリーに公開電文を送り、前日29日の（オーストリアがベオグラードを占領し、これ以上進まないという）halt-in Belgrade(ベオグラードでの停止)メッセージが受信されたかどうかを尋ねた。 12分後、彼は待ちきれずに再び電報を打った。

　この時点でベートマン首相は、英国とイタリアの両国が互いに独立して、カイザーのベオグラードでのhalt-in Belgrade(停止計画;)と非常によく似た平和維持計画を提案していることを知った。ベートマンとヤーゴが前日29日のヴィルヘルムの指示を忠実に実行し、ドイツの全重量を同盟国(オーストリア)に負わせていれば、戦争の危機は解決したかのように思われた。

　その代わりに、29日の夜、ベートマンはKaiserの怒りを逃れるなら、オーストリア＝ハンガリーも進んで方向転換するであろうことを期待しなければならなかった。

　ベートマンは今や、駐オーストリア・ドイツ大使チルシキに次のように電報を送った。「我々はもちろん、（戦争に訴えたいオーストリアの）同盟国としての義務を果たす用意はあるが、ウィーンによって無責任に、我々の助言を無視して世界大火に引きずり込まれることは断らなければならない。」（c.f. 「夢遊病者たち p779」)

ベートマンは大使に対し、オーストリアは少なくとも何かをすべきだ、とベルヒトルトを説得するよう伝えた。すなわち、「全体的な大惨事を防ぐために、あるいは少なくともロシアに不利益をもたらすために、我々はウィーンが対話を開始し、追求するよう緊急に勧告しなければならない。」

p226
　しかし同じ時にモルトケが、コンラッドに電報を打って、オーストリアの総動員を促していた。 おそらくこれは、オーストリアがロシアではなくセルビアに対して動員してしまうのではないかというモルトケの当然な懸念を示していたのかもしれない。(Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p85)

　だがベルヒトルトがドイツ首相からのメッセージを見たときと同じように、「ベルリンを統治するのは誰だ――モルトケかベートマンか？」と尋ねたのは当然だった。一方は戦争を電信で伝え、もう一方は平和を電信で伝えたのだから。いずれにせよ、（平和を伝えた）ベートマンは遅すぎた。彼の電報は、ウィーンがモルトケに応じて総動員を命じた数時間”後に”到着した。

カイザー　戦争をしたいオーストリアの意向無視してでも、戦争を何としても局地化（可能な限りにfait accompriに近い）しておきたい
ベートマン首相　それは確かにそうだが、戦争をしたいオーストリアの意向を無視するわけにはいかない→後にカイザーに擦り寄る
モルトケ　予防戦争の意味合いにおいて、今こそロシアと戦うチャンスだ。オーストリアよ、総動員せよ（モルトケはウィーンに対し、イギリスの和平案を考慮せず、その代わりに総動員を命じ、戦争計画R、つまりロシアに対するオーストリア戦争を発動するよう要請した。）

＜その中立を確保しようとするドイツの試みを拒否した英国＞
29日の初め、グレイはロンドンで、ドイツ大使リヒノフスキーに会いに来るよう頼んでいた。外務大臣グレイと駐英ドイツ大使リヒノフスキーは旧友として会話したが、ヨーロッパでの戦争の勃発を考えると、グレイは、「私たちは離れて立ったほうがいいと考えるような私たちの会話（私はこの会話が続くことを望んでいたが）の友好的な口調に、彼が惑わされないことを願っていた。」そして、そして、「私たちの会話のすべての友好的な口調が、彼または彼の政府に私たちが行動を起こすべきではないと誤解させたという、彼からのいかなる非難も受け入れたくなかった。」

　外交用語的に言えば、これは戦争の脅威だった（ロンドンでの会談でグレイは、もしドイツがフランスを攻撃すれば、イギリスはドイツとの戦争を検討するだろうと、ベールに包まれた言葉でリヒノフスキー王子に警告した[178]）。しかしグレイは、少なくとも現時点では、政府がこの件に関して自分を支持していないことを知っていた。

　リヒノフスキーとのこの会話の過程で、グレイは、ベオグラードが戦争を起こさないことについて独自の提案を行った（が、それはカイザー・ヴィルヘルムのそれと非常に似ていた（ "Stop in Belgrade" ）。リヒノフスキーがこのことをカイザーに報告すると、カイザーは次のようにコメントした。「私たちは何日もこのことを達成しようと努力してきましたが、無駄でした。」カイザーは、7月27日と28日にウィーンでベートマンとヤーゴが自分をないがしろにしたこと（c.f.P218)、そしてその提案は数日ではなく数時間だけしか真剣に促されなかったことを知らなかった。

　リヒノフスキーの報告によると、ロンドンは「オーストリアがセルビア問題の議論に応じない限り、世界戦争は避けられない」と強く確信していたという。グレイの見解では、「もし戦争が勃発すれば、それは世界がこれまでに見た最大の大惨事になるだろう。」というものだった。

これに対するカイザーのコメントは、それは英国のせいだろう、というものだった。つまり、英国がしなければならなかったのは、（参戦はしないという）その言葉を発することだけだった、そうすればフランスとロシアは静まり、戦争はなくなるだろうと彼は言った。」「英国だけが平和と戦争の責任を負っている」と彼は書いた(Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p85)。

