・最後通牒
１帝国政府の君主制に対する憎悪・軽蔑を扇動するすべての出版を禁止すること。

２ナーロドナ・オドブラナ（セルビア国家主義者組織）と称する組織を解散させ宣伝その他の手段を没収し、帝国政府に対するプロパガンダを行う他の組織も同様にすること。

３帝国政府に対するプロパガンダを助長しているもしくは助長する恐れのある全てを（教師も教材も含めて）セルビアの公教育から遅滞なく削除すること。

４帝国政府に対するプロパガンダを行った罪で、帝国政府が一覧にした全ての軍関係者と政府職員を解雇すること。

５領土保全に反する破壊分子の運動の抑圧のために、帝国政府の一機関との協力を受け入れること。

６セルビア領で見つけられる可能性のある、サラエヴォ事件の共犯者を法廷尋問するとともに、帝国政府の一機関をこの手続きに参加させること。

７帝国政府が行った予備捜査によって浮かび上がった2人の指名手配犯を直ちに逮捕すること。

８武器と爆発物の違法売買の流通を効果的な方法によって防ぐこと。

９国内国外を問わず、帝国政府に敵意を示したセルビア政府高官の陳述書を届けること。

１０全てについて実行する手段を、遅滞なく帝国政府に知らせること。

p240
18 ‘あなたは私をひどい混乱に巻き込んだ’
TUESDAY, 28 JULY

p241
＜カイザーのif＞
7月28日火曜日の朝、カイザーは夜明けに新宮殿に現れた。 午前7時半、彼は副官のプレッセン将軍と車で出かけた。二人とも、前夜のウィーンを往復した重要な至急報については知らなかった。したがって、快適な早朝の運動を妨げるものはほとんどなかった。

プレッセンは日記に「陛下は、オーストリアの最後通牒に対するセルビアの答えは、本質的にはすべての要求が譲歩され、それによって戦争の理由はすべてなくなったとイギリスは考えているとのことだった」と記している。

プレッセンは、（こうした見方に）反対する理由はないと考えたが、彼は「オーストリアは（セルビアの）譲歩を実行するための保証となるべき何らかの基準を少なくとも手に入れる必要があると思う」と主権者に語った。しかし、セルビアに対する外交的勝利がまだ用意されているのであれば、これは決して悪いことではなかった。1（Plessen diary, 28 July 1914, .Albertini, vol. 2, 467）

McMeekin, Sean. July 1914 (p.418). Icon Books. Kindle 版. ）

　このような心境で、朝9時過ぎに宮殿に戻ったヴィルヘルムは、オーストリアの最後通牒に対するセルビアの返答を読んでいた。

ヴィルヘルム通りから宅配便で届けられた解読されたフランス語の文書は、カイザーが（前日のクルージングから）戻ってからかなり経った真夜中少し前にポツダムに到着していた。返答の口調はかなり融和的だろうとすでに思ってはいたが、読んだときヴィルヘルムは驚いた。「わずか48時間という制限時間の中での輝かしい成果だ！」と彼は走り書きし、セルビアがほぼ全面的に遵守したことを「誰もが予想していた以上だ！」そして「ウィーンにとって道徳的に大きな成功だ」と宣言した。

「戦争の理由はすべて消え去ったので、ギースルはそのままベオグラードに留まるべきだった！（夢遊病者たち p699）」　そのような返答を受けて、カイザーは「（オーストリアは）動員を命令すべきではなかった」と書いた（夢遊病者たち p775[2]。（Fromkin, David. Europe's Last Summer p218）

p242
　カイザーは余白に走り書きするとき、しばしば衝動的に反応したが、今回は本気で言った。 午前10時までに、彼はヤーゴ外務大臣に、正式な覚書を作成し、ドイツがオーストリアに対し、セルビアの回答を交渉の基礎として使用するよう要請した。まさにグレイが27日月曜日にリヒノフスキー大使に示唆したとおりだ（p233）。

カイザーは書いた。「セルビアが単一の点に関して行ったいくつかの留保事項は、交渉によって十分に解決できると私は考えている。しかし、最も卑屈なタイプの降伏は、そこに宣言されたすべてUrbi et Orbiであり、それによって戦闘事由のすべてが地に落ちることである。」

確かにヴィルヘルムは、返答が『単なる紙切れ』であり、行動に移されない限り、その文面にはほとんど意味がないと認めた。結局のところ、カイザーが主張したように、「セルビア人は東洋人であり、したがって嘘つきで欺瞞が多く、一時しのぎが得意である。」

彼らの「立派な約束」を「真実と事実」に変えるために、彼はこう言った。オーストリアは、「約束の履行と履行のための安全保障として、そして要求が実際に実行されるまでそこに留まる」として、オーストリアがベオグラードを一時的に占領することを提案した。

この解決策は、バルカン戦争時と同様、再び「目的もなく動員された」オーストリア軍にとっても名誉を満足させるものとなるだろう。この一時占領計画に基づいて、カイザーは「オーストリアの和平を仲介する用意がある」と宣言した3。

　この劇的な（カイザーの）反応を踏まえると、もしドイツの主権者カイザーが27日月曜日の午後、あるいは27日月曜日の夕方、ポツダム評議会中にオーストリアに対するセルビアの返答を見せられていたらどうなっていたかについて考えてみるのは興味深い。

もしカイザーが27日月曜日に（セルビアの返答を見せられて）、ウィーンでの調停計画を思いついていたら――それは、オーストリアの面目を保つためにベオグラードを一時占領するという部分を除けば、グレイの要求に非常に近い計画だった――ベートマン首相とヤーゴは、ウィーンに最後通牒を拒否してもらいたいという意思表示をする（訳注；もともとオーストリアはそうなる予定での最後通牒通告だった）のではなく、たとえカイザーの改変された形であっても、グレイの計画（訳注；グレイは、ドイツのウィーンへの影響力を利用して、セルビアの回答を是として受け入れるようベルリンに、５回目の緊急訴えを送っていた）をウィーンに真剣に推めざるを得なかったことだろう。

