p194
黒海とウルミア県から始まる線との間の全領土…ヴァンの下、ビトリス、ムシュ、ハルプト（エラズィヒ）を通り、タヴラとアンティタヴラ（シヴァス近く）の山脈に至るまで、ロシアの領土に配置されなければならない。アナトリアの将来のトルコのスルタンとの[国境]を画定するため。

-S. D. サゾノフ、1916 年 3 月

セルゲイ・サゾ-ノフは、トルコを解体したいというロシアの願望について、特に恥ずかしがったことはなかった。好戦的なことで評判のクリヴォシェインに「悪い警官」の役割を委任することもあった（c.f.p121)が、ロシアの外務大臣サゾ-ノフは、1914年8月の時点で、海峡奪取という戦争目的についてかなり率直な発言をしていた。したがって、1915 年 3 月 4 日にサゾーノフが大使たちに伝えた、コンスタンティノープルと海峡（イムロズ島とテネドス島、サカーリャ川までのアジアのトルコ、エノス・ミディア線までのヨーロッパのトラキアを含む）の戦後支配に対する皇帝ニコライ 2 世の正式な主権的要求は、パリやロンドンの誰にとっても大きな驚きではなかったはずである。2

　しかし、サゾーノフの歴史的な補佐官回想録は、非常に不適切なタイミングでフランスとイギリスの感覚を傷つけたようである。

この文書は、ますます血なまぐさくなっていったダーダネルス海戦の真っ最中に発行されたのだが、ロシアはまだ何も貢献していなかった。特に1915年3月5日、つまりツァーリの要求を受け入れた翌日にサゾーノフが脅迫を発した後（c.f.p131)、彼が、連合国が同意しなければ、自分は辞任し、ドイツとの個別の和平を結ぶために親ドイツ家のセルゲイ・ヴィッテを政府に迎え入れるだろうと述べたことには、シニカルなパレオログですら驚かされた。３

p195
エドワード・ウォード・グレイ卿も、サゾーノフの要求（フランス人がロンドンに伝えた要点；訳注；「コンスタンティノープル、ボスポラス海峡の西岸、マルマラ海とダーダネルス海峡、そしてエノス島と中央線に至るトラキア平原」を自国の帝国に「永久編入」すること）のタイミングに動揺したが、今ではおなじみとなったイギリスの腹話術のパターンで、毅然とした態度をとらず、サゾーノフの見解を自分のものとして受け入れた。

後にグレイが内閣に提出した主張を回想したように、もしイギリスがロシアの要求に応じなければ、ヴィッテのような親ドイツ派の保守派は皇帝を説得していたことだろう。「ロシアをコンスタンティノープルと海峡から締め出すのが常にイギリスの政策であった…もちろんそれは今でも我々（イギリス）の政策なのです」4。（訳注；それならなぜ、英仏主体でロシア抜きで、ガリポリ戦役を行ったのか、という疑問が生まれる）。

despite her having done nothing to acquire them, in order to deprive a phantom would-be government in Russia of the argument that Britain would not, in fact, give them to her. When it came to Russia's wartime diplomacy, the old canard was true: truth was stranger than fiction.

この奇妙な論理に基づいて、英国内閣は、1915年3月12日、コンスタンティノープルと海峡に対するロシアのあらゆる帝国主義的な主張を支持する立場を採用した。ロシアの幻の政府候補者（訳注；ヴィッテのこと）が、英国が実際にはそれら（訳注；ロシアの利権になるようなもの）をロシアには与えないだろうという議論をすることを封じて、ロシアは、それら（の利権）を獲得するために何もしなかったにもかかわらず。

ロシアの戦時外交に関して言えば、「真実は小説よりも奇なり」という昔ながらの通説は真実だった。

　（パレオログがいる）フランスはいつものように、より厳しい交渉を行った。駐ロ仏大使パレオログは、サゾーノフの辞任の脅しに直面して、1915年3月8日に、コンスタンティノープルと海峡に対するロシアの主張を原則として支持する補佐官回想録を発行した。しかし、彼はサゾーノフの3月4日の覚書をフランスの公式政策として正式に支持するまでには至らず、ロシアの要求をレバント（地中海東部およびその島と沿岸諸国）におけるイギリスとフランスの主張と結び付け、そのすべてが等しく「最終的な平和条約の締結」を待たなければならない、と述べた。5

トルコにおけるフランスの支配的な財政状況を考慮して、1915年3月12日、パレオローグはまた、イギリスの権益も含めるように注意しながら、コンスタンティノープルに対して独自の要求を行った（ロシアによる全面的な財産の簒奪に強く反対した）。

フランス大使パレオログは、連合国三国のそれぞれが、占領地域に分割された占領首都に独自の「高等弁務官」を置こうと主張した。フランスの抵抗を予想していたこともあり、サゾーノフはすでにコンスタンティノープルの分割計画を作成しており、パレオログの基準を満たすように修正した。この構想は、イギリスが都市のアジア側（「スクタリ」、現代のウスキュダル）を占領し、フランスがペラの古いヨーロッパ地区（現在のベイオール、カラキョイからガラタ、タクシムを経て、ボスポラス海峡のオルタキョイまで）を占領するというものだった。海峡に加えて、ロシアはスタンブル「だけ」、つまりビザンチウムの古代都市、トプカピ宮殿からテオドシウスの城壁まで、コーラ教会から正教会総主教庁、アヤソフィアに至るまで、正統派の重要な宗教施設がすべて収められているエリアだけで満足したことだろう。6

p196
サゾーノフからこれらの譲歩を絞り出すのに十分な時間の後（1915年3月16日にツァーリによって認められた、シリア、ハタイ、オスマン帝国のキリキアの大部分に対するフランスの主張をロシアが受け入れる姿勢も併せて）、パレオログはついに、1915年4月付けの「口頭メモ」の中で、イギリス自身よりもイギリスの利益を巧みに擁護し、海峡とコンスタンティノープルに関する当初の3月4日のサゾノフ側近回想録を承認した7。

　フランスの多少の抵抗にもかかわらず、ロシアの外交的おどしが再び功を奏した。それでも、1915年夏のガリポリ戦役の悪化で海峡、ましてやコンスタンティノープル、ヨーロッパのトラキア、アジアのトルコが近い将来に（協商国側に）征服されるわけではないことが明らかになると、サゾーノフですら身が引き締まる感覚があった。