　「それがこの件の皮肉の一つだ」とアスキスは腹心のヴェネチア・スタンレーに宛てて次のように書いている。「和平の方向性に関して建設的な提案を行った唯一の大国である我が国が、戦争勃発を引き起こす原因であるとしてドイツとロシアの双方から非難されている。ドイツは、『もし英国が中立だと言うなら、フランスとロシアはあえて戦わないだろう』と言い、ロシアは『もし英国が大胆に我々ロシアの側につくと宣言すれば、ドイツとオーストリアは即座に自制するだろう』と言う。（訳注；C.F.J.ジョル　第一次世界大戦の起源 p30 つまり、英国は中立を保つにせよ、介入するにせよ、逆に局地戦ないしは欧州戦争を世界戦争にしてしまうことになった。後世、英国が中立を頑として守れば、世界大戦にはならなかったのではないか、という主張が強く、中立に反対していただったチャーチルが批判されるが、必ずしもそうした見方は、正しくはないのである）」

　その日、内閣は一般警報を発令することを承認し、世界中のイギリス軍基地に発令された。さまざまかつ広範な予防措置が講じられた。専門用語で言うと、「戦争の書」は帝国国防委員会の書記によって開かれた。しかし、ほとんどの閣僚は英国を紛争から遠ざけるつもりだった。

p227
　ウィンストン・チャーチルは、閣内や与党自由党の意見が依然として中立志向であることを懸念した。彼は密かに保守党の最も親しい友人であるF・E・スミスに手紙を送り、介入賛成派の自由党員（おそらく党内の少数派である可能性が高い）とすべての保守党員が支援する連立政権樹立の可能性について党指導部に打診するよう依頼した。スミスは、2日後の田舎の週末で他の党指導者らと会う予定だったので、彼らと話すことを約束した。

　チャーチルにはもっと差し迫った懸念があった。第一海軍卿として、彼は海軍が奇襲攻撃に対して脆弱であることを懸念していた。彼は艦隊を、厳重に守られた北部の戦時のための駐屯地に移動させたいと考えていた。しかし、彼は後に、挑発的であると解釈される可能性のあるそのような動きについて内閣の承認を求めたくなかったと回想した。

代わりに、彼は自分の提案を持って首相に会いに行き、アスキスからの一種のうめき声を承認として解釈することにした。

　この移動は秘密裏に行われ、安全への旅の重要な部分は夜間に行われた――チャーチルの説明によれば、「暗闇が訪れると、18マイルの軍艦が狭い海峡を真っ暗闇の中、猛スピードで走り、彼らとともに進んだ」北部の広い海域に英国軍の安全装置を投入した。

＜フランス＞
フランス左翼の平和主義者のアイドル、ジャン・ジョレスが国家主義の狂信者によって暗殺された。ジョレスは１週間以上にわたり、平和を維持するためのポアンカレ＝ヴィヴィアーニ政権の努力を称賛していた。予期せぬことに彼の死は政府の背後で国を統一した。

＜ドイツ＞
遅い時間、実際、真夜中近くに、ベートマンは駐独・英国大使のエドワード・ゴシェン卿を公邸に呼び出した（c.f. GERMANY'S AIMS IN THE FIRST WORLD WAR p76～77)。ベートマン首相はゴシェンに対し、間もなく始まるかもしれない戦争でイギリスが中立を保つことに同意すれば、ドイツはオランダの独立と誠実さを尊重し、フランス領土の獲得を求めないという提案をロンドンに伝えるよう求めた。これはフランスとの約束である。植民地は除外された。ゴッシェンはそのメッセージを外務省に伝え、翌朝受け取られ、それを読んだグレイを激怒させた。（c.f. 「夢遊病者たち p740」　GERMANY'S AIMS IN THE FIRST WORLD WAR p77)

CHAPTER 37: JULY 30
p229
駐ロシア・フランス大使パレオローグは、7月29日から30日にかけての夜、ロシアが動員されていることを自国政府に知らせなかったとして歴史家たちから長年非難されてきた――今では間違っていると私たちは信じているが―。 Jean Stengers の研究によると、パレオローグを信用していないロシア人は彼に何も言わなかった。フランスが差し迫った動きを知ったとき、ロシア軍を止めるにはもはや遅すぎた。

7月30日木曜日は、後に多くの歴史家が運命の日とみなした日だったが、始まりは最悪だった。前夜、遅ればせながらカイザーに同調したドイツ政府は、オーストリア・ハンガリーに対し、戦争から撤退するためのベオグラードでの戦争忌避のフォーミュラを受け入れるか、そうでなければドイツの支援を失うかのどちらかだという、メッセージを送った（Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p79）。

しかしベルヒトルトは、当面は返答できないと主張した。ヴィルヘルムが指摘したように、ドイツ、英国、ロシアがベオグラードでの戦争忌避の提案に同意しているようだったので、特にイライラさせられた。