さらに重要なことは、カイザーが目下、交渉に有利な状況にあったがために、28日火曜日に宣戦布告をするというベルヒトルト外相の計画を承認することは決してできなかったであろう、ということである。

p243
彼ら（ベートマン首相とヤーゴ外相）は少なくとも、27日月曜夕方早くに知ったオーストリアの差し迫った宣戦布告を、ヴィルヘルムに知らせざるを得なかっただろうが、そうすればカイザーの猛烈な反対を招いただろう。この場合、事態は月曜の夜に頂点に達し、それは、おそらくベートマンと彼の君主との対立となったことだろう。首相がカイザーに叱責されたときいつもそうしていたように、首相はほぼ確実に身を引いたであろう。

ベルリンの許可がなければ、オーストリア・ハンガリー帝国は28日火曜日にセルビアに宣戦布告することはなかったはずだ。

（カイザーが27日月曜日中に、翌日のオーストリアの宣戦布告を知っていたら）主導権を握るのがグレイだろうが、カイザーだろうが、ロシアのサゾノフ外相だろうが、セルビアの返答修正をめぐる何らかの交渉が始まっていたことだろう。もちろんドイツの支援もなくなり、ベルヒトルトは潰されていただろうが、彼はドイツについていくしかなかっただろう。

　しかし、カイザーは月曜の夜、寝る前にセルビアの返答を読まなかった。おそらく、ベートマンとヤ―ゴが、カイザーがどう反応するかを知っていて、運び屋にカイザーを起こさないように指示していたからであるのはほぼ間違いない。

それでも、もしヴィルヘルムからの覚書がせめて28日火曜日の朝にヤーゴに届いていたら、正午にセルビアに宣戦布告する予定だったオーストリア軍を中止させることにはまだ間に合ったかもしれない。

もしカイザーが副官と一緒に馬に乗って運動に出発するのではなく、起きてすぐに返事を読んでいたら、1、2時間の余裕をもってヴィルヘルム通り、そしてそこを通ってボール広場に届いていたかもしれない。たとえ10時に（カイザーの）覚書が作成されたとしても、カイザー・ヴィルヘルムがテキストを直ちにウィーンに電報するよう指示してこの覚書を送っていたら、効果があったかもしれない。

しかし、カイザーはオーストリアが宣戦布告をしようとしているとはゆめ知らず、また電話に慣れていない人物でもあったため、速達でベルリンにメッセージを送り、ヤーゴがそれを受け取るのは、どんなに早くても午前11時か11時半までには不可能であった。 4

これに加えて、ヴィルヘルムは、この提案はデリケートな性質のものであるため、民間の宅配便でウィーンに転送してもらいたいと指定した。したがって、たとえ正午前にヤーゴが手紙を受け取ったとしても、オーストリア首脳がメッセージを間に合うように受け取る可能性はなかった。

p244
＜奇妙な宣戦布告（origin p461）＞
　この劇は議論の余地がなくなり、火曜日の午前11時10分、オーストリア＝ハンガリーはセルビアに対して正式に宣戦布告した（電報は午後0時30分にセルビア首脳によって解読された）。

その書簡（宣戦布告）は、「セルビア王立政府は、ベオグラードのオーストリア・ハンガリー大臣が提出した1914年7月23日の覚書に満足のいく回答をしていない。帝国政府と王立政府は、彼らの権利と利益のために、自らの保護に努めざるを得なくなっている。そしてこの目的のために、武力に訴えることができる。その結果、オーストリア＝ハンガリー帝国は今後セルビアと戦争状態に陥ると考えている。」と述べている’5

　それ（宣戦布告）はベルヒトルトの既成事実fait acoompli（路線の）終わりとなった。 コンラッド参謀長の助言に反し、ドイツ側の予想に反して、月曜日に即時宣戦布告を決定したのは彼だった。火曜日の朝、バート・イシュルでフランツ・ヨーゼフ1世に最後の提案を行って、迅速な行動だけが協商の介入の脅威を回避できると皇帝を説得したのはベルヒトルトだった。（追加措置として、ベルヒトルトは、疑わしい証拠を引用して、セルビア軍がドナウ川沿いのオーストリア軍陣地に発砲したとフランツ・ヨーゼフに語った。）

セルビアに送られたフランス語の文書を書き、署名したのはベルヒトルトであったが、イタリア人ジャーナリストのルイージ・アルベルティーニが述べたように、それ自体が斬新な行為であり、「歴史上初めて宣戦布告が電報によってなされた」という。

そして何よりも奇妙なのは、ベルヒトルトの電報にはいかなる軍事行動も伴っておらず、セルビア人はその信憑性について疑問を抱いていたようだ。確かにパシッチは、特にオーストリアへの直通電信線が遮断されており、電報がどのようにしてセルビア領に届いたのかが分からなかったため、これはでっちあげだと考えた。

p245
セルビア首相は、サンクトペテルブルク、パリ、ロンドンに電報を送り、友好国に「自分が受け取った奇妙な電報について知らせ、オーストリアがセルビアに宣戦布告したのは本当かどうか尋ねた」。.’6　

　ベルヒトルトにはこのように(fait acoompli路線を)進める論理的な理由があったが、それが正当な理由とは言えなかった。 27日月曜日に彼がドイツ側に伝えたとおり、セルビアに宣戦布告した彼の目的は、実際に戦争を始めることではなく（コンラッドは8月12日までは戦争は起こらないと述べていた）、更なる調停努力を回避することであった。

