・最後通牒
１帝国政府の君主制に対する憎悪・軽蔑を扇動するすべての出版を禁止すること。

２ナーロドナ・オドブラナ（セルビア国家主義者組織）と称する組織を解散させ宣伝その他の手段を没収し、帝国政府に対するプロパガンダを行う他の組織も同様にすること。

３帝国政府に対するプロパガンダを助長しているもしくは助長する恐れのある全てを（教師も教材も含めて）セルビアの公教育から遅滞なく削除すること。

４帝国政府に対するプロパガンダを行った罪で、帝国政府が一覧にした全ての軍関係者と政府職員を解雇すること。

５領土保全に反する破壊分子の運動の抑圧のために、帝国政府の一機関との協力を受け入れること。

６セルビア領で見つけられる可能性のある、サラエヴォ事件の共犯者を法廷尋問するとともに、帝国政府の一機関をこの手続きに参加させること。

７帝国政府が行った予備捜査によって浮かび上がった2人の指名手配犯を直ちに逮捕すること。

８武器と爆発物の違法売買の流通を効果的な方法によって防ぐこと。

９国内国外を問わず、帝国政府に敵意を示したセルビア政府高官の陳述書を届けること。

１０全てについて実行する手段を、遅滞なく帝国政府に知らせること。

15　ロシア、フランス、セルビアは断固として立ち向かう
＜７月25日（土）　ロシア王室会議＞
p191
25日土曜日の夜が明けると、サンクトペテルブルクの通りはすでに沸騰し始めていた。 7月中ずっと熱波が続いていた。今、それは恐ろしいピークに達した。

鉄道の駅は、首都の湿った暑さから逃れようと必死の行楽客でいっぱいだった。労働者階級の地区では、コサックとの衝突で多くのストライカーが負傷した22日水曜日以来、状況はいくぶん安定していた。それでも、この暑さは工場や狭い住宅街の雰囲気を改善することはできなかった。警察は新たな暴動が差し迫っているのではないかと懸念した。

　クラスノエ・セローの練兵場では、帝国軍の毎年恒例の夏季観閲式を観察するために、金持ちの群衆が集まっていた。演習は、灼熱の平原に真昼の太陽が昇る前の深夜に行われる予定だった。残念ながら、着飾った観客にとっては、それは幸運ではなかった。。当初その理由は誰にも知らされなかったが、視察は午後早々まで延期された。

その理由は、前日の午後にサンクトペテルブルクで下された決定を批准するために、近くのツァールスコエ・セローで閣僚評議会の緊急会議が招集されたためであることがすぐに明らかになった。

サンクトペテルブルクの上流階級の人々が、のんびりとした土曜日のために練兵場に集まっている間、サゾノフは猛烈な勢いで見回りをしていた。彼はツァールスコエ・セローで一晩過ごし、早起きして、評議会に戻る前に夕方の電報を受け取るためにコリスターズ・ブリッジにあるオフィスに行った。この会議は昨日とは異なり、皇帝ニコライ2世自身が主宰した。この歴史的な決議は金曜日に下された決議よりもさらに踏み込んだものだった。

p192
　まず、ロシアは、キエフ、オデッサ、モスクワ、カザンの4つの軍区と黒海およびバルト海の艦隊の「部分動員」を行うという前日の決定を「原則」承認した。その考えは、「オーストリアに対してのみ」限定的な動員を打電することであったが、これさえもオーストリアがセルビアに対して動員をするまでは公には発表されなかった。これら 4 つの地区を動員すれば、海軍を含まない 110 万人の相当な兵力が戦争に備えられることになる。

　第２に、全部隊は常駐宿舎に戻ることになった。ツァールスコエ・セローと同様に、軍隊の大部分は代わりに夏期営地に集まり、季節演習や訓練に従事した。常駐基地は武器やその他の軍需物資が保管される恒久的な基地であり、兵士が出動する前に装備を手に入れておく必要があった。

それ自体は動員に相当するものではなかったが、この措置はロシア帝国の広大な範囲にわたって急速に軍隊を動員することになった。「オーストリアに対して」4つの地区に動員されることになった110万人だけではなく、軍全体も動員された。