＜カイザーの平和主義＞
　（だが）ヴィルヘルムは失望した。オーストリア＝ハンガリー政府がロシアとの交渉に前向きであるというニュースが彼に届いたからである。「遅すぎるのではないかと思う」というのが彼のコメントだった。 "始めよう！今！" 彼は叫んだ。

このような発言を彼なりに解釈して、ベートマンはベルヒトルトに対し、少なくとも平和的解決を求める動きをするよう促した。さもなければ――ウィーンがノーと言うなら――ベートマンは次のように主張した。ロシアの肩にかかって欧州戦争が勃発する。」

カイザーが危機終結の調停を試みたのは、「我々が戦争を望んでいるという議論の余地のない疑惑を生じさせずに調停を拒否することができなかったから」に過ぎない。カイザーはさらに、「ウィーンがすべてを拒否すれば、ウィーンは、自身が絶対に戦争を望んでいることを示す文書証拠を提出するだろう」と付け加えた・・・一方、ロシアは依然として責任を負っていない。それは、我々自身が我々を維持できない立場に追い込むことになるだろう。」

p230
　一方、カイザーは、今何が起こっているかを誤解していたために、サンクトペテルブルクでの彼の調停活動に対する反応に激怒した。 30日の夜明けに、カイザーはニコライからのメッセージを目にして、ロシアが、7月25日に決定した部分的動員、つまりオーストリア＝ハンガリーに面する4つの地区での動員を発令したことを知らせたことに気づいたからである。

ツァーリによれば、「現在施行されている軍事措置は5日前（25日）に決定された」という。言い換えれば、これらはロシア閣僚評議会が予定していた軍事措置だったが、オーストリアからの最後通牒に対するセルビアの部分的受諾をウィーンが拒否したと知らされて、~~すぐには採用されなかった措置~~だった。

7月25日以来、ロシアは交渉の機会がなく、沈黙を保ってきた。これらは新たな措置や追加の措置ではなかった。それらはロシアがとった唯一の措置であり、そしてそれらは取られたばかりだった。動員はまだ始まったばかりだった。

　ヴィルヘルムは誤解していた。彼はツァーリから知らされて、ロシアが5日間動員を続けており、したがってまだためらっているドイツよりも先を行っていると思ったのだ。

「つまり、それは我々よりもほぼ一週間早いことになる」とカイザーは抗議した。「これらは、まだセルビアを攻撃していないオーストリアに対する防御であるはずです！調停を申し立てたツァーリが同時に私の陰で（戦争へと）密かに動いているのでは、私はもはやこれ以上調停に加わることはできません。」

「オーストリアに対するあなたの強い圧力が必要なのです」というニコライの嘆願に、ヴィルヘルムは「いいえ、そのような考えはまったくありません!」と殴り書きした。

　ヴィルヘルムによれば、ツァーリは「単に役割を演じて、私たちを庭の小道に導いてくれただけだ！」ということだった。「つまり、私も動員しなければならないということになる！」

　カイザーは後に、ツァーリに礼儀正しい口調で返答した。ヴィルヘルムは次のように述べた。「私は平和を守るために可能な限りの努力をしてきました・・・今でもあなたは、あなたの国の軍事的措置を中止することでヨーロッパの平和を守ることができるのです。」

　サンクトペテルブルクのドイツ大使はロシア皇帝に、ロシアによる動員はドイツの動員をもたらすと警告した。これに関してドイツ政府は過剰反応した。

~~ロシアの動員はドイツの動員のような致命的な危険をもたらさなかった~~。ドイツにとって動員は戦争を意味した。というのは、ロシア政府がドイツ人に説明したように、ロシアはそうではなかったからだ。ある学界の権威が最近指摘したように、「ロシアの軍隊」は「国境の背後でほぼ永久に移動し続ける」可能性がある（だからロシアでは、動員は戦争を意味しない）。そしてドイツ政府は実際にそれを知っていたのだ。（訳注；このあたりの記述は、Fromkinはかなりロシアびいきのように見える）。

p231
＜ツァーリの優柔不断＞
サゾノフはツァーリに電話をかけて、即時のアポを求めた。その後、彼はツァーリの宮殿であるツァールスコエ・セローを訪れ、そこで戦争は避けられなくなったこと、そして総動員が必要であることを君主に厳かに忠告した。しぶしぶ皇帝は同意し、サゾノフは必要な命令を下した。

　サンクトペテルブルク大使館のドイツ軍全権は、「彼ら（ロシア人）は、攻撃的な意図もなく、来るべき出来事への恐怖からここに集結しており、今、彼らがもたらした事態に恐怖しているという印象を持っている」と報告した。

カイザー・ヴィルヘルムにとって、それは明らかに真実の響きを持っていた。「そうです、その通りです」というのが彼のコメントだった。

ツァーリはカイザーのメッセージに反応し、総動員を取り消した。彼は将軍たちに部分的な動員に戻るよう命令した。次はどうなる？ロシア閣僚評議会は開かれなかったが、個々の指導者が主権者ツァーリに意見を述べた。各方面から説得力のある声が上がった。サゾノフは将軍らと協力して総動員を促し、優柔不断で不満を抱いていたツァーリは再び考えを変え、最終的に総動員を命じた。ロシア軍参謀長ヤヌシケヴィッチがこう言ったことは有名である。「私は・・・電話を壊す」。というのは、ツァーリが「総動員の新命令（正反対の命令）をすることができないように」。（訳注；当時はまだ電話よりも電報が主体だったので、これは一種のシンボル的意味合いがあったのだろう）。