＜調停案を拒否のための宣戦布告＞
27日月曜日の夕方までに、ベルヒトルトはロシア大使のシェベコと在ペテルブルクのウィーン大使のザパリの両者から、オーストリアとロシアの直接対話に関するサゾノフの提案と、四カ国会議に関するグレイの提案（4回目）について聞いた。

その夜遅く、彼はセルビアの声明に基づいたドイツ調停に関するグレイの新しいアイデアを報告するベルリンからのメッセージを受け取った。ヨーロッパの外交官たちは明らかにバルカン半島戦争を阻止するための行動を準備していた。

一種のひねくれた反外交で、ベルヒトルトは、彼らから調停される前に（少なくとも机上では）バルカン戦争を始めようとした。火曜日にさらに多くの調停の申し出が来たとき、ベルヒトルトはそうなることは分かっていたが、今では答えを用意していた。それは、オーストリアとセルビアは実際に戦闘がなかったとしても、すでに戦争状態にはあるため、調停はもはや関係ないというものだった。

　これ以上に不適切な政策（調停忌避のための宣戦布告）を考えるのも難しいことだ。当初のオーストリア・ドイツの計画は、セルビアに対する軍事先制攻撃が非常に迅速かつ決定的であれば、大国は反応できないだろうというものだった。ベルヒトルトの（政策の）最終版は、不条理な既成事実fait accompli ad absurdumのようなもので、世界に矢継ぎ早に宣戦布告を行ったが、実際の戦争は行われず、戦争はやっと2週間後に行われた。

それは、中央同盟国の外交としては自殺行為だった。戦略としてはナンセンスだった。これがもたらした唯一の利点は、ベルヒトルトがヨーロッパ外交官の懇願を無視できること、つまり応答しなくて済むことだった。 外交的な包囲網をかわすための同盟国の無謀な行動を擁護せざるを得なくなったとは、これはまたドイツ人にとって、これほど不幸なことはなかっただろう。

p246
　ベルヒトルトの逆さま外交（調停忌避のための宣戦布告）は、まさにサゾノフの手に落ちた。オーストリアが大声で話し、柔らかい棒を振り回すことで、ロシア人は秘密裏に戦争の準備を加速させながら、あちこちにニンジンを提供することができた。

＜ブキャナンのうかつさ＞
　7月28日火曜日までに、ロシアの予備動員はかなり進んだが、英国大使のジョージ・ブキャナン卿のような意図的に無知な者だけがそれに気付かなかった。 27日月曜日、ヤヌシケビッチ参謀長はティフリス司令部に対し、戦争準備期間がオムスク、イルクーツク、トルキスタン、コーカサス軍管区にも施行され、ロシアの事前動員の範囲が中央ヨーロッパからシベリア、北極圏からペルシャ国境まで、ほぼロシア帝国全土に拡大されると電報を送った。7

火曜日までに、これらの憂慮すべき展開を報告する通信が、ウィーンとベルリンに殺到した。オデッサではドイツ領事が予備役招集を視察した。8

ブリュック領事の報告によると、ワルシャワの駅は蜂の巣のようで、ドイツ国境を含むあらゆる方向に軍隊の列車が出発していた9。

その日のドイツ軍参謀本部の諜報概要は、ロシア人が「少なくとも部分的な動員を行っているようだ」と結論づけており、ロシア全土で戦争準備期間が「おそらく」宣言されたと結論づけた10。

これらのドイツの報告の要旨は協商団体の監視員によって確認された。ベルリン駐在のセルビア武官は以下のように回想した。

7月28日、私はセルビア人将校数名とともに[ベルリンから]ワルシャワに到着した。ドイツ国境に関して言えば、軍事的措置の兆候は微塵も見られなかった。しかし、[ロシア領ポーランドiたに]国境を越えた直後、私たちは動員措置が大規模に行われていることに気づいた(いくつかの駅での貨車の組み立て、鉄道駅の軍事占領、いくつかの都市での軍隊の集結、軍隊の輸送、動員シグナリング）。 7月28日に私たちがブレスト・リトフスクに到着したとき、すでに包囲状態が布告されていた。11

p247
　このような精力的かつ詳細な報道とは対照的に、7 月 28 日火曜日の午後 8 時半までに、ブキャナンは「歩兵部隊が辺境に向けてワルシャワを出発する」という漠然とした噂を 1 つだけ拾い上げたが、どの部隊がどの辺境かについては説明しなかった。12

　ロシアで何が起こっているのかをロンドンに知らせることをあからさまに怠った至急報を生み出したのが怠惰なのか悪意なのかは、ブキャナン自身のみが知っていたのだ。 28日火曜日の午後、Chorister’s Bridgeで彼がサゾノフおよびフランス大使パレオローグと交わした一連の会話の中に、英国人ブキャナンの無関心さが完璧に表れていた。

ブキャナンは午後３時ごろ、サゾノフおよびフランス大使パレオローグのどちらもがオーストリアの対セルビア宣戦布告を知る前に、ロシア外相サゾノフと会談した。

ブキャナンは、グレイの希望通りにオーストリアとロシアの間を仲介できるという期待を抱きながら、サゾノフに、「セルビアの独立と統一‘ independence and integrity.’」を尊重するというオーストリアの公約についてどう思うか尋ねた。「閣下（事実上はサゾノフ）は即座に、オーストリアがこれら 2 つの点（セルビアの独立と統一）に取り組むどのような関与も、ロシアを満足させるものではないと答えた」とブキャナンはグレイに報告した。13

明らかに誤解を招く意図を持って、サゾノフはイギリス大使ブキャナンに対し、「オーストリアに対する（ロシアの）動員命令はオーストリア軍がセルビア国境を越えた日に下されるだろう」と約束した（Mc Meekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p60）。これは、ロシアが数週間とは言わないまでも、数日間は「部分的に動員」さえするつもりはないことをほのめかしていた（訳注；実際には、ロシアは28日に動員を開始している）。ブキャナンは、ロシア人サゾノフが自分を騙しているのではないかと疑うどころか、むしろ（サゾノフに）「ドイツによる挑戦とみなされる可能性のあるいかなる軍事的手段も控えるように強く求めた」14。