軍全体の動員が最優先された。ヤヌシケビッチ参謀長の命令により、ドブロロルスキーは午後 4 時 10 分、秘密暗号電報第 1547号を送信した。

全部隊を駐屯地に帰還させるための輸送計画と備えを迅速に準備すること。この作業の完了までの時間は24 時間である。

　第３に、陸軍士官候補生は直ちに将校に昇進した。ロシア軍は、准大尉や下士官の戦力においてドイツ軍に比べて著しく劣っていた。この措置は、ギャップを埋めることにある程度貢献するだろう。これにより士官軍団が絶対的に拡大されただけでなく、これまで新兵の訓練に従事していた多くの成熟した士官が自由に現役に就くことができた。

　第4にに、モスクワ、サンクトペテルブルク、要塞のあるヨーロッパロシアのすべての町、そして「オーストリアとドイツに面した辺境地域」で「戦争状態」（つまり戒厳令）が布告された2。

p193
　最後に、そして最も重要なこととして、評議会は真夜中から「帝国全土における戦争準備期間」を開始するという極秘命令を出した。これは、動員（ドイツの場合は戦争も意味していた）の直前に行われた、ドイツのKriegsgefahrzustandに似た動員前指令であった。

ロシアにおいても、ドイツ同様、これ以上にない不穏な雰囲気を醸し出していた。秘密軍事委員会が1912年11月にスホムリノフ陸軍大臣に報告したように、「戦争を回避できるという希望を決定的に敵から奪わないように、敵対行為を開始せずに集中（動員）を完了することが有利になるだろう。 ”敵の恐怖をできるだけ眠らせるために”、これに対する我々の措置は”巧妙な外交交渉によって隠蔽されなければならない”。」３（c.f. McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p61～）

1913年3月2日にツァーリが署名して法律として成立させていた最終法令によれば、戦争準備期間とは、開戦に先立つ外交上の複雑な期間を意味し、この期間中はすべての政府部門が準備と戦争に必要な措置を講じなければならない。陸軍、海軍、要塞の動員と、脅威にさらされた辺境への軍隊の配備も同様である4。

　これらの決定の重大さは、ツァールスコエ・セローの練兵場ですぐに感じられた。近衛軍の観閲は開始されるやいなや途中で打ち切られた。ツァーリのドイツ軍副官オスカー・フォン・チェリウス将軍がベルリンに次のように報告した。「午後の観閲中にそれが発表された・・・今夜の演習は中止され、軍隊は[基地に]戻らなければならない」。

この命令が軍の最高位にも適用されたことを示して、サンクトペテルブルク軍事総督アドラーベルク将軍は、次のチェリウスとの会話を「中断」し、「彼は『動員』に参加するために行かなければならなかった」と発表した。5

p194
＜サゾノフ、王室会議決議を英仏に知らせる＞
　サゾノフもクラスノエ・セローでの観閲式が終わるとすぐに、コリスターズ・ブリッジにある自分の部署に戻った。彼の最初の仕事は、ツァールスコエ・セローで決議されたことについてフランスとイギリスの大使に知らせることだった。

協商国がチームとして協力すべきであるという印象を高めるために、彼は両者を一緒に招集した。英国が依然として外交上の傍観者にあるため、サゾノフはブキャナンに対しては細心の注意を払う必要があった。

そこで彼は、朝の最初の決議のみを論議した。それは、「原則として」オーストリアに対して4つの軍管区を動員するというという決定である。（そしてここでも、ロシアはバルト海艦隊と黒海艦隊も同様に動員されるという言及を無視した）。

ブキャナンがグレイ外務大臣に報告したところでは、サゾノフは、帝国の布告「110万人の動員命令」は「外務大臣（サゾノフ）が発効の時が来たと判断した場合にのみ公表される」と主張した。

英国人（グレイ）が「ロシアは、英国が平和のために影響力を行使する前に動員して戦争を引き起こすことはないだろうな」という切実な希望を表明したとき、サゾノフは断言した。「ロシアには攻撃的な意図はなく、自国に強制されるまでは何も行動を起こさないだろう」。

しかしサゾノフは、ブキャナンとパレオローグに対し、「しかし、動員に必要な予備準備はすぐに始まるだろう」と、一見矛盾しているように見えることも語った――これは「戦争準備期間」を暗示しているが、ロシア人サゾノフはこれを詳しく説明しなかった。