訳注；ロシア皇帝にしても、カイザーにしても、彼らの弱い性格もその要因としてはあったのだろうが、当時が絶対君主制から立憲君主制、ないしは民主主義への移行期にあったことがこうした出来事からもよくわかる。（だから、第一次大戦によって、3帝国はすべて滅びたのだろう。それ以後は、王室を残した国々は、日本も含めて、王室は一切国の針路に口をはさむことはなくなり、文字通り、「君臨すれども統治せず」の状態となった。）

当時はしかし、制度的にはまだまだ絶対君主制的なところがあり（特にロシアは）、君主には最終的な決裁権があったが、19世紀までの君主とは異なり、当時は選挙で選ばれた内閣の意見が最優先され、君主は事実上、その追認をするしかなくなっていた。

そして内閣の意見とは、当時のマスコミ、新聞が作り出した世論であり、多くの場合、それはセンセーショナルな行き過ぎとなり、さまざまな意見が肥大化し、内閣においてもコントロールが困難な状況にしばしば陥っていた。

本来ならば、だからこそ、君主権がむしろ逆に強化され、（タイの前国王のような）聡明な君主による冷静な意見が国の針路を決めるべきだったのだろうが、時代がそれを許さなかった。社会も複雑化し、どれほど有能な君主が現れても、すでに君主個人の能力には限界があったのだ。

それでも、ウィルヘルム二世とニコライ二世がもう少しでも有能な人物であったならば、たとえばニコライ二世が、その影響力を考慮して絶対に総動員を裁可しないくらいの強い意志があったならば、という仮定を考えずにはおられない。

実際には、部分動員か総動員かといったような、意見が割れる重大な状況になると、ニコライ二世はまったく、決裁権を有効に行使することができず、個人的な性格の弱さもあいまって、右往左往することになった。

もしも当時の皇帝らがもっと強い性格の持ち主であったならば、本来持っていた平和志向をもっと全面的に打ち出し、世界大戦の回避は可能だったのではないだろうか？

p232
＜ドイツ＞
　ベートマンは、ロシアの動きは警戒する必要はないと理解していた。彼はプロイセンの国務大臣に対し、「ロシアの動員は宣言されていたが、その動員措置は西ヨーロッパ諸国のそれと比較することはできない・・・さらに、ロシアは戦争をするつもりはなく、オーストリアのせいでこうした措置をとらざるを得なかっただけである。」と語った。

　ドイツとオーストリアの参謀長は互いに連絡を取り合っており、モルトケはせっかちなコンラッドに「ロシアに宣戦布告してはならない。」と警告した。ドイツ語を話す二つの帝国はむしろ、「ロシアからの攻撃を待つ」べきなのだ。

　こうしてベートマンは（宣戦布告の）延期を主張したのだが、当時（ベートマン同様）、再三延期を主張していたモルトケ（c.f.p204）は態度を翻した。モルトケは俄然、先へ進むことに賛成した。

「モルトケの気分の変化はほとんど説明できないか、全く説明できない」と（モルトケ以上に強硬派の）ファルケンハインはうんざりした様子で述べた。

　夕方までにカイザーは、前夜にグレイがロンドンのドイツ大使に警告したことを知っていた。グレイは、フランスが危険にさらされれば英国が介入するだろうと、独り言のように話した。

ドイツがロシアと戦争になった場合、まずフランスを攻撃して粉砕し、その後向きを変えてロシアに侵攻する計画であることは政府関係者の間で広く知られていたため、グレイはイギリスが三国同盟諸国であるドイツとオーストリアに対して、同じ協商諸国であるロシアとフランスを支援すると述べていた。

再びカイザーは怒りを爆発させた。「無責任と弱さは、ドイツを破滅させる最後の手段を狙った最も恐ろしい戦争に世界を陥れることになる」と彼は主張した。「私の心には疑いの余地はない。イギリス、ロシア、フランスは・・・オーストリア・セルビア紛争を口実に、我々に対して殲滅戦争を行うべく、同盟を結んでいる・・・私たちの同盟国の愚かさと不器用さが、私たちの首を締める縄に変わったのだ・・・そして私たちはその罠に陥ってしまったのだ。」

＜英国＞
午後に下院で開催される予定のアイルランドに関する待望の討論会は、英国内戦につながると予想されていた。しかし、その日の早い時間に野党指導者らはアスキスと会談し、欧州の危険を考慮して統一戦線を示すことで合意に達した。これは一般人には理解できないほど急速な展開だった。首相の娘バイオレット・アスキスは継母のマーゴットとともに、下院の婦人傍聴席に出席したが、首相が立ち上がってアイルランド討論会の延期について話すと、「期待して興奮した女性たちでいっぱい」で「驚きの息を呑んだ」ことがわかった。