このような措置は、ブキャナンの知らないところで、すでに丸 3 日間にわたって進行していた。

p248
　サゾノフのオフィスから出る途中、ブキャナンは控え室でパレオローグに出会った。彼はフランス側に以下のように伝えた。「私はサゾノフに対し、ドイツが挑発的と呼ぶ可能性のあるいかなる軍事措置にも同意しないよう懇願していたところだ。ドイツ政府はすべての責任とすべての主導権を負わなければならない。英国の意見は、ドイツが疑いの余地のない侵略者である場合にのみ、現在の戦争に介入するという考えを受け入れるということだ・・・その旨をサゾノフに話してください。」

フランス大使は、ブキャナンの無知を解消したいという衝動を抑えながら、賢明にこう答えた。「それは私がいつも彼（ブキャナン）に言っていることだ」。15

ブキャナンは当時もその後も、パレオローグとサゾノフがロシアの「挑発的」軍事政策について意図的に彼を欺いていたが、それは「英国の世論」を操作して、今や差し迫ったように見えるヨーロッパ戦争で仏露側を支援するためだったとは考えていなかったらしい。

＜着々と進んだロシアの動員＞
　（戦争は）差し迫ったことではあったが、完全に不可避だったわけではない。このようなやりとりが行われた時点では、まだ戦争への決心は固まっていなかったのだ。

ロシアの戦争準備期間は広範囲にわたり、ドイツにもオーストリアにも同様に脅威に見えたが、7月28日時点ではまだ実際の動員までには及ばなかった。総動員を知らせる赤いプラカードは、オーストリアに対して「部分動員」される予定だった４つの地区にも掲示されていなかった。

ドイツは好きなだけ抗議することはできたが、プラカードが掲げられるまで、サゾノフはロシアが「動員した」ことへのもっともらしい否定を依然として行っていた。特に英国では、さらなる無知と好奇心によって（それが）守られていた。

さらに、オーストリアとセルビアは両国間で交戦が始まるまで数日間動員を続けていたが、大国がウィーンに介入する可能性は、まだわずかに残されていた。実際、ベルヒトルトが、オーストリアがセルビアと戦争状態にあることを告げる「奇妙な電報」を作成したのは、この可能性を明示的に断つためであった。（だが）そうすることで、彼は自らの外交的立場から足を遠ざけただけでなく、ロシアに、オーストリアに対する（ドイツに対してではないにしても）明確なcasus belliを与え、サゾノフに貴重な外交上の贈り物を手渡してしまった。

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　火曜日の午後4時頃にベルヒトルトの歯の抜けたような宣戦布告を知ったことに対し、サゾノフはついに、ロシアがオーストリア＝ハンガリー帝国に対して4つの軍管区（オデッサ、キエフ、モスクワ、カザン）の「部分動員」を開始したことを認めた。にもかかわらず、ロシアの予備動員はずっと前からこれらの地区をはるかに超えて、ヨーロッパのロシア全土に加え、シベリアとコーカサス、バルト海と黒海、そしてロシア領ポーランドを包含するまで拡大していた。一方、この不誠実な発表さえも、ベルヒトルト風の公的宣言ではなく、海外のロシア外交官への極秘の至急報で伝えられた。 .16

　サゾノフは、この（ロシアがオーストリア＝ハンガリー帝国に対して4つの軍管区（オデッサ、キエフ、モスクワ、カザン）の「部分動員」を開始した）ニュースをジョージ・ブキャナン卿や駐英ロシア大使ベンケンドルフ伯爵にさえ報告しないよう特別な注意を払った。ベンケンドルフには、「オーストリアによるセルビアへの宣戦布告の結果、私（ベンケンドルフ）とオーストリア大使との直接の話し合いは明らかに無駄である」ということだけが知らされていた。17

ベルヒトルトは、オーストリアが戦闘準備が整う（8月12日）2週間前（7月28日）にセルビアに宣戦布告し、ロンドンでオーストリアとドイツの意図を最悪の形で描く決意を固めていたように見えたが、サゾノフは1914年7月の重要な外交問題は英国の好戦か中立かであると認識した。グレイ、閣僚、そして何よりイギリス国民はロシアが中央同盟国に対して動員していることをまだ知らなかったし、ロシアの外務大臣サゾノフも彼らの無知を非難するまでもない、と考えていた。

p250
＜英国＞
サゾノフが（その状況を）知っていたはずのロンドンでは、アイルランドがまだ、ニュースサイクルを支配していた。26日日曜日、モーゼル銃の積荷がダブリン港に到着した後、英国軍が「石を投げるダブリン市民の群衆」に発砲する乱戦が展開された。この衝突により3名が死亡、36名が負傷した。

これはフリート街では、英国政府さえも把握していなかったバルカン半島危機や遠く離れたロシアでの不可解な出来事よりもはるかに大きなニュースだった。タイムズ紙が27日月曜日に報じたように、「この国が現在、英国民族史上最大の危機の一つに直面していることには、もはや少しの疑いもありません」、つまり自治権をめぐる内戦の可能性である。、ヨーロッパ戦争が勃発したわけではないのだ。

アスキス首相はバルカン危機について少しでも考えた限り、国民の目をアイルランドからそらす可能性がある限りにおいて、バルカン危機は「良いこと」であろうと考えていた。

彼が最初にこれは良くないことかもしれないと疑ったのは、7月28日火曜日の夕方、ロスチャイルド家の役人から、フランス政府がロンドン証券を売却していると告げられた時だったようだ。アスキスはそのニュースを「不気味」だと感じたが、フランス政府がなぜこんなことをしたのかについてわざわざ尋ねようとはしなかったようだ[18]。