これらの領土に対する戦後のロシアの主張は、すでに書面では確保されていたため、同盟国が英雄的な努力をしている間、それ以上の要求をする必要はなかったし、明らかに、実際にそれらの領土を確保するための努力をする必要もなかった。その上、スタフカが東ヨーロッパで「大撤退」を行っており、ドイツとの戦争にほぼ負けるところだったにもかかわらず、ロシアがトルコ領土のさらなる拡大を要求したことは、サゾーノフにとっても上出来だったろう。

一方、オスマン帝国戦線では、1915 年は、協商国側にとっては、サルカミシュの戦いととダーダネルス海戦作戦にとって十分有望な状況で明けたが、年末までにトルコ側がほぼ形勢を逆転させた。

セルビアはオーストリア・ハンガリー、ドイツ、そして1915年（10月にドイツ側として参戦した）ブルガリアの連合軍に圧倒され、ベルリンとコンスタンティノープルの間に途切れのない鉄道と通信リンクが初めて開通し、これによりガリポリでの連合軍の破滅が事実上確定したのと同じように、ちょうどタウンゼントの部隊がクートで包囲されつつあった。

　しかし、東方における英国の継続的な困難にもかかわらず、ロシア自身の対トルコ戦争では、エルズルム攻勢により見通しはかつてないほど明るくなり始めた（c.f.p192）。「サイクス・ピコ協定」は実際には 1916 年春のトルコでのロシアの勝利を背景に作成されたため、この戦略的事実は強調されている 8。

確かに、オスマン帝国の外交的分割の話は、世界大戦におけるイギリスの2つの最大の屈辱、ガリポリとクートからの撤退と重なった主要な連合国間交渉の期間（1916年1月から4月）とともに考えなければ、ほとんど意味をなさないであろう。（ことに)後者（クートの撤退）は、「1783年のヨークタウン（アメリカ独立戦争での英国の敗北）―1942年のシンガポールでの[イギリス]軍の間では最大規模の降伏」だったのである。9

p197
サイクス（オスマン帝国戦線のあらゆる戦線で敗北を喫した勢力を代表する）とピコ（ガリポリ戦役が不名誉な結果に終わるまで、限られた補助的役割に従事していた勢力）は、（不利な状況であるにもかかわらず）どのような論理的根拠に基づいて、1916 年のこの冬がオスマン帝国を分割する時期だったという判断をしたのだろうか。

　少なくとも英国側から見たサイクス・ピコ協定の真のインスピレーションは、世界大戦終了後、ロシアが英国の主要な敵国として再浮上するのではないか、というキッチナーの懸念にあった。その考えが、古いグレート・ゲームの敵対国間でのフランスという緩衝地帯を作らせた。

1916年2月1日に二国間で批准された当初のサイクス・ピコ協定草案では、イギリスは、モスル以南のメソポタミア、アクレとハイファの「パレスチナ」港、そして（アラブの代理人を介した）アラビアにおける英国の優位性をフランスが認めることと引き換えに、フランスにシリア、レバノン、キリキア（タウルス山脈からメソポタミア北部を通ってペルシア国境までの領土を与える）を「与える」ことに同意した。フランスが自国分のシェアを征服することは期待されていないにもかかわらず。

キッチナーによるメッカのフセインへのカリフ制の「申し出」と同様に、1914 年 11 月にパレオログと皇帝ニコライ 2 世が架空の馬を交換したように（c.f.p121)、イギリス人は自分たちに属さないものを遺贈していたのだった。10

　少なくともこの初期段階では、サイクス・ピコ協定の力学は,ダーダネルス海峡外交の興味深い反転を表していた。

確かに、フランス軍はどちらの場合（オスマントルコ帝国とダーダネルス海峡）も基本的に同じゲームをしており、キリキア、レバノン、シリアを征服する可能性のある作戦には実質的に何も貢献しないぞ、と約束しながらも、要求はしていた。

しかし、英国とロシアでは外交上の立場が逆転し、前者がオスマン帝国領土に対する広範囲にわたる主張を押し付ける一方で、後者は実際に戦域での重労働を行っていた（訳注；ガリポリ戦役とは逆の状態）。

もしガリポリ戦役との逆平行線状態がこのように続いていたら、フランスとイギリスがトルコ領最良の領土を主張するために競い合う一方で、ロシアは戦場でオスマン帝国の権力を破壊するという大変な努力を続ける、ということになったであろう。ロシアはコンスタンティノープルの形だけの占領地域（スタンブールとその周辺地域）だけを提供されただけで。

<サゾーノフからのブラフだったジェマル和平提案>　
　しかし、ロシア軍は、ダーダネルス海峡でイギリス軍が行ったほどには、自国の攻撃中をごまかすのは簡単ではなかった。1916年3月にサイクスとピコがペトログラードに到着したとき、サゾーノフはいつもより綿密な会議の準備を整えて、いつでも襲いかかる準備をしていた。

p198
ロシア人がどこから来たのかを知るために、私たちはここで立ち止まって、1915年から16年にかけての冬のよく知られているがほとんど理解されていない「ジェマル和平提案」を検討する必要がある。これはサイクス・ピコ交渉と並行して進行し、ある意味、重ね合わせるものであった。

よく知られた伝説によると、第一次世界大戦中にダマスカスのオスマン帝国第4軍の司令官としてシリア、レバノン、パレスチナの事実上の独裁者だったジェマル・パシャは、1915年12月に、もし連合国が、彼がコンスタンティノープルに進軍してCUP（統一と進歩委員会）政府を追放し、ジェマルとその息子たちに新たな世襲スルタン制を樹立するのを支援してくれるのであれば、「アルメニア人の安全のための措置を講じる」」ことを申し出た。

この主張に少なくとも表面的な妥当性を与えると、ジェマルのメッセージは、ムシュ出身のオスマン帝国アルメニア人で、ブカレストに閉じ込められていたハコブ・ザブリエフ博士によってロシア外務省に伝えられたものと考えられている。ザブリエフはダシュナク家と密接な関係があり、「コンスタンティノープルのアルメニア人サークル」を代表して発言すると主張した。

ブカレストのロシア公使を通じてペトログラードに書簡を送ったザブリエフが推し進めた構想は、ジェマルが武力でコンスタンティノープルを占領できるよう十分な武器を与えるというものだった。