「これらの言葉は婦人傍聴席に当惑を引き起こしました」とヴァイオレットは述べた。「そこの人たちの多くは、赤十字の授業に出席したり、包帯を巻いたり、添え木や三角巾を作ったりするなど、差し迫った内戦への準備に忙しく従事していた。アルスターの寮母の一人、レディ・M（その体型は特にその目的によく適応していた）は、彼女はペチコートの下に大量のライフル銃をベルファストに密輸したと言われている。」彼女らは延期の知らせに驚愕し、理解できなかった。

p233
＜フランス＞
長い航海から戻り、不在中に何が起こったのかまだすべてのニュースを把握していなかったフランスの指導者らは、急速に進む出来事にブレーキをかけようとした。 ポアンカレ大統領の承認を得て、ヴィヴィアーニ首相はロシア政府に電報で次のように警告した。「ロシアが講じる義務があると考える予防措置と防衛措置において、ドイツに軍の全面的または部分的動員の口実を提供する可能性のあるいかなる措置を直ちに講じるべきではない（c.f. 夢遊病者たち」p751、なおfromukinとクラークでは、フランスに対する見方がやや異なるようである）」。フランス自体も仏独国境から6マイル離れたところから軍隊を撤退させた。

＜英国＞
「30日の欧州の状況は、昨日より少なくとも一段と悪化している」とアスキス首相は述べた。「そして状況は、フランス領土（植民地を除く）やオランダ、ベルギーを併合しないと約束した戦時中の我々の中立を買うためのドイツ側のかなり恥知らずな試みにより、改善されていない。ドイツの外交には、非常に粗野でほとんど子供じみたところがある。一方、フランスはロシアがしばらくそうしてきたように、逆の意味で押し始めている。さてシティはと言えば、うつ病と麻痺のひどい状態にあり、当面は英国の介入に全面的に反対している。今日の見通しは非常に暗いと思います。」

CHAPTER 38: JULY 31
p234
ベルリンのベテランフランス大使ジュール・カンボンは、ドイツはロシアの動員を待たずに戦争を始めようとしていると政府に電報を送った。

＜オーストリア＞
ロシアの総動員のニュースはウィーンに届いたが、効果はなかった。ハプスブルク帝国がセルビアへの侵攻を意図していたとしても、その計画はゆっくりではあったものの、それを阻止することはできなかった。二重君主制の統合内閣、その共通閣僚評議会は会合し、ロシアの総動員のニュースを検討し、そうすることでロシアの介入を引き起こす可能性があるにもかかわらず、計画通りに進めることを決定した。

　ロシアの脅威を明らかに無視して、ハプスブルク軍はセルビアに向かって南進を続けた。コンラッドは、ツァーリが動員を命令した場合には、軍隊をロシア戦線に移すことを計画していたが、当然のことながら、彼はそうしなかった。

これにより、ロシアからオーストリアを守るという全負担がドイツの肩に課せられ、それがポイントだったのかもしれない。 Samuel Williamson は、コンラッドは外交官が介入する前に戦闘が始まるよう、できるだけ早くセルビアを攻撃することを狙っていたと示唆している。

31日正午、ロシアがオーストリアに対してだけでなくドイツに対しても動員しているというニュースがベルリンに届いた。カイザーはちょうどツァーリに「ロシアがドイツとオーストリア・ハンガリーを脅かす軍事措置を止めることに同意すれば、ヨーロッパの平和はあなたによって維持されるかもしれない」と電報を打ち終えたところだった。カイザーは調停努力を続けると申し出た。

p235
　ツァーリは答えた。「すべてが平和的に終わるかもしれないという希望を与え始めたあなたの調停に心から感謝します。オーストリアの動員により義務付けられた軍事準備を止めることは技術的に不可能です。私たちは戦争を望んでいるわけではありません。セルビアの都合でオーストリアとの交渉が行われている限り、私の軍隊はいかなる挑発的な行動もとらない。これについて厳粛な言葉を贈ります。」

　一方、フランツ・ヨーゼフはカイザーに電報で調停の申し出に感謝したが、ロシアはすでに動員しており、オーストリア軍はすでにセルビアに進軍しており、遅すぎたと述べた。

＜フランス＞
その夜、駐フランス・ドイツ大使は外務大臣としての立場で、ルネ・ヴィヴィアーニ首相に最後通牒を突きつけた。フランスの同盟国であるロシアは、宣言した動員を取り消し、ドイツに警告するか、紛争を引き起こす責任を受け入れる必要があった。ヴィヴィアーニはポアンカレ大統領とともに海にいたが、ロシアの動員については何も知らなかった。彼はサンクトペテルブルクに情報を求めた。

＜ロシア＞
31日真夜中近く、駐ロシアのドイツ大使は最後通牒を突きつけた。12時間以内に動員を中止しなければドイツも動員する――そしてロシアとは異なり、ドイツの動員は国々を「極めて戦争に近づける」だろう。

＜英国＞
ウィンストン・チャーチルは妻に「雲はますます黒くなっているが、希望はまだある。 ドイツは、自分に敵対する勢力がどれほど大きいかを認識しており、愚かな同盟国を遅々としてながらも、抑えようとしている。私たちはロシアをなだめるために取り組んでいます。」