外交政策を担当するエドワード・グレイ卿は、もちろんこの危機を可能な限り綿密に追跡していたが、それでも十分ではなかった。28日火曜日の午後4時までに、彼は駐独・英国大使エドワード・ゴシェン卿に「オーストリアとロシアの間の直接の意見交換」を促進するよう指示したが、外交官たちの怠惰のせいで実現しなかった。それは、(1)オーストリアがすでにセルビアと戦争状態にあり、（2）ロシアは3日前からオーストリア＝ハンガリー帝国とドイツの両国に対して秘密裏に事前動員を開始しており、オーストリアがセルビアと戦争中であることをペテルブルクが知るとすぐに少なくとも「部分的」動員を開始する予定だった、ということである。

バルカン戦争が始まってから5時間後、グレイは依然としてゴシェンに対し、「その[平和的調停]が行われる見通しがある限り、他の提案はすべて保留する」と語っていた。19

駐独・英国大使ゴシェンには、オーストリアを抑制するためにドイツ軍にいかなる圧力をかけることも命じられていなかった（また、言うまでもなく、グレイはブキャナンがロシア軍を抑制することを期待していたわけでもない）。

グレイは、オーストリアがセルビアに宣戦布告したことを28日火曜日の夜午後8時ごろになって初めて知り、ロシアが現在進行中の動員措置については夜通し明かされないままだった。また一日が過ぎていったが、この28日がこれまでで最も決定的な日であった。そしてグレイの気の抜けた外交により、イギリスは事態に影響を与えることができなくなった。

　増大する危険を察知していたと思われるロンドンの当局者はチャーチルだけだった。グレイに相談せず、ましてや閣僚のさらに好戦的ではない自由党の同僚たちにも相談せずに（ただしアスキスには知らせたが、アスキスから承認をほのめかした「ある種のうめき声」を受け取った）、チャーチルは火曜日の午後5時、第1艦隊に対し、暗闇に紛れてドーバー海峡を通過し、スカパ・フローの駐屯地まで北上するよう命令した。しかし、この措置さえも29日水曜の早朝までとられなかった（Fromkin, David. Europe's Last Summer p227）。20

p251
したがってそうしたことは、28日火曜日には、ドイツやオーストリアに対して、何の抑止効果も持たなかった可能性がある。

＜フランス＞
　パリでは、イギリス人と同様に、一般大衆もバルカン半島やロシアで進行中の出来事に無関心なままだった。 28日火曜日には、誰もがカイヨー夫人の裁判の結論にずっと気をとられていた。カイヨーの弁護士は、一時的な心神喪失と計画性の欠如について彼の訴訟を提起した。興味深い最終弁論の中で、彼は法廷に対して「怒りを外の敵のために取っておくように」と忠告した・・・戦争は目の前にあります。・・・カイヨー夫人を無罪にしてください。」　陪審員は「無実だ！」と同意した。

この驚くべき判決と、それに続く街頭での「激しい叫び声の乱闘」（「カイヨー万歳！」「カイヨーに死を！」）こそが、オーストリアの対セルビア宣戦布告でもなく、ましてやロシアの加速する動員措置でもなく、 29日水曜朝のフランスの見出しを独占したことだろう。21

＜ドイツ＞
　一方、ポツダムでは、ベートマンは、（28日朝9時過ぎにセルビアの返答を見せられていったんは戦争忌避を求めていたのに対してその後AM11時10分の）オーストリアの宣戦布告を知って激怒した主権者カイザーから、再び抑圧的な態度（humbled)をとられた。火曜日午後にこのニュースを聞いた後、首相を宮殿に呼び出したカイザー・ヴィルヘルムは、再び痛烈な叱責を発した。「あなたは私をひどい混乱に巻き込んだ。」　

オーストリアの無謀（宣戦布告）によって引き起こされた損害を元に戻すために、カイザーはベートマンに、たとえオーストリア軍がその名誉を満たすためにベオグラードを占領する必要があるとしても、（ドイツが）ロシアと交渉するためにウィーンに頼る（lean on)よう、命令した。.22

　28日火曜日の夜にベルリンに戻ったとき、ベートマンは機嫌が悪かった。リヒノフスキーのロンドンからの（セルビアが償いの意を表明したために、オーストリアが軟化しなければ大惨事が予想されるというグレイからの）最新の憂鬱なメッセージ（Lichnowsky to Jagow, 28 July 1914 (12:58 PM, received Berlin 3:45 PM)）が彼の机の上にあった（夢遊病者たち p776)。

少なくとも、この内容には英国の偏った新たな調停構想（訳注；この頃グレイは、ロシアとオーストリア間の直接交渉が平和を維持する最善の可能性をもたらすという見解に変わっていた）は含まれていなかったが、それでも（セルビアの譲歩は）良いニュースではなかった。

リヒノフスキーがベルリンからの指示を遂行しながら、オーストリアにはセルビアへの領土計画はないということでグレイに安心させていた一方で、駐英オーストリア大使メンズドルフ伯爵はリヒノフスキーに対し、オーストリアはセルビアを「平定し」（ドイツ語ではnedergebegelt)、その後バルカン半島のジャッカルのような諸国が「切り裂く」ことができるように（つまりオーストリアが分け前をとらなければそうなる）戦争を決意していると語っていた。（ドイツ側とオーストリア側のずれ）

p252
　ベートマンはこのニュース（セルビアの譲歩）を読んだ時点で、オーストリアが宣戦布告を行ったことは知っていたが、この知らせはウィーンに対する彼の不満を具現した。彼はリヒノフスキー報告書に書き記した。「オーストリア側の曖昧さは耐え難いものだ。私たちに対して、彼らは自分たちの計画に関する情報を否定し、セルビア分割に関するホヨス伯爵の発言は純粋に個人的なものであると明確に述べている。サンクトペテルブルクでは彼ら（オーストリア）は悪意のない子羊であり、ロンドンでは（オーストリア）大使館がセルビアの領土をブルガリアとアルバニアに譲渡することについて話している。」23