ジェマルに帝国を回復させるための連合国の援助と引き換えに、ジェマルはトルコ領アルメニアに自治権を与え、コンスタンティノープルと海峡をロシアに割譲することになっていた。残念ながら、、よく言われるように、ジェマル・ザブリエフ和平構想はフランスの頑固さの前に決裂した。パリはキリキアとシリアに対する領有権を放棄することには同意しなかった[11]。

　興味深いものではあるが、ストーリー全体には常に何か怪しいところがあった。現在までに、ザブリエフがジェマルの権威について語ったという証拠はほんの少しも発掘されておらず、トルコの歴史家たちはこの概念を真剣に受け止めるにはあまりにも信じられないものとして扱っている。

まず、トルコのスルタン志望者がオスマン帝国の首都を喜んでロシアに差し上げるするだろうという考えは信念に反する。フランス好きであるという一定の評判にもかかわらず（彼はまあまあのフランス語を話した）、実際、ジェマルは、ダマスカスのフランス総領事館（1914年11月のトルコ参戦を受けて解任）で、パリとアラブ民族主義者の反政府勢力とを結びつける文書を発見した後、急激に反対方向に舵を切った。

ジェマルも、イギリス人に対して大きな愛情を持っていたわけではなかった。1914年12月には、ダマスカスのイギリス民間人をレバノン海岸への海軍攻撃に対する人間の盾として使ったことで内務大臣タラートから叱責されたことさえあった。

p199
ジェマルのドイツ側連絡将校クレス大佐は、第一次世界大戦のほぼ全期間を通じて彼と緊密に協力した後、ジェマルは「親ドイツでも親協商でもなく、むしろ彼はトルコの愛国心について燃えるような感覚に満ちたトルコ人だった」と書いている。12

一方、ジェマルがコンスタンティノープルと海峡を与えようとしたとされるロシアについては、ジェマルが彼らを少しでも同情の目で見ていたという証拠はまったくない。

　ジェマルが使ったとされる使者をさらに詳しく見てみると、この話はさらに信憑性が低くなる。もしジェマルがそのようなデリケートなメッセージを連合国に伝えたかったとしたら――なぜ、彼が首都のCUP政府に隠しておきたいと切望していたメッセージを、「コンスタンティノープルのアルメニア人サークル」を通じて伝え、さらに各地のブカレストのザブリエフに転送したのだろうか？

ジェマルにとって、表向きの和平提案をロシアのティフリス司令部に直接配送便で提出するほうがはるかに簡単だっただろうし、ルーマニア経由で首都の「アルメニア人サークル」を経由して経由するよりもはるかに速く、オスマン帝国政府がそれを傍受するのは、限りなく困難だったであろう。特に、ヴァンとゼイトゥンのアルメニア反乱軍がロシア系白人の司令部にあらゆる種類の秘密メッセージを難なく入手したことを思い起こすと、オスマン帝国のシリアで最も権力のあるジェマルが同じ偉業を成し遂げるのは、ほとんど困難ではなかっただろう。

　入手可能な証拠によれば、ジェマルが 1915 年 12 月の和平集会に積極的に参加したと信じる理由はない。ロシア外務省のアーカイブにあるこの事件に関する唯一の文書には、ジェマルの署名（原本または複製）が記載されておらず、ザブリエフ博士の署名が記されているが、よく調べてみると、ザブリエフ博士はトルコ国内にいるすべての人のための報道官というよりもロシア外務省の常連だったことが判明した（彼はサンクトペテルブルクのロシア陸軍医学校の卒業生であった）。ザブリエフ博士は典型的な戦時中の陰謀家・日和見主義者であり、1915年3月に、ロシアよりも先にアルメニアの自治を求める計画を掲げ始めたが、その時彼はまだペトログラードにいた[13]。

西側連合国から「トルコ領アルメニア」に関して譲歩を勝ち取るためにアルメニア人共謀者を利用できる可能性を見て、サゾーノフの副官A.A.ネラトフは1915年4月にザブリエフをロンドンとパリに派遣した[14]。

1915年6月、ザブリエフはエジプト生まれの「アルメニア国民代表団」団長ボゴス・ヌバール・パシャとチームを組んだ。これは西側政府に対するアルメニア人の半公式の連絡窓口のような役割を果たしたが、両者は独立したキリキア（フランス政府が自ら統治することを望んでいた領土）の主張をめぐってパリで衝突することになった[15]。

p200
それから6か月間、ザブリエフ博士は外交レーダーから姿を消していたが、12月にブカレストのロシア公使館に謎の姿を現し、ジェマルからの驚くべき申し出を携えていた。

　しかし、新しい提案には奇妙な矛盾があり、ゲームは敗退するはずであった。ザブリエフいわく、なぜ”ジェマル”は海峡とコンスタンティノープルに対する将来のオスマン帝国の主張を完全に放棄する用意があったのに、（フランスに「与える」はずだった）キリキア、レバノン、シリア、メソポタミア、アラビアに関しては放棄しなかったのか？なぜこの新しい提案は、イギリスやフランスの領土的野心ではなく、ロシアの領土的野心に完璧に合わせられたのであろうか？

一つの説明は、ジェマルがシリアの統治に慣れており、ダマスカスを（トルコの）首都にすることを目指していたというものである。しかし、もしこれが本当なら、なぜ「ジェマル」はダマスカスからコンスタンティノープルまで行軍できるように銃、大砲、弾薬を求めたのだろうか――その後は征服した首都をロシア人にひっそりと引き渡すつもりだったのではだろうか？

　ジェマル・パシャの計画全体は、明らかにロシア外務省、つまりサゾーノフ自身のでっち上げだったようだ。1915年12月25日、いたずらなタイミングで、サゾーノフはパリ（パレオログ）とロンドン（ブキャナン）のロシア大使にジェマルの神話上の和平提案を送った（正統派ロシアで使用されているユリウス暦ではなく、西洋で使用されているグレゴリオ暦による）。明らかに、イギリス人とフランス人がクリスマスプレゼントの馬を、その口に近づいて見たくないと思っていると考えて[16]。

　サゾーノフの動機を理解するのは難しくない。ザブリエフのこれまでの取り組みから、ロシア軍は、フランス軍がおそらくキリキアで毅然とした態度をとろうとしていることを知っていた。サゾーノフの「ジェマル」観測気球は、トルコ分割に向けたフランスとイギリスの意図を探るためのフェイントとして現れた――あるいは、これらの計画をめぐってパリとロンドンの間にくさびを打ち込むためだった可能性が高い。

サゾーノフは、12月初めにサイクスとピコの間のパリでの交渉が行き詰まっていることを知っていた。クリスマス当日の（サゾーノフからの）オファーは、サイクスがロンドンに戻ってさらなる指示を受けている間に発表された[17]。

（実際には神話上の）ジェマル和平協定をめぐる真剣な交渉が何週間も続いたため、サゾーノフはかなりの程度まで成功したのである。

p201
英国外務省は最終的に、1916年1月23日までジェマルとの協定を切るという考えを排除しなかった（そうすることでアラブ人に対する義務が損なわれる可能性があるという理由で）。その過程で二国間サイクス・ピコ協定の批准が、少なくとも 1 か月間遅れた。18

対照的に、フランス側は1915年12月末の和平協定の可能性を排除しており、いつものように最後に試合に参加するイギリス側に余裕を見せるために、ジェマルとの会談を開始するという考えに同調していた（訳注；ブキャナンよりもパレオログの方が一枚上であった、ということだろう）。19

　サゾーノフは実際には、フランス外務省を操ってキリキアに対する領有権を放棄させることができなかったが、フランスにキリキアに対する領有権を放棄させることがジェマルの陽動の最終目標であったことは間違いない。

イングランド人でさえ、最終的にはある程度の気概を見せた――特徴的に、そうなるまでにフランス人よりも4週間近く長くかかったが。それでも、少なくとも、ロシアからのさまざまな「ザブリエフ」と「ジェマル」の観測気球は、キリキアに対するフランスの貪欲さと頑固さを何ヶ月にもわたって見せつけた。特にイギリスに対しては、サゾーノフは完璧な外交の引き立て役として仕向けたのだ。

　予想どおり、ピコはペトログラードで、サイクスよりもはるかに冷淡な歓迎を受けた。1916年3月9日に開催された最初の三者会議に関するロシア外務省の仕訳記入（文字通りでは「日記」）には、「「マーク・サイクス卿は、その率直な人柄、徹底した知識、そしてロシアに対する明らかに好意的な気質により、外務大臣サゾーノフに可能な限り最高の印象を与えた。しかし、ピコはサゾーノフに対し、その視野の狭さにおいて、ある種の聖職者主義の色合いを示したので、同じように言うことはできない。」と記入されている。

さらに、これは、男たちが歓談を交わした直後のサゾーノフの反応を記録した日記であった。サゾーノフは、当面の実際のビジネスが議論された後、ピコに対する好感度をさらに下げ、サイクスが「ピコ自身について与えた曖昧な説明」に対するプレゼンテーションで「非常に好印象」を与えたのとは対照的に、「率直に言って（ピコには）反対だった20」

　崇高な旧世界外交の世界では、これは事実上の宣戦布告だった。ピコは当然のことながら援軍を連れてきて、パレオログとブキャナンに翌日の1916年3月10日に開催される会議に同席するよう呼びかけた。ピコとパレオログは、サイクスとピコの間で批准された二国間協定は「すでに完了した協定のようなもの」であり、変更することはできないと主張した。あるいは、ロシアとイギリスが好むのであれば、単なる「完成した取り決め」（フランス語で）comme une chose faite、ロシア語ではkak Belo reshennoe）に過ぎない、と。

p202
ブキャナンは今や、「事実について決定したこと」という彼自身の定式化に同調したが、それさえも、彼はロンドンから、まとめる権限を与えられていなかった。21。

　サイクスとピコの間のくさびがしっかりと固定された上で、サゾーノフは攻撃の準備を整えた。圧倒された英国人（サイクス）がアマチュアであるのに対し、彼は自分がプロであることを示し、サイクスに対して、南はタウルス山地のビトリス峠まで、そして東はウルミア湖（この地域は2月10日の草案でフランスの「青」ゾーンに置かれていた）までの「トルコ領アルメニア」の編入が含まれている、ロシアの主要な要求を満たす新しい地図を作成するよう命じた。

サイクスは言われた通りに、1916年3月2日にジョージ・ブキャナン卿の立ち会いのもと、「青」ゾーンを消去し、チグリス川にフランスゾーンの新たな東境界線を記した新しい地図を作成し、サゾーノフに提出した。

パリへのおみやげとして、シヴァス・ハルプット・カイセリによって形成された三角形を含むシヴァス地域は、フランス地帯をはるか北に持ち上げるため、好奇心旺盛でおそらく皮肉な地図作成法のように不均等に青色に色付けされた。それは、東アナトリアの新しいロシアの州を取り囲むだろうというものだった。

サイクスはサゾーノフにおとなしく言った。「ピコとのこれまでの話し合いのおかげで、そのような変更がすべて、フランスに受け入れられることを望んでいる」。

しかし、決定的に重要なことは、このすべてが起こっている間、ピコもパレオログも、このすべてが起こっている場にいることが許されなかったことである。テヘランでウォルター・タウンリー卿を徹底的に調査していたコロストベツと同じように、サゾーノフはサイクスに対して、ロシア人のように思考するよう強制した。彼はこれからロシア自身の主張をフランス人に提示することであっただろう[22]。

あるいはサゾノフ自身が、サイクスがロシア自身が望む征服地図を作成するのを見て、側近たちにほくそ笑んだように、彼は「ブキャナンおよびサイクスとの会話の後、英国政府側が、フランスの小アジアへのあまりにも深い浸透を同情的に見ていないという明確な印象を持った」23。

　サゾノフとフランスとの主な争点は「トルコ領アルメニア」、言い換えれば、ロシアがまだ征服していないトルコ東部の数少ない地域をめぐるものだった。この段階（1916年3月）では、エルズルムの攻勢は主に北に向けられており、ロシア軍は黒海沿岸に沿ってリゼとトラブゾンに向かって進軍していた。後者が陥落して初めて、ロシア軍はオスマン帝国第3軍への主要な海上補給路を遮断し、エルジンジャン、ムシュ、ビトリスを占領するために南下した。サゾーノフは、アナトリア北東部を併合するために英国やフランスの許可を求める必要はなかった。アナトリアの大部分はすでにロシアの軍事占領下にあったからである。

p203
彼が懸念していたのは、北メソポタミアとペルシャに隣接する「アルメニア人」地域であり、サイクスは（強力な緩衝地帯を求めるキッチナーの願望と、フランスにおけるアルメノフィリアの強い流れを導いて）フランスの勢力圏に割り当てた。

　誰がキリキアのアルメニア人を「保護」したかという問題は、本質的にイギリス人の空論に過ぎないものであり、全体の問題は、後のバルフォア宣言を特徴づけた感傷的な抽象化で見られた。

ロシアにとって、そしてフランスにとっては些細なことで、アルメニア人問題は、ビジネスに深く関わっていた。なぜならそれは、領土における主権の主張に関与していたからである。ロシアにおいては（その主権の主張は）、トルコ東部のほぼすべてにまたがっており、フランスにおいては、オスマン帝国のキリキアにおいてであった。（フランスがパレスチナ北部の東部地中海沿岸全体を支配することを許容し、理想的には、英国がフランスを揺さぶるなら、エジプトまでずっと下ってコントロールをする）。

これまでのところ、サイクスは、彼がもて余していた深刻な帝国の利害関係を認識してから、彼はロシアに対して、最後のアルメニア王が1393年にパリで亡くなったという理由で、ZeytunとDiarbakirの「歴史的なアルメニアのシティ」を含めて、フランスの保護領にすることで、サインオーバーしようとしていた。

　アルメニア問題に対する彼のアマチュア的なアプローチでは十分ではないかのように、サイクスは今や、トルコの分割の議論において、古典的な戦時中のイギリスに、おとりを差し出した。すなわち、パレスチナ人とユダヤ人である。

自分自身に最もよく知られている理由により、イギリスの指導者の多くは、1916年から17年にかけて、その政府によるシオニズムの支持は、世界のユダヤ人を協商国側に引き寄せることで、第一次世界大戦に重大な影響を与える可能性があることを確信していた。

サイクス自身の関心は、ペトログラードに出発する直前に、Captain William Reginald Hallとの1回の会話によって、明らかに（偶発的に））釘を刺されたようである。

彼は、1916年3月13日ロシア外務省での最初の議論で、シオニズムについて話していなかったが、サイクスとブキャナンは、エドワード・グレイから、ロシアとの問題を提起するために指示を受けた。グレイ自身は、ユダヤ人のジャーナリストであるルシアン・ウルフからの訴えの手紙を受け取った後、手紙の内容に沿ったことを行うように誘導された。

おそらくグレイ、ブキャナン、サイクスには知られていないウルフは、ほとんどのイギリスのユダヤ人には「ツァーリ政府の公の敵ナンバーワン」として知られていた。

p204
グレイの指示は予想通り曖昧であった。結局、ブキャナンとサイクスは、「ロシア政府がこの問題について重要なアプローチをし、可能であれば、近い将来、ロシアの視点の声明で[私たち]を支持することを要求すること」とした。25

　ロシアの誠実さを示すために、サゾーノフがするべきすべてのことは、「問題について重要なアプローチを取る」ことと、サイクスとブキャナンに彼の視点を与えることであった。最も義務的な口調でもって、サゾーノフは、ロシアの伝統的な「権利と特権」が正統派の聖地に関連する「権利と特権」が保護されている限り、パレスチナの「ロシア政府はあらゆる計画に同意するだろう」と速やかに報告した。（サイクスは、「権利と特権」は、ナポレオンIII世がかつて、東方居住者の「聖地」について同様の「権利と特権」を主張して（訳注；オスマン帝国が、フランスのナポレオン３世の要求に応じて聖地イェルサレムの管理権をフランスに譲渡した。ロシアはこれに反発し、オスマン帝国領内のギリシア正教徒の保護を口実に戦争を仕掛けた）「クリミア戦争を引き起こしたように、レバノンとシリアに対する主張を正当化するためにフランス人が使用したフレーズであったことを知らなかったかもしれない）。

サゾーノフは念のために、パレスチナにおける英国（またはフランス）の主張に対するこの条件付きでそしておそらくは支持するとの誓約を、「コンスタンティノープルと海峡に関連するフランスとイギリスによる合意の履行」とリンクさせた。
26

　イギリス人に対して、彼らが求めた最小限の協力をしたので、サゾーノフは今や、自在な状況となった。

サイクスは数日後（1916年3月17日）、（ロシアの）外務省に召喚され、特に何というわけでもなく、誰かが（サゾーノフは誰とは言わなかった）「シヴァス、ハルプス、カイセリの間の領土エリア」を通ってトラブゾンとアンカラの間に戦略的な鉄道を建設するとしたら、どう思うか、と尋ねられた。

サイクスが忘れていなかったのであれば、ロシアはこの地域をフランスに譲ることに同意したとのだろう。どうやら問題に何の考えをせずに、サイクスはすぐに同意した（otvetil utverditel'no）.27

　黒海沿岸に沿ってコーカサス軍の前進に伴って、ロシアは、ピコやサイクスのいずれにも知られていなかったが、小アジアの北東象限全体を帝国に取り入れることを計画しており、イギリスやフランスがどのような異議を引き上げるかを見たいと思っていた。1916年3月30日の、1914年2月の有名な計画会議（c.f.p33)を連想させる秘密のハイレベル会議で、サゾーノフは、海軍大臣I. K.グリゴレヴィッチを、スタフカからはベリーフ将軍とレオンティエフ少将（元トルコ武官）を呼んだ。そして新たな評議会議長はボリス　スターマーになった。

外務省のオスマン帝国とペルシャの専門家とともに、これらの男たちは今や、アジア領トルコの戦後占領のためのロシアの戦略的青写真を描いた。

p205
　すべての出席者は、元のサイクスとピコの草稿が使えないことに同意した。新しい「アラブ・カリフ制」、シオニズムに関するイギリスの主張を認め、パレスチナをフランスまたはイギリスの支配下に譲渡することには前向きだったが（正教の聖地に対する伝統的なロシアの特権は保護される）、ロシア指導者らは、フランスゾーンにウルミア州やタウルス山地を含めてはならないことでは、全会一致で同意した。

サゾーノフは「重要な（山）峠や峠越えの所有権をロシアに与える」ことのない協定には署名しなかったことだろう。ロシアのトルコ併合の北と西の境界線に関して、グリゴーレヴィチは、ロシアがトラブゾン（この会談のわずか2週間後に陥落した）とサムスンを越えて黒海沿岸の支配を、アンカラの北北西のバトゥムとコンスタンティノープルの間のほぼアナトリアの中間地点にあたる都市シノプまで拡大することを強く主張した。