　アスキスは英国で最も有名な将軍キッチナー卿、チャーチルとともに昼食をとったが、キッチナー卿はエジプトに戻る前に数週間英国で過ごし、そこで総領事を務めていた。キッチナーは市民に対し、英国はフランスを支援する必要があると語ったが、それは一般的な見方ではなかった。アスキスは、「現在、特にシティでの一般的な意見は、ほとんどどんな犠牲を払ってでも中立でいるべきだという意見が強い」と打ち明けた。

与党急進派のリーダーであるロイド・ジョージは、おそらく首相に異議を唱えるほど強力な支持者を持つ唯一の閣僚であり、政界の親しい人にこう語った。「私は平和のために懸命に戦っています。銀行家や商業関係者は皆、私たちに介入しないように懇願しています。イングランド銀行の総裁は目に涙を浮かべながら私にこう言いました。『我々をそんなことから遠ざけてください。巻き込まれたら我々は皆破滅するだろう』」

🅟236
　ウィンストン・チャーチルは、党内に「非常に強く」「非常に広範囲に」介入に反対する感情があることを、少なくとも一人の自由党議員アーサー・ポンソンビーから知らされた。しかし同時に、保守党のF・E・スミスから、ベルギーを通じたドイツのフランス侵攻に対抗して政府が介入をした場合、野党は政府を支持するという示唆も受けた。チャーチルはスミスに対し、次のように答えた。「今や、戦争が避けられるとは思えない。ドイツはベルギーを通って行進しなければならないが、両党の大多数がこれに断固として反対すると信じている。」

＜フランス＞ フランス軍司令官ジョゼフ・ジョフル将軍は政府に総動員命令の許可を求めた。だが内閣はその許可を拒否した。

p237
CHAPTER 39: AUGUST 1
＜フランス＞
ジョフルは再び政府に対し、即時の総動員を命令する許可を求めた。今度は、内閣は翌日、彼にそうすることを許可した。

＜英国＞
1日午前の閣議でウィンストン・チャーチルは、艦隊の総動員を命令できるか尋ねた。しかし、内閣は深く分裂し、その許可を拒否した。本能的に戦争に反対していた人々の中で、ロイド・ジョージは重要な人物であった。もし彼が説得されれば、他の人を連れて行くことができたことだろう。

首相によれば、「党の大多数」はいかなる状況においても軍事介入に反対したが、「Ll. ジョージは、すべては平和のために、（中立の）立場を維持し続ける方が賢明で政治家らしい。」

チャーチルは長年ロイド・ジョージの信奉者であり、会談中に互いに覚書を渡し合った。そのうちの１つの中で、急進派指導者（ロイド・ジョージ）は次のように希望を抱いた。「忍耐が勝って、（あなたが）私たちにあまり強く押し付けないようにしていただければ・・・私たちは一緒になれるかも知れません。」チャーチルは答えた。「神よ、それは私たちの未来、同志、あるいは敵のすべてです。」

　チャーチルは別の箇所で「私たちの長年にわたる協力関係が打ち切られないのではないかと非常に心配している」と書いた。「・・・私は懇願する。ぜひ来ていただき、私たちの任務遂行に力強い援助を届けてください。」そしてまたこう言った。「私たちは残りの人生ずっと反対することになるでしょう。私はあなたに深く愛着を持っており、10年近くあなたの直感と導きに従ってきました。」

　一方、チャーチルは閣僚の他のメンバーに対して激しいレトリックを指示した。彼は、誰に対してでもうまく会話に割り込むことで悪名が高かった。アスキスは親友に、「ウィンストンが会議の時間の少なくとも半分をしゃべっていたと言っても過言ではない」と語った。

p238
＜ドイツ＞
ベートマン首相はドイツの州議会である連邦参議院で演説し、政府の主張を述べた。首相は、ロシアはオーストリアとの交渉を継続するのではなく、軍事力を動員したのだ、と説明した。これに対してドイツはロシア政府に対し、正午までに動員解除に同意しなければドイツが動員するという最後通牒を突きつけていた。

ドイツはまた、フランスに対し、中立を維持するように最後通牒を送っており―その維持のための十分な保証の供与も―、さもなければドイツも同国に宣戦布告することになっていた。フランスに対するこの最後通牒は、1日午後1時に期限切れとなる予定だった。連邦評議会はベートマンを全会一致で支持した。

　1日正午が過ぎてもロシアからの返答はなかった。ほぼ1時間後、ドイツは、ツァーリ政府が最後通牒を拒否したか、最後通牒に返答しなかったと主張できるように、サンクトペテルブルクで手渡す宣戦布告文を駐ロシア大使に電報で送付し、代替文言を伝えた。

＜ロシア＞
ロシアでは正午、皇帝ニコライはドイツの動員の知らせを受け取った。彼はすぐにいとこのヴィルヘルムに電報でこう言った。「あなたが動員を余儀なくされているのは理解していますが、私自身があなたに与えたのと同じ保証をあなたからも得たいと思います。これらの（動員）措置は戦争を意味するものではないのです。」