　首相の憤りに同情するのは簡単だ。彼が（カイザーの先導に従って）白紙小切手に署名したとき、オーストリアの政策が予測不可能で自滅的な紆余曲折を経ることになるとは想像できなかったわけだから。

ベートマンが火曜日の夜10時15分にウィーンのチルシキー大使に宛てて書いた(電報第174号）ように、最後通牒に対するパシッチの融和的な返答は「もしもオーストリア・ハンガリー政府側に対して（セルビア政府が）強硬な態度を取っていたら、ヨーロッパ全土の世論の漸進的な反感を引き起こしていたことだろう、というオーストリア側の思惑をかなりの部分、満足させた」。

ベルヒトルトは、一方的に宣戦布告をしてしまったことで、まさにこの「強硬な態度」をとったのであるが、その目的は何だったのか？

ベートマンがチルシキーに思い出させたのは、コンラッド自身が「セルビアに対する積極的な軍事措置は8月12日までは不可能だ」とベルリンに伝えていたということである。

それゆえドイツは「他の国からの調停や会議の提案にさらされるという極めて困難な立場に置かれており、そして、もしドイツがそのような提案に対して以前のように留保をし続けるなら（各調停を拒否するのであれば）、ドイツ国民の目から見ても、世界戦争を引き起こしたという不名誉は[ドイツ]に課せられることになったことだろう。」(Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p74)

p253
したがってベートマンは、オーストリアがロシアと交渉を開始し、サゾノフにできる限り明確に以下のことを保証することが不可欠である、と駐墺ドイツ大使チルシキーに語った。すなわち、「セルビアにおける（オーストリアの）領土獲得（の目的）は、セルビアの考えとはかけ離れており、その（オーストリアの）軍事的措置は、セルビア政府がオーストリアの要求に完全に従うことを（völliger Erfüllung）強制するために、純粋にベオグラードとセルビア領土のその他の明確な地点の一時占領だけを目的としている･･･オーストリアの要求が満たされ次第、避難が開始されるだろう。」ということである。24（電報第174号　Bethmann to Tschirschky, 28 July 1914 (10:15 PM, received Vienna 29 July 4:30 AM), no. 323 in DD, vol. 2）

もしロシアがこれに応じなければ、ドイツではなくロシアが平和を乱す勢力とみなされるだろう――ベートマンはそう望んでいた。

　（だが）ドイツの取り組みがすぐに知られるようになったとき、この「ベオグラードでの停止 ‘Halt in Belgrade’（一時的占領）」提案には絶望的な要素があった。ベートマンとカイザーは、どちらもオーストリアの無謀を助長したという重い責任を負っていたが、オーストリアがセルビアと戦う準備が整う２週間前にセルビアに宣戦布告したことを知った時の彼らの落胆の率直さは、疑いようがない。

白紙小切手に署名する際には、両者とも、ロシアがセルビア（の意思決定）に介入した際の戦争の危険は承知しており、（したがって）この介入が実際に実現することを二人とも望んでいなかったし、意図もしていなかった。

p254
ベートマンとカイザーは同盟国オーストリアの外交能力を疑いなく信頼してはいたが、ベルヒトルトが次々と誤った行動を起こすのをただ指をくわえて見ているだけだった。時は過ぎていったが、しかしおそらくオーストリアを抑制するには遅すぎということはなかっただろう。

＜カイザーとベルヒトルトの違い＞（Fischer, Fritz Germany’s Aims in the First World War p57）
　しかし、カイザーと首相がこれを行うことを望んでいた方法の間には、決定的な違いがあった。

28日火曜午前10時にヤーゴに宛てて書いた書簡の中で、ヴィルヘルムは次のように考えていることを明らかにした。パシッチの最後通牒に対する返答の中で「セルビアが単一の点に関して行ったいくつかの留保は、私の意見では、交渉によって十分解消できる」。

もちろん、これはオーストリア首脳に多くのことを問うことになったことだろう。コンラッドと軍はそれでも、ベオグラードの「一時的な」占領で名誉を満足させるかもしれないが、ベルヒトルトはプライドを捨てて、原理原則の主要点から後退することを余儀なくされることになっただろう。

対照的に、ベートマンが駐オーストリア･ドイツ大使チルシキーに宛てた指示には、オーストリアの占領により「セルビア政府はオーストリアの要求に完全に従うよう強制される」と規定されており（電報174号）、後退しなければならないのはベルヒトルトではなくパシッチであることが暗示されていた。

ベートマンがこのことを理解していたかどうかにかかわらず、この違いは根本的なものであった。セルビアが、オーストリアの最後通牒に従うという条件をめぐっての本格的な交渉を行わない（オーストリアの要求に完全に従う）ことをサゾノフが知れば、ロシアがベオグラードの「一時的」占領を黙認するわずかな可能性は確実に消えるだろう。

　２８日火曜日に進行中のロシア動員措置について、同国にいかなる警告も発しないというベートマンの奇妙な決定により、ロシアの（一時占領の）黙認はさらにありそうもないことになった。

おそらく、ドイツをそのような不可能な立場に置いたオーストリアを怒らせたいと考えたのか、ベートマンはウィーンに「サンクトペテルブルクでの断定的な宣言は今日では時期尚早であるように思われる」と伝え、ペテルブルクからのプルタレスとエッゲリングの不穏な報告を追跡する努力をしなかった。.25