シノプは、黒海の広い範囲を両方向に支配する一種の半島の露頭として戦略的に重要であっただけではなく、歴史的にも、大規模な海戦の舞台として、最近では 1853 年、クリミア戦争の勃発時にロシア軍がオスマン帝国の黒海艦隊を壊滅させたことでも重要であった。(つい最近では、シノップは冷戦時代にソ連に関するアメリカ諜報機関の重要な盗聴所となった。)

グリゴレヴィチは、何よりも、シノプはアナトリアの黒海沿岸に沿った「最高の天然港」を提供し、わずか180マイル離れたセヴァストポリとほぼ同じ南北子午線上に位置していると強調した。シノプをロシア領内に置くことで、ロシア艦隊はセヴァストポリ－コンスタンティノープル－シノプという難攻不落の戦略的三角地帯を配下に置き、ロシアの黒海の支配に対する将来のルーマニアやブルガリア海軍の脅威を遠ざけることになったことだろう[28]。

　グリゴレヴィチがシノプについての戦略的要点を知っていたことを確信し、サゾーノフは政治的問題を認識した。戦争の残骸から出てきたオスマン帝国の残り物が何であれ、結局のところ、どこかに収める必要があるだろう。もしロシア人がシノプとその後背地を占領したとしたら、サゾーノフは、暴露的な言い方で、これは事実上「オスマン帝国の先住民族（つまりトルコ系イスラム教徒）が住む地域を隣国トルコから奪うこと」となり、「当然、際限のない誤解や緊張を生む原因になるだろう」と警告した。29

p208
サゾーノフもペトログラードの他の誰も、ロシアが提案しているコンスタンティノープル、トラキア、ガリポリの対岸の「トロイの木馬」半島、インブロス島、テネドス島、ヴァン、ビトリス、エルズルム、トラブゾン、エルズィンジャンなどの占領計画に関する「原住民」の感情を問題だとは考えていなかったことは、興味深い。

それでも、トルコ分割におけるロシアの野望を抑制するには、少なくともこの程度の現実主義を外務大臣（サゾーノフ）には許容させなければならないだろう。

　しかしサゾーノフが、ロシアが征服しようとしている国の人々の意見に新たな関心を抱いたと評価しすぎてはいけない。彼の主な心配は依然として領土の主張と譲歩をめぐるフランスとの衝突だった。シノップの要求は外交上の行き過ぎであり、そうすればトラブゾンからアンカラまでのロシアの鉄路（これは、ディアルバクルからシヴァスを経由してサムスンまで計画されているフランス鉄道と競合する可能性がある）は言うに及ばず、ウルミアとタウルス峠に対するロシアの主張をフランスに承認させるのが難しくなるだろう。30

軍人たちの話を聞いた後、サゾーノフは1916年4月26日にパレオログに「妥協」提案を書き上げ、「ロシアはエルズルム、トラブゾン、ヴァン、ビトリスの各州をトラブゾンより西の黒海沿岸沿いの地点まで併合する」と宣言した。

さらにサゾーノフは、彼が「クルディスタン州と呼んだ、ヴァンとビトリスの南、ムシュ、スィルトの間、チグリス川の流れ…と[タウルス]山地の間にあるところ」を主張した。その一方で、アラダグからアクダグ（アフィヨン県）を経て、ハルプート（エラズー）を経由してカイセリとシヴァスに至るタウルス山脈の不規則な線に沿った、この南西の領土をフランスに譲歩した。31

　サゾーノフのフランス側への最終提案は、計画会議でグリゴレヴィチが進めたより極端な立場からの（わずかな）退却の扱いだったが、実際には彼は自らの立場を堅持したことが、1916年3月14日にツァーリが署名した以下の補佐官回想録で明らかになった。「黒海と、ウルミア県から始まり...ヴァン...ビトリス、ムシュ、ハルプト（エラズー）を通り、タヴラとアンティタヴラの山地（シヴァス近く）までの線との間の全領土をロシアが自由に使えるようにしなければならない。」32

12月と1月の「ジェマル和平提案」とは対照的に、3月のサイクスの扱いと、シノップに対する善い警官と悪の警官の行為（c.f.p121)は、かなりの外交上の煙を空中に投げ込んだ。しかし結局のところ、ロシアの立場は少しも揺らぐことはなかったのである。

p209
　それでもフランス軍は善戦した。基本的にピコは、カイセリ＝シヴァスと引き換えに「クルディスタン」をロシアに譲渡することに同意したが、サゾ＾ーノフは粘り、1916年3月30日の「シノプ」議論（c.f.p204)の最新情報をパレオログにリークして確認するまでに至った。33

フランスもまた、トルコ分割協定をポーランドの自治に対するロシアの承認と結びつけようと主張し、強硬な態度をとったが、この問題は、2015年10月に首相兼外務大臣として政府を引き継いだアリスティド・ブリアンの個人的な執念であった。

コンスタンティノープルと海峡で思い通りにならなければヴィッテを支持して辞任すると脅迫した1915年3月の態度を繰り返し、サゾーノフは1916年4月18日、パレオログに対し、彼がポーランド問題（c.f.p87～）において「危険な道を辿っている」と警告した。

彼はフランス大使パレオログに、ナポレオン3世も1863年にまったく同じことをし（ポーランドの反乱(1863)）、そして、このポーランド人の戯れが、容赦なく「ロシアとフランスの友好関係の断絶」と、必然的な普仏戦争とセダンでのフランスの屈辱を引き起こしたことを思い起こさせた。34

　ロシアの脅威に屈服し、イギリスがサイクス・ピコ協定を完全に保障しなかったため、孤立したフランスは、ついに屈服した。1916年4月26日、ほぼちょうど1年前のコンスタンティノープルと海峡におけるロシアの主張に対する彼の消極的な黙認を彷彿とさせる外交上の「メモ」の中で、パレオログはサゾーノフのオスマン分割計画の条件に同意した。

ほぼちょうど1年前、ロシアの疑似脅迫と同様の状況で、パレオローグは、コンスタンティノープルと海峡に対するロシアの主張に対する彼の不本意な黙認（c.f.第5章）を彷彿とさせる外交上の「メモ」の中で、-ロシアの準脅迫と同様の状況で-サゾノフのオスマンの条件に同意した。

フランス大使パレオログは、次のような条件だけを付け加えた。「タウルス山地のロシアとフランスのゾーンの間の正確な国境を決定するために「国境委員会」が作られ、ロシアは、フランスの債務と、提案されているディアルバクル・シヴァス・サムスン鉄道を含むオスマン帝国政府が締結したその他の利権をすべて尊重することになる」

サゾーノフは、この時点で賢明な無制限の条件を挿入し、ロシアが後に「もしも[こうした鉄道路線の利権]を変更するという願望を表明したとすれば...そうした変更は[フランス]との合意がありさえすればよい」と規定した。

重要なのは、ロシア独自のトラブゾン・アンカラ鉄道については言及がなかった点である。ロシアは、フランス側に自国の鉄道計画を後日通知するつもりだったようだが、おそらくそれは、その路線がすでに既成事実となった後のことであったろう。

サイクスはすでに、漠然とした不特定のロシアの戦略的鉄道計画に至るまで、サゾーノフの望むものは何でも受け入れ、アジア内トルコを分割する最終的なサイクス・ピコ（より正確には「サイクス・ピコ・サゾーノフ」）協定が、1916 年 5 月 15 日と 16 日にパリとロンドンで批准された。35

p210　
　このようにして、3つの協商勢力が、アラビアの砂漠から「ツァルグラード（コンスタンティノープル）」へのヨーロッパのアプローチを守るトラキア平原に至るまで、オスマン帝国を自らの間で分割したことは有名である。

言うまでもなく、分割された地域に住む人々は、この合意に対して何ら発言権を持っていなかった。オスマン帝国に対向して、Sherif Husseinが「アラブの反乱」を起こした場合に備えて、英国が彼に対して（疑わしい仲介者を通じて）交わしたいくつかの曖昧な約束と、パレスチナに関してシオニストに対してこれまでに交わされたさらに曖昧な約束は別として。

それでもなお、カイロ、ロンドン、そしてメッカのハーシム派の間の取引に含まれたあらゆる悪意にもかかわらず-そして1917年のバルフォア宣言の丸め込みをめぐるさらに大きな悪意にもかかわらず-イギリスは少なくとも、アラビアとパレスチナ（メソポタミアではないにしても）の人々の意見や願望に気を配っているふりをしていたことは認めざるを得ない。ロンドンはその領土を、戦後に管理することを提案した。

フランスに関して言えば、ピコらが（彼らが明言したように）本心から信じていたかはともかく、シリア、パレスチナ、キリキアの住民が「一致して」パリからの統治を望んでいたかどうかは、未解決の問題である。

少なくとも抽象的には、フランス人は国民主権を信じていた。これらの領土は、1918年までの領土がほとんどそうであったように、オスマン帝国の支配下にあったが、それにしても、パリはどのようにして国民を説得して、どちらの統治者を好むかを確かめることができたのだろうか？[36]。

　ロシアには無知を言い訳にする余地はなかった。クルド人とアルメニア人の指導者たちが何年もの間、オスマン帝国打倒への支援をツァーリ政権に請願してきたことは事実である。

クルド人の部族長らの多くは、バルカン半島戦争中にツァーリの統治に忠実であることを誓っていたため、ロシアが自分たちの土地に対する宗主権を主張した今、文句を言うことはほとんどできなかった。

しかしアルメニア人の場合、ロシアの支配への服従ではなく、ロシアが彼らに自治権を許容することを欲していたことは明らかであった。ロシア外務省の半公式のアルメニア人陰謀者であるザブリエフ博士は、その極度のロシア愛にもかかわらず、サゾーノフが自分の名ででっち上げた神話上の「ジェマル」取引においてさえ、この点について一貫していた。

ザブリエフと組んだ、エジプト生まれの「アルメニア国民代表団」団長ボゴス・ヌバール・パシャは、サゾーノフとパレオログがまさにそのことを密かに共謀してから4日後の5月1日に、イズヴォルスキーがパリからペトログラードに警告したように、協商政府間のいかなる合意も、アルメニア自治の主要原則に違反するものではないと断固として主張した。
　
p211
　しかし、ロシアは外交的、軍事的勝利の恩恵を受けて後退するつもりはなかった。春を通じてコーカサス軍部隊が黒海沿岸に沿って進軍し、6月にエルズルムからエルジンジャンへの主要な進軍が再開されたときでさえ、軍事的命令はアルメニアのこれ以上の甘えに反対するものであった。

1916 年 6 月 18 日、コーカサス軍は一連の「戦争の権利によって占領されたトルコ地域の臨時管理に関する規則」を作成した。この文書は占領下のガリツィアに関する同様の法令を彷彿とさせるもので、ガリツィアの願望と同様にアルメニア人の願望もユダヤ人の願望を否定していた。

痛ましいことに、世界大戦中にアルメニアの革命家や無力な民間人が危険を冒し、苦しんだことを考えると、規則には「アルメニア」も「アルメニア人」という用語も一度も言及されていなかった[38]。

　アルメニア人が呑むように求められた苦い錠剤はこれだけではなかった。アルメニア人パルチザンは、1915年にヴァンとビトリスでロシア軍に対して一定の有益な役割を果たしたにもかかわらず、ずっと前から、ティフリス司令部への迎合にうんざりしていた。彼らがイスラム教徒に対して残虐行為を行っていることを聞かされ続けたからである。

ペチコフ将軍は1916年6月29日に「アルメニア人は非常に残忍な民族であることを自身で示した。彼らは容赦なくクルド人を虐殺したようだ」と書いている[39]。

他の報道では、アルメニア人義勇軍によるあえぎのような「不法行為と略奪」が横行しており、ニコライ大公自身の直接の命令により解散させられたと伝えられている。ティフリス司令部の別の法令は、「すべてのアルメニアの出版物に対する厳格な検閲」を課した。これらの措置にさらに侮辱を加え、ロシアの司令官らは、帰還するアルメニア人難民が「有効な財産証書」を持っていない場合にはその拒否し始めたが、1915年に急性強迫の状況下で家を追われた難民のうち、それを所有している者はほとんどいなかった[[40]。

1916年9月、1915年にロシアのために多くの血を流したヴァン市出身のアルメニア人が、後にロシアの最も暗い外交秘密を暴露するトロツキーの窓口となる有名なマンチェスター・ガーディアン記者フィリップス・プライスにこう訴えた。ロシア人たちは公然と「ロシア労働大隊とコサックによって、トルコ領アルメニアのアラシュケルド、エルゼルム、ムシュ＆cの最も肥沃な平原を植民地化することを計画していた」41。

p212
　アルメニア自治の大義には、ペトログラードにも（ティフリスにはいないにしても）同調者がいた。たとえば、カデット党創設者のパーベル・ミリュコフは、ロシア議会で、ヤヌシケビッチとニコライ大公を、「われわれの旧友（アルメニア人）よりも（クルド人）に友好的である」ことが証明されたとして、非難した。（おそらくミリュコフは、コーカサス軍がアルメニア人に対してと同様にクルド人に対しても「友好的」であったことを知らなかったであろう）。42

ミリュコフはますます影響力を増している自由主義陣営を代弁していたため、ロシア外務大臣サゾーノフは、アルメニア人の偏見や精神、精神に関する苦情について積極的に議論したが、それはある程度までだった。

1916年6月27日にティフリスに送った書簡の中で、サゾーノフはニコライ大公に対し、ロシアが1913年から1914年の改革運動中に、オスマン帝国統治下で大アルメニアの自治拡大を推進していたことを思い出させた。

しかし、アルメニア人がロシアの宗主権下に置かれた今、状況は異なっているように見える。サゾーノフは、戦前のロシア外交には明らかに欠如していた議論を展開し、特に1915年の国外追放以降、彼が「大アルメニア」と呼んだ地域では「アルメニア人はどこにも多数派を構成していない」と指摘した。

今や、アルメニア人は、最も集中している地域であっても、せいぜい人口の25％である。この事実を考慮すると、ロシアがアルメニア人に自治権を与えることは「多数派を不当に少数派に奴隷化することを意味する」ことになった。

キリスト教徒とイスラム教徒の間の緊張は再び爆発し、今度はトルコではなくロシアが直面することになったことだろう。サゾーノフは、ツァーリ政府が「独自の法律、独自の司法制度に基づいて、国内のすべての国民要素に対して完全な公平性を持って」統治できる場合にのみ、永続的な平和が可能になると主張した。ロシアは、「他の民族を犠牲にして、ある民族グループに排他的な後援を提供する」ことなく、すべての人を平等に扱わなければならない（ne okazyivaya isklyuchitel'nogo pokrovitel'stva odnoi kakoi-libo narodnosti v ushcherb drogoi）。

ロシア外務大臣サゾーノフがアルメニア人に与えた唯一の譲歩は、アルメニア人に自国の言語を使用させ、自国の教会や学校を運営することを許可することであった。しかし、他の民族グループにも「文化的発展のレベルに応じて」これらの権利が与えられることになった。つまり、ここでもアルメニア人は特別な扱いを受けるべきではないとされていたのだ[43]。

　ニコライ大公はこれらすべての規定に同意した。彼が国民としてアルメニア人に対して敵意を持っていないことを示すために、彼はサゾーノフに対し、軍は農業の生産性を向上させるためだけにアルメニア人追放者の再定住プロセスを合理化しようとしていると語った（実際、アナトリア占領軍は徴発のニーズを満たすために懸命に苦労していた）。

p213
これまでのところ、土地のほとんどはロシアからの「無許可」入植者によって占領されており、軍の兵站を妨げていたため、司令官はその流入を「せき止め」ることを望んでいた。

このようにして、明らかにまだくすぶっているこの問題を彼の能力の限りで判断した上で、ニコライ大公はサゾノフに対し、「現在のロシア帝国の範囲内では、アルメニア人に関する問題はまったく存在せず、そのような問題について言及することさえ許されるべきではない。なぜなら、副王領内のアルメニア人臣民もイスラム教徒、ジョージア人、ロシア人同様に同様にロシア臣民であるからだ。」」と語った。44

　それはまったくの落ち度だった。トルコ東部のアルメニア人は、1913年から1914年にかけてのサゾーノフのお気に入りの政争の具であり、1914年から1915年にかけてトルコとの戦争が始まった時のコーカサス司令部にとっての重要な戦略的同盟国は、今や、1801年にツァーリ帝国に編入されてから主要な外交政策の懸案事項ではなくなっていたジョージア以上に、多かれ少なかれ、ティフリスの指揮にとってな役割を果たしていた。

サゾーノフが大公に宛てたその後の低姿勢の書簡で告白したように、ロシアがずっと「アルメニア人」を支援する目的は単に、「トルコの弱体化」であった。45

コーカサス軍がエルジンジャン、シヴァス、アンカラに向かって勝利を収めながら、1916年6月にガリツィアで同時に起きたブルシーロフ攻勢でオーストリア＝ハンガリー帝国の背後がほぼ崩壊しそうになったときでさえ、何十年にもわたってロシアの外交官やコーカサスの将軍たちを悩ませてきたアルメニア人の問題は、バックミラーにはっきりと映っていた。

　もちろん、1916年のロシアの大攻勢は、防衛側が常に有利だった戦争では必然だったのかもしれないが、夏の終わりまでにはほぼ沈静化した。

8月までにオーストリア軍は再びドイツ軍の援軍によって救われた[46]。それは、ディアルバクルに本拠を置き再編成されたオスマン帝国第二軍が8月から9月にかけてロシア軍の南側面への反撃で、シヴァスへの圧力を和らげることができたためでもあった。それでも1916年に大敗を喫した後にオスマン帝国第三軍が抜け殻となるにつれ、ロシアの春季攻勢が始まるや否や、すぐにアンカラへの道は開かれたことだろう。

そこからコーカサス軍は、ドイツが建設した鉄道の起点に簡単に飛び乗って、1日もかからない距離にあるコンスタンティノープルまで行くことができた。トルコが幽霊状況を放棄し、ついに「ツァルグラード（コンスタンティノープル）」が征服されるのは時間の問題のように見えた。歴史的な勝利を目の前にして、足元の地面が揺れ始めていることを、ロシア人はほとんど知らなかった。

トップページへ戻る	初期多声音楽
Leoninのページへ	中世楽のページへ
ペロタン（Alleluja Nativitas)	ペロタン　vvlausulaのページ
前ページへ	次ページへ