　しかし、もちろん、皇帝は間違っていた。 1914 年の世界では、将軍や閣僚ですら、各国が採用したさまざまな種類の軍事予防メッセージの違いを理解していなかった。しかし、そのうちの 1 つは、その紛れもない明快さにおいて、他のものより際立っていた。すなわちドイツにとっては、動員は、 24 時間以内の戦争を意味していたのである。

＜ドイツ＞
午後４時になってもロシアからの返答はなかった。ファルケンハインとベートマンはカイザーに会いに車で向かった。彼らは前夜の31日、たとえロシアが交渉を提案したとしても宣戦布告しなければならないと決定していた。

しかし、カイザーがそうすることに消極的であることがわかった。それが彼らの計画にとって致命的な障害となる時期もあったが、今はそうではない。

7月の最終週、ヴィルヘルムの指示は首相や外相、軍指導者、オーストリア皇帝とその政府によって無視されていた。 ヴィルヘルムの命令は依然として何らかの意味合いを持ってはいたが、全部が行き渡っていたわけではなかった。

p239
　カイザーは動員命令に署名することに同意し、翌日発効した。モルトケはヴィルヘルムのためにドイツ国民に向けた演説の草稿を作成していた。遅れて到着したベートマンは、文民当局の特権を簒奪したモルトケに激怒した。モルトケは明らかに緊張した様子で側近にこう語った、「この戦争はイギリスも介入する世界大戦になるだろう。この戦争の範囲、期間、そして終結を知る人はほとんどいません。今日、それがどのように終わるのかについては誰も想像できません。」

　カイザーと軍首脳らが協議を終え解散の準備をしていたとき、英国からの重要なメッセージが解読中であるとの知らせが外務省から届いた。ティルピッツ提督は両軍司令官に対し、彼らがそれを読むのを待つよう提案した。その代わりに、彼らは署名した動員命令書を持って急いで出発した。だが彼らはそのまま留まっていたほうがよかったかもしれない、なぜなら彼らはすぐに帰還を命じられたからである。

＜急転直下の（誤解だった）ロンドンからのメッセージ(c.f. 夢遊病者たちp789～)＞
　ロンドンからのメッセージはドイツ政府の計画を混乱させた。この電報は駐英ドイツ大使のリヒノフスキー王子からのもので、彼はエドワード・グレイ卿が自分に与えてくれたと誤って信じていた保証を繰り返していた。 英国は、もしドイツがフランスを放っておけば、ドイツとロシアの戦争において英国とフランスは中立を保つだろうと言っているようだった（c.f.p226)。

カイザーと側近たちは大喜びした。彼らが見たように、これにより事実上勝利が確実となったからだ。

作戦を担当する参謀長としてのモルトケは、自分が少数派であることに気づいた。 すぐに彼は思い出した。「そういえばカイザーは私にこう言った。『それなら我々は全軍を率いて東に展開すればいいじゃないか』（シュリーフェンプランはいらない」。

p240
　それはモルトケを絶望に陥れた。カイザーは現存の戦争計画（シュリーフェンプラン）を理解できていないようだった。それはドイツ軍の大部分をルクセンブルクとベルギーを経由してフランスに投げ込み、一方で東側の少数の兵力でロシアを阻止するというものだった。フランスに対する迅速な勝利に続いて、ドイツ軍はフランス戦線からロシア戦線に急速に移管されることになる。 1913 年 4 月以来、参謀本部が対ロシア戦争のみに向けた現存の展開計画を維持していたことはなかった。

　軍はすでにフランス攻撃に向けて動き始めていた。モルトケは、命令を取り消せば混乱が生じると主張した。カイザーと参謀総長の間で激しい議論が交わされた後、妥協が成立した。動員は進められ、軍隊はフランスの方向に移動するが、イギリスとの合意が得られれば、東部への一斉再配置も可能となるというものだった。そしてフランスは中立を維持する。

　大きな問題が未解決のまま残されまていた。ドイツの戦争計画では、カイザーの軍の最初の動きは、フランスがそうする前に中立国のルクセンブルクの鉄道を占領し、その後中立国のベルギーに待機して、ドイツ軍がフランスに侵攻するために通過するよう最後通告を与えることだった。ドイツはベルギーとルクセンブルクの中立を保証した。

フランスが戦争に参加しないことになった今、この状況を変える必要があった。モルトケによれば、「カイザーは私に尋ねることもなく、任務中の副官に向かって、ルクセンブルクに進軍しないことの指示を直ちに電報するよう命じました。私は、心が折れるかと思いました。」

イギリスとフランスが戦争に巻き込まれることを拒否しているため、「最後の藁は、今ロシアも離れることだろう」とモルトケは爆発した。ドイツは敵を失うことになるだろう！

　一方、カイザーと首相は、契約を固めるためにロンドンにメッセージを送った。すなわち、ヴィルヘルムはジョージ5世に、ベートマンは英国政府に。

しかし、ジョージ王は電報での返答をした。「何か誤解があるに違いないと思います」。英国とフランスの中立という申し出などなかったのだ。

　ジョージ王の電報を読んだ後、カイザーはモルトケに言った。「これで、あなたの思い通りにできるようになりましたね。」モルトケはすぐに軍隊に電報を送り、ルクセンブルクへの侵攻を開始した。