ベートマン首相はロシア、フランス、イギリスに対し、午後9時に出発した大使たちへの電報を通じて、彼が現在、オーストリアとロシアの直接対話を支持しており（p251）、この保証と、ロシアの動員措置に対するドイツの抗議に対する彼（ベートマン）の沈黙とが相まって、サゾノフが交渉に応じるよう説得できることを期待していることを伝えた。

オーストリアがすでに宣戦布告した後、そして最後通牒に対するセルビアの返答条件についてオーストリアが何の譲歩も示さないまま、その後のオーストリアによるベオグラード占領を根拠に、サゾノフが交渉に応じるようになるのかは不明のままだった。

p255
　実際、ベートマンは28日午後 9 時の回報で「ベオグラード停止‘Halt in Belgrade’」計画の条件を詳しく述べていなかった。むしろ彼は、オーストリアとロシアの会談について最も漠然とした意味でのみ話し、ウィーンの宣戦布告は「事態をまったく変えるものではない」（ändert hieran nichts）ともっともらしく主張した。26 （Bethmann to Pourtalès, copied to Vienna, Paris, and London, 28 July 1914 (9 PM), no. 315 in DD, vol. 2.origin　p549）

これでは（セルビアに忍従を迫っているだけなので）、グレイに、ましてやサゾノフやパレオローグに、ベートマンがウィーンでの調停に真剣に取り組んでいることを印象づけようもなかった。

こうして、ベルリンのベートマンは、ウィーンのベルヒトルトと同様、考えられる限り最も無能な政策に陥った。つまり、ドイツがロシアの秘密動員に反応したことをペテルブルクに警告するのを拒否して（ロシアの動員に抗議をせずして）自らの影響力を弱体化させたにもかかわらず、自らが譲歩するのではなく、ロシアが譲歩することを求めたのだ。彼はアメとムチを逆向きに持っていた。

　宰相の直近の政策の失敗を知らず、皇帝ヴィルヘルム２世は28日火曜日の夕方、新宮殿に座り、皇帝ニコライ２世に宛てた緊急の電報を編集していた。「ウィリー」から「ニッキー」まで、主権者がお互いに呼びかけるおなじみのスタイルで書かれていたが、このメッセージは実際には、ベートマンの監督の下、ヴィルヘルム通りの政治部長ヴィルヘルム・フォン・シュトゥムによって最初に起草された。（Tsar Nicholas and Kaiser Wilhelm telegram）

首相が何をしようとしているのかやや疑問を感じながらも、カイザーは、雰囲気を和らげるためにいくつかの変更を主張した。彼は重要な一文を個人的に書き直した。すなわち、「私は最大限の影響力を行使している」とウィリーはニッキーに約束し、「オーストリア人があなたと満足のいく理解に達するために、率直に対処するよう誘導する」と約束し、「あなたの非常に誠実で献身的な友人であり、いとこであるウィリー」と締めくくった。’27

p256
　カイザーには知られていなかったが、ニッキーはほぼ同時に、自身で主権者間の電報を書いていた。25日土曜日に戦争準備期間を開始して以来、ツァーリは再考していた。27日月曜日、彼は独自の調停案を思いつき、オーストリアとセルビアの紛争をハーグ裁判所（１８９９年にロシアのニコライ２世の提唱でオランダのハーグで開催された第１回万国平和会議（国際平和会議）において、参加国が国際紛争の平和的処理に関する条約（国際紛争平和的処理条約）を締結し、それによって１９０１年、ハーグにおいて常設仲裁裁判所が世界最初の国際的司法機関として設立された。それは１９０７年の第２回ハーグ万国平和会議で締結された条約で再確認された）による仲裁に付すようサゾノフに提案した（Fromkin, David. Europe's Last Summer p223）。サゾノフは皇帝の提案をあっさりと無視し、単細胞な君主がその提案を忘れることを望んでいた。

それにもかかわらず、サゾノフは、ツァーリがウィリーに対して、オーストリアを引かせるよう直接訴えることを、阻止できなかった。

ニコラスは書いた。「卑劣な戦争が弱い国に対して宣告された。ロシアにおける私の憤りは計り知れない。私は、間もなく私に課せられた圧力に圧倒され、戦争につながる極端な手段をとらざるを得なくなるだろうと予見している。ヨーロッパ戦争のような惨事を回避するために、私たちの古い友情の名において、同盟国（例えばオーストリア＝ハンガリー）の行き過ぎを阻止するためにできる限りのことをしていただくようお願いします。」’28

　ロシア皇帝が、同盟国であるオーストリアの「行き過ぎ」を阻止するためにできる限りのことをするようカイザーに要求していたまさにそのとき、ウィリーはニッキーに対し、そのために「最大限の影響力を行使する」と約束していた。

どちらの君主も強い意志や鋭い知性を持った人ではなかったが、それぞれが道徳的な想像力を持っていた。両者とも、数百万人ではないにしても数千人もの臣民を確実に殺害する戦争を開始することについて重大な責任を感じていたことは明らかだった。

戦争が地平線にますます迫ってくる中、ウィリーとニッキーは必死で脱出方法を探していた。もし彼らの主権が形式にある通りに実際に絶対的であったなら、彼らは成功したかもしれない。

　（だが残念ながら）そうはならなかった。これまで見てきたように、ベートマンはカイザーの「ベオグラードでの停止Halt in Belgrade」提案をロシア側が確実に拒否する形に組み替えてしまったことで、ウィーンでの調停を望む彼の主権者の願望を台無しにした。

p257
＜露仏の結束＞
一方、サンクトペテルブルクでは、サゾノフと軍首脳らが、皇帝の頭越しで、個人的な調停努力を水の泡にしてしまうような重要な決定を進めていた。その際、彼らはフランスからの強い励ましを受けていた。

ポアンカレとヴィヴィアーニは28日火曜日も海上にいたが、彼らが不在の間、フランス大使、ジョフル陸軍参謀長、アドルフ・メッシミー陸軍大臣は自ら問題に取り組み始めていた。