　パレオローグはフランス全体に対して、（7月24日のロシア）評議会の決定を支持したと報告し、ブキャナンは、「少しもためらうことなく」ロンドンに報告した。

＜英国の反応＞
（だが）サゾノフがイギリスも（フランス同様に）ロシアを支持する声明を発表するかとブキャナンに尋ねたところ、答えはノーだった。 せいぜいイギリス人ブキャナンは「ベルリンとウィーンで調停役を務める」と約束できただけだった。

これを聞いてサゾノフは不満を募らせた。戦争に対するドイツの態度は、ロンドンの出方についてドイツがどう見ているか次第だとして、彼はブキャナンを説得しようとした。

「もし我々（英国）がフランスとロシアの側にいれば」ブキャナンは異を唱えるサゾノフに言った。「戦争は起こらないだろう」。対照的に、「もし我々が今彼らを裏切れば、血の川が流れ、最終的に我々は戦争に巻き込まれるだろう。」

　このベールに包まれた警告に対して、ブキャナンは彼自身の警告で答えたのだった。

ロシアが望んでいた明確な支持をロシア与えることができず、英国人ブキャナンは「（サゾノフに）慎重であらせるよう、できる限りのことを言った」。

しかし、ブキャナンはロシア外務大臣サゾノフに警告した。もし『ロシアが動員した』場合には、「ドイツは単なる動員に満足したり、ロシアに動員を実行する時間を与えることなく、おそらく紛争を引き起こしたいと考えるだろう」。

オーストリアもロシアも瞬きする間もなく、戦争の可能性がますます高まった。

ブキャナンはグレイへの報告の中で、この立場は「危険」であると結論づけた。ロシアは現在「フランスへの支援を確保している※ため、（ロシアが参戦すれば）フランスは戦争のあらゆる危険に直面することになる」。やがて英国は「ロシアに積極的な支援を与えるか、友好関係を放棄するかの選択を迫られることになる」6。
※訳注；ロシアがドイツ・オーストリア＝ハンガリーから攻撃された場合、またはフランスがドイツ・イタリアから攻撃された場合は、相互に援助しあうことを約束した秘密の露仏軍事同盟が存在していた。

p195
＜フランスの反応＞
　（一方）パレオローグにはそのような不安はなかった。ポアンカレとヴィヴィアーニはまだ海上にいた。彼はフランスからも、オルセー通りの外務局長代理ジャン・バティスト・ビアンヴニュ・マルタンからも、いかなる種類の警戒を促すメッセージも受け取っていなかった。（彼は大統領が去る前にポアンカレと政策路線について合意していた可能性がある）。

したがって、パレオローグはサゾノフに対し、「フランスは無条件でロシアの側に立つ」と断言するのは正当であると感じた。

　ブキャナンとは異なり、フランス大使パレオローグは戦争準備期間が何を意味するかについて何の幻想も抱いていなかった。パレオローグは、ブキャナンとサゾノフとの午後の謁見後、午後6時22分にビアンヴェヌ＝マルタン氏に送った電報の中で、パレオローグは、オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアを攻撃した場合に発表されるロシアの「部分的」動員だけでなく、「その間、今日（25日）から秘密裏に（ロシア軍の）準備が始まる」とも報じた7。

同じ電報で、パレオローグは、フランスの武官ピエール・ド・ラギーシュ将軍がクラスノエ・セロにロシアのスコムリノフ陸軍大臣と今後の最高司令官ニコライ大公との連絡役として配置されたことをパリに伝えた。一方、ラギーシュはこの日、フランス参謀本部から「ヨーロッパ戦争はもはや避けられない」という前提でロシア軍とともに行動するよう秘密の指示を受けた[8]。

したがって、文民政府が海上にいる間でさえ、フランスの外交的・軍事的機能は維持されていた。ロシアの秘密動員が進むにつれて、サンクトペテルブルクの連絡員は完全に情報を入手し、パリとも連絡を取り合うことになる。

フランス号の船上では、ポアンカレとヴィヴィアーニは、25日土曜日にツァールスコエ・セローで下された重大な決定を知らなかった。船の無線は機能していたが、信号強度が弱いことがよくあった。したがって、フランスの無線通信事業者は、セルビアに対してオーストリアからの侵攻に抵抗しないよう勧告した24日金曜日のロシア閣僚評議会での決定を発表するパレオログの25日土曜朝の電文は解読できたが、同日午後6時22分に送信されたロシアの差し迫った部分動員とその「秘密」を告げる電文は解読できなかった。

ポアンカレは、サゾノフがアメとムチのアプローチをとっているとは知らず、したがって、すべてアメだと思った。ロシアがセルビアの服従を望んでいると聞いて、彼は頭がおかしくなった。

ポアンカレは25日土曜夜の日記で、ベオグラードに対するロシアの勧告は「世界史における不吉な日」を示す「ツァーリ帝国の退位」であると述べた。彼は嘆いた。フランス人は「ロシア人ほど汎スラブ的であるはずがない。可哀そうなセルビアはこうして屈辱を受けることになるだろう。」と嘆いた。 9

フランスがパレオローグの 2 回目の電報（ロシアの差し迫った部分動員とその「秘密」を告げる電文）を解読していたら、（ハト派の）ヴィヴィアーニはほぼ確実に承認しなかっただろうが対照的に、（タカ派の）ポアンカレなら小躍りして喜んでいただろう。

p197
＜セルビアの反応（origin p372）＞
　一方、ベオグラードでは最後通牒の期限が迫っていた。ベルヒトルトは同僚やドイツ人に（セルビアからの）拒否を覚悟するよう伝えていたが、ベオグラードからの回答は曖昧だった。

誰もがやや驚いたことに、25日土曜日の朝、オーストリアを含むベオグラードの外国公使館に対するパシッチの最初の反応は、セルビアがわずかな留保を残して最後通牒に従うだろうと示唆していた。

ベオグラードの英国臨時代理大使デイレル・クラッカンソープがグレイに報告したところによると、返答は「最も融和的な条件で作成され、可能な限りオーストリアの要求に応えることになるであろう」という。

セルビアが反オーストリアのプロパガンダに対する謝罪と非難の声明を官報に掲載するという主要な要求は、全面的に満たされることになるだろう。

最後通牒の10項目は「留保付きで受け入れられる」とクラッカンソープは続けた。セルビアは「ナロドナ・オドブラナを抑圧することに同意」し、「有罪が明確に証明できる将校を解任し訴追する」だろう。

アピスの右腕、タンコッチ少佐は、第７項目で、で暗殺計画の組織化に協力したとしてすでに逮捕されていた。オーストリア・ハンガリー政府当局者がセルビアにおける「破壊運動の鎮圧」に協力し、「それに関連する捜査に参加する」ことを要求する厄介な第５，６項目さえも、「（オーストリアとセルビアの）混合調査委員会の任命が・・・国際的な慣例に従っていることを証明できる限り」の条件付きで受け入れられた。10。

　フランスのベオグラード新公使ジュール・オーガスト・ボッペは、自身の報告書の中で、パシッチが「オーストリア＝ハンガリー帝国に対して扇動するかもしれない国防協会（すなわちナロドナ・オドブラナ）と他のすべての協会を解散する」こと、そして、「報道法を改正し、プロパガンダへの参加が証明されたすべての役人を軍、公共指導、その他の行政から解雇すること」に同意したと付け加えた。―パシッチはボッペに対し、オーストリア＝ハンガリー政府が有罪役人の独自リストを提供する可能性があると気をきかして語った。

第５，６項目に関してボッペは、セルビアは「説明を求め」、「国際法または善隣関係に一致するものにのみ同意する」だろうと述べた[11]。

これがパシッチが提起した唯一の反対であったのであれば、ウィーンは彼の回答の瑕疵を見出すのは困難だったことだろう。（訳注；おそらくこんな回答を本当にしていたとしたら、パシッチは間違いなく、暗殺されたことだろう。だがそれで、少なくとも世界大戦が回避されたのであれば、彼の死は世界を救ったことになる）。

p198
　しかし、25日土曜日の午後のある時点で、その朝ベオグラードの公使館に提出された草案は破棄され、まったく異なるものに置き換えられた。 オーストリアの最後通牒に対するセルビアの返答の最終文は、パシッチ自身が25日午後６時に直接ギースルに提出したもので、公開謝罪をはじめとするこれまでの約束の多くを反故にしていた。

最後通牒で要求されている「セルビアの将校や役人が上記のプロパガンダに参加したこと」に遺憾の意を表明するのではなく、セルビアは”「（オーストリア＝ハンガリー）からの連絡によって、”セルビア人の一部の確信犯的な将校や役人が参加したことについて遺憾の意」を表明した。つまり、セルビアは行為に遺憾の意を表明したのではなく、行為で告発されたことに遺憾の意を表明したのだった。（やったのが悪いんじゃない、捕まえたやつが悪い）。

同様に、セルビアの返信書は、ナロドナ・オドブラナを解散させることには同意したが、セルビア政府は「ナロドナ・オドブラナおよび他の同様の団体が何らかの犯罪行為を犯したという証拠を持っておらず、[オーストリア＝ハンガリー]の覚書にも何らの記載もない」と主張した。

他の 4 つの条項は原則として受け入れたが、実行はしないように十分な条件とカモフラージュが加えられていた。

　重要な第5項目と第6項目に関しては、パシッチの最終草案が差を分けた。第5項目は、破壊運動の鎮圧におけるオーストリア当局者の協力であり、ボッペとクラッカンソープがパリとロンドンに通知したように、これが「国際法の原則、刑事訴訟法、善隣関係に同意する」という限りにおいて受け入れられた。

しかし、第6項目はきっぱりと拒絶された。パシッチの返答には、「オーストリア・ハンガリーの代理人や当局のこの調査への参加に関しては、セルビアの憲法と刑事訴訟法の違反となるため、そのような取り決めを受け入れることはできない」と書かれていた12。

これはカモフラージュではなく、全面的な拒否であった。

p199
　パシッチの考えは変わったのだろうか？セルビアの関連文書の多くが消失しているため、セルビア首相パシッチがオーストリアの最後通牒に従わない決断をいつ、そしてなぜ行ったのかを正確に判断することは困難である。

一つの可能性としては、彼は（オーストリアには）従うつもりはまったくなかったが、ボッペやクラッカンソープなどの同盟国の公使らの手前、イギリスとフランスの支持を得るために（オーストリアに）従うふりをした（ロシアの支持を得られるのは当然だったとして）ということである。

この説明を裏付けるのは、25日午後6時にギースルに提出された最終回答は、同日朝の草案とは異なり、数日後まで他国には提出されなかった（電信で送られなかった）ということである。数日後には出来事が過ぎ去り、誰もそれにあまり注意を払っていなかったのだ。– カイザー・ヴィルヘルム 2 世だけは例外で、7 月 28 日にパシッチの返答を読んで、それは受諾に相当するものと信じていた。

　もう一つの説明は、パシッチがサンクトペテルブルクで駐ロシアセルビア公使スパライコヴィッチの報告書を読んだ後、より強硬な姿勢を取る決意をしたというもの(origin p373)で、その報告書の中でサゾノフは、第５、６項を受け入れないよう助言し、「セルビアはロシアの援助を期待するかもしれない」と述べていた（c.f. p184）。

この報告書は24日金曜日の真夜中前にベオグラードに到着し、おそらく土曜日の朝に解読されて、一晩でニシュから戻ったパシッチに渡されたと考えられる。

それは歓迎すべきニュースだったに違いない。もしパシッチが最後通牒の全部、もしくは大部分に応じていたとしたら、アピス率いるブラック・ハンドの過激な国家主義者の一派は、パシッチの政府を転覆させる絶好の口実を手に入れることになったことだろう。

24日金曜日、ベオグラードのドイツ公使ユリウス・グリージンガーは、セルビア軍は「この文書と戦争の拒否を断固として要求」し、オーストリアの要求通りにセルビアの公的謝罪がセルビア官報に掲載された場合には「軍事蜂起が懸念される」と述べた[13]。

この見方にさらなる信憑性を与えるものとして、返答文書の翻訳を担当したセルビア外務省の事務局長スラフコ・グルイッチは、文書をめぐる終わりのないトラブルを思い出した。土曜日の午後ずっと、パシッチと彼の顧問らは、提案された変更点で、気の毒にもグルイッチを厳しく責め立て、最終ドラフトは「取り消し線と追加が多すぎてほとんど理解できない」ほどだった[14]。

p200
首相は明らかに最後の瞬間まで草案に汗を流し、同盟国と中立国にできるだけ穏便に聞こえるように努めながらも、オーストリア＝ハンガリーにとって受け入れられないとわかっていた第6項については十分に強い立場を示した。それゆえに、パシッチの政治的な横っ腹は（政敵だった）アピスから保護されることとなった。

パシッチはとにかく最後通牒を拒否したかったかもしれないが、ロシアの支援が確実になるまではそうする危険を冒すことはできなかった。こうしてサゾノフからの誓約が、彼を非常に深刻なジレンマのかどから、そしておそらくはクーデターからも救ったのである。

　修正の理由が何であれ、パシッチはオーストリアが彼の返答を受け入れないことを知っていた。彼は、オーストリアがそれを知っているかどうかは、気にしなかったようだ。

25日土曜日の午後１時までにー駐セルビア・オーストリア大使ギースルがパシッチの返答を受け入れる５時間前までに、ギースルはセルビアの戦争準備がすでに始まっているとウィーンに報告した。「国立銀行の準備金は外務省のアーカイブとともにベオグラードから内陸部に移されている」と彼はベルヒトルトに告げた。首都に駐屯していたセルビア軍は国内の野戦基地に戻ってきた。ベオグラード近郊の弾薬庫も同様に避難されていた。駅では「激しい軍の往来」が観察された。

7月25日土曜日の午後3時、オーストリア＝ハンガリーに対するセルビア人の動員が命令された（ただし、それはまだ公表されていなかった）。ギースルがこのことを知ったのはその夜遅くになってからだったが、ほぼ同じ頃、内閣の情報提供者が、（セルビア）政府はオーストリアの要求を無条件で受け入れるつもりはないと彼に告げた。セルビアにとっては、戦争を意味した15。

p201
　パシッチが25日午後 5 時 55 分頃にオーストリア公使館に到着したとき、ギースルはすでに何が起こるかを知っていた。ハートウィッグが突然死した2週間前に同じ敷地内で起きたようなドラマは存在しないだろう（c.f.p117）。

パシッチはギースルにメモを手渡し、片言のドイツ語で「あなたの要求の一部を受け入れました・・・残りは、オーストリアの将軍としてのあなたの忠誠心と騎士道精神に期待します。」と伝えた。（c.f.夢遊病者たち p699 origin p373)

ギースルは同様に儀礼的な態度を欠いてその返答に目を通し、文書自体に基づいても、パシッチの簡潔な発言に基づいても、48時間以内に無条件で受諾するというベルヒトルトの条件を満たしていないと即座に判断した。

その後、彼はパシッチに自分のメモを手渡し、セルビア政府に対し、満足のいく返答が得られなかったため、その夜にオーストリア・ハンガリー公使館全員とともにベオグラードを去るつもりであると伝えた[16]。

<オーストリアの反応>
　ギースルははったりではなかった。まさにゲルマン的な効率性で、彼のスタッフは数分で外交暗号書を焼き払った。ギースルと妻、公使館職員全員は、ウィーン行きの25日6時30分の列車に間に合うよう、午後6時15分までに敷地内から避難した。ギースルは後に、途中で「駅に続く道と駅自体が軍に占拠されているのを発見した」と報告したが、セルビア軍は彼を拘束しなかった。ギースルは列車を運転し、7月25日土曜日午後6時40分にオーストリア国境を通過し、アメリカ人歴史家シドニー・フェイが「外交関係断絶の速度記録」と呼んだものを樹立した。17

　ベルヒトルトの指示に従い、ギースルは国境の町セムリンに立ち寄り、即座にニュースを電報で伝え、ブダペストにいたティサは午後7時前に、セルビアの拒否を知った。念のためギースルはティサに電話し、セルビアが25日午後3時に動員を開始していたことを個人的に伝えた。ティサは午後7時45分に電話でギースルの報告をボールプラッツに伝えた。

バート・イシュルでは、フランツ・ヨーゼフ1世は午後中ずっと不安だったが、陸軍省の副官から直接電話でこの知らせをいくぶん早く受け取った。ベルヒトルトと陸軍大臣クロバチンはすでにバート・イシュルにいた。彼らは力を合わせて、皇帝に動員の必要性を説得した。命令は午後 9 時 23 分に発令された。18

参謀長のコンラッドは文句を言うはずがなかった。彼のスケジュールはほぼ完璧に守られていたのだから。

p201
　しかし、綿密に設計されたオーストリアの戦争計画がまとまりつつあるように見えたとき、ためらいの声が忍び寄ってきた。イギリス国内の世論をなだめる目的もあり、ここ数日、ベルヒトルトはセルビアによる