1日午後7時、ドイツ軍は最初の目標であるルクセンブルク市内の鉄道駅と電信局を占領した。午後7時30分他のドイツ軍も彼らを呼び戻しに来て、最初の分遣隊に、彼らが誤って派遣されたと告げた。キング・ジョージからの電報を待っていたのだった。その後、後のモルトケからの電報に応じて、（帰還）命令は取り消され、ドイツ軍のルクセンブルク侵攻が再び前進した。

p241
＜英国＞
内閣からそうする権限を与えられたグレイは、外交的な言葉ではあるが、ベルギーの中立性を侵害すれば英国が介入する可能性が十分にあるとドイツ大使に警告した。

＜ロシア＞
ドイツ大使は自国の宣戦布告をロシア外相に伝えた。混乱に陥った彼は、ベルリンから提供された、ロシアが返答しなかったという主張と、ロシアの返答が不十分だったという主張の両方を盛り込んだ文書を提出した。

＜英国＞
チャーチルは、保守党の友人F・E・スミスを通じて、保守党指導者のボナー・ローを、海軍本部でのエドワード・グレイ卿との食事に招待した。スミスはローの親友であるマックス・エイトケン卿にパーティーに参加するよう頼んだ。しかしローは断り、グレイはある時点で代わりに首相に加わるために去った。このイベントでは、チャーチルは海軍本部で一人で食事をした。

夕食後の９時半ごろ、スミスとエイトケンがやって来て、２人の友人と一緒にチャーチルを見つけた。彼らは危機についての議論に陥った。ドイツがロシアに対する最後通告を延期するというニュースが入ったが、そのニュースの重要性について意見が分かれた。そのうちの3人はチャーチルと橋渡し役を務めた。エイトケンは席を外した。

赤い公式発送箱がチャーチルに持ち込まれたとき、ブリッジのカードが配られ、プレイが始まったばかりだった。彼は鍵を取り出して開錠した。その中にはエイトケンが後に書いたように「箱の大きさに著しく不釣り合いな」1枚の紙が入っており、そこには「ドイツがロシアに対して宣戦布告をした」と書かれていた。

チャーチルはブリッジのカードをエイトケンに渡し、ダウニング街10番地まで歩いた。彼は、首相がグレイや他の顧問たちと密室にいることを発見した。

チャーチルはアスキスに、艦隊の総動員を命令するつもりであると語った。もちろん彼は、その朝内閣がその許可を拒否したことを知っていた（c.f.p237）。彼は翌朝、自分がやろうとしていることについて内閣に個人として答えるつもりだった。

p242　
　首相は何も言わなかった。チャーチルは執務室に戻り、何が起きてもイギリス海軍の準備が整っているかどうかを確認するために、残りの夜を費やした。

その夜遅く、ロンドンはベルリンの大使館から、カイザーが「平和を維持するための自分の努力が、ロシアの総動員によって損なわれている」と主張したとの連絡を受けた。カイザーを助けるために、ジョージ5世に何かできることはあっただろうか？

　アスキスはすぐにジョージ国王の名前でカイザーに宛てた覚書を起草し、タクシーを呼び、君主の署名を得るために午前1時半にバッキンガム宮殿に急いだ。「国王はベッドから引きずり出された」と首相は日記に記している。「私の最も奇妙な経験の一つは、メッセージと提案された回答を読んでいる間、ガウンを着て国王と一緒に座っていたことだ」。

＜ドイツ＞
ベルリンとハンブルクの新聞は英国とロシアの「海軍同盟」の記事を掲載した。伝えられるところによると、ロシア側は、開戦前にバルト海の港に輸送船を派遣するイギリス海軍の合意を獲得することを望んでいた。彼らはドイツ北東部に侵攻するロシア軍を運ぶことになっていた。

　しかし、英国艦隊の上級士官であるバッテンベルクのルイ王子とロシア海軍本部との会談は8月に予定されていたため、まだ会談は始まっていなかった。ドイツのマスコミによると、ルイ王子は（会談予定地である）サンクトペテルブルクに来ることができなかった（c.f.p181）。「ロシアが我々（ドイツ）に押し付けた戦争によって」英露海軍同盟の締結が妨げられたからだった。

　「ロシアが我々に押しつけた戦争」。それはドイツ人が信じるようになったことを具体化したものであった。ロシアの動員のニュースが初めて知られたとき、バイエルン州の武官は日記に次のように打ち明けた。「私は陸軍省に駆け込みました。どこにいても顔が輝いています。廊下では誰もが握手しており、ハードルを越えたことをお互いに祝福し合っています。」ドイツ国民、政党、労働組合、報道機関は皆、騙されてロシアが戦争を始めたと信じ込まされていた。カイザーの海軍参謀長であった別の日記作家は、すべてをより明確に述べた。「雰囲気は素晴らしい。政府は私たちを攻撃されているように見せることに見事に成功しました。」

　ドイツ政府は、ロシアの侵略者がドイツ領土に侵入したと発表した。ドイツ国民はそれを信じていた。

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