28日火曜日、カイヨー夫人の判決を待つ群衆がパリ周辺に集まりながらも、ロシアの駐フランス武官はサンクトペテルブルクに対し、ジョフルとメッシミーがフランスが同盟の義務を果たす用意があると確約したと報告した。

ジョフル自身は、（オルセー通りを通じて）パレオローグ大使に対し、「敵対行為が勃発した場合には、あらゆる可能な手段を用いて、我々の大会で合意されたとおり、サンクトペテルブルク政府はただちに東プロイセンで攻撃を開始するだろう。」

ジョフル自身は（オルセー通りを通じて）パレオローグ大使に対し、「敵対行為が勃発した場合、サンクトペテルブルク政府が、2016年に合意されたとおり直ちに東プロイセンで攻撃を開始するようあらゆる手段を尽くして努力するよう努める」と要請した。メッシミーは同様の指示をペテルブルクに電報し、「ロシアの動員が遅いにもかかわらず、ツァーリの軍隊はできるだけ早く東プロイセンで攻撃を開始すべきであると全力で訴えた」。ガストン・ドゥメルグ　フランス首相（1913年12月9日ー1914年6月2日まで首相）は、サンクトペテルブルクへの就任に際し、パレオローグに対し、「フランスの安全は、フランスをどのように戦闘に駆り立てるかというエネルギーと迅速さにかかっています。」と指示していた。.29

　　パレオローグはジョフルとメッシミーを失望させなかった。サゾノフが28日火曜日午後４時にオーストリアの宣戦布告を知った直後、パレオローグは再び外務大臣と謁見するためChorister’s Bridge に戻っていた。パレオローグは回想録の中でこの二度目の会談について触れていないが、シリングが保管していたロシア外務省の日誌はそれが行われたことを裏付けている。二人の間で何が話されたのかすべてを知っているわけではなかったが、シリングの日誌には概要が記載されている。その項目には、「政府の指示に基づき、フランス大使は外務大臣に対し、フランスが必要な場合に同盟国としての義務を果たす完全な用意があることを伝えた。」と記されている[30]。

p258
　シリングの日誌には、この重大な宣言が誰に与えられた「指示」なのかは記載されていない。それらはジョフル、メシミ、あるいはポアンカレであった可能性があり、彼がまだサンクトペテルブルクにいた間に非公式に出されたものだった。ほぼ間違いなく、それらはヴィヴィアーニから来たものではない。この記録には、オーストリアのセルビアに対する宣戦布告やロシアの対応についての言及がないため、文脈も不明瞭なままとなっている。

　しかしながら、7月28日のパレオローグの全面的なロシア支持宣言の重大な性質に疑いの余地はない。その重要性は翌朝、サゾノフがパリのイズヴォルスキーに送った電報（ロンドン、ウィーン、ローマ、ベルリンにコピー）で確認され、その中でロシア外務大臣サゾノフはパレオローグ大使に対し、「宣言に対する我々の心からの感謝の意を伝えてほしい」と要請した。フランス大使パレオローグは政府の名で私に対し、同盟のもとでのフランスの支援を全面的に期待してよいと述べた。サゾノフは続けた、現在の状況では、この宣言は我々にとって特別な価値がある。」31

＜ロシア、動員す＞
　オーストリアの対セルビア宣戦布告を受けて、パレオローグがフランスの無条件支持を宣言したことに勇気づけられ、サゾノフはロシアの戦争準備を加速するために決然と動いた。彼が最初に訪れたのはペテルゴフ宮殿で、そこではニコライ2世が彼を待っていた――皇帝は、（自分が提案していた）ハーグ仲裁案について話し合うためだと考えていたのだが。

28日火曜日の午後6時頃、サゾノフはオーストリアがセルビアに宣戦布告したことをロシア君主に伝えた。彼はまた、ヤヌシケビッチ参謀長にロシア軍のための2つの動員ウカセ（ロシア皇帝の命令：1つは部分的でもう1つは一般的）を作成させる許可をツァーリに求めた。

p259
　ツァーリは同意した――あるいは少なくとも、サゾノフは、ロシアの主権者がヤヌシケビッチに命令を作成するように命じたとき、ロシアの主権者は同意したと主張した。おそらくツァーリは、署名するまでは発効しないことを理解した上で、命令書を作成することに同意したのかもしれない。ツァーリが同意した内容を完全に理解していたかどうかにかかわらず、ヤヌシケビッチは即座に2つの動員ウカセを作成した[32]。

p259
興味深いことに、火曜日の夜に入手した主要文書にはどちらも部分的動員ではなく全体的な動員について言及されており、これはサゾーノフとヤヌシケビッチがすでにその方向に傾いていたことを示唆している。

パレオローグも同様の情報を入手していた可能性が高い。最初の文書は午後7時35分に送信された彼自身の電報であり、その中でパレオローグは、あたかも仮説であるかのように、「総動員の場合は2名の士官が派遣される」とパリに通知した。私の大使館に送ってもらう』と述べ、その後、彼は自分の希望（Messrs. de Ridder and de Sèze）を挙げ、ドイツを経由するより直接的なルートではなく、ストックホルムを経由してロシアに向かうことを提案した[33]。

ロシアの差し迫った総動員が単なる仮説以上のものであったことは、火曜日の夜遅くにヤヌシケビッチがロシア全軍管区の司令官に送った電報で示唆されており、「7月30日が我々の総動員の初日と宣言される」と通告されている。この宣言に続いて規制電報が送られることになる。34

ウィリーとニッキーが「平和」電報を交換している間にも、ロシアはヨーロッパ戦争へのカウントダウンを始めていた。 ドイツ軍はオーストリア軍に首根っこを押さえられていた。ロシアの将軍たちは（まだ主権者が、ではないが）執行日さえ決定していたのだ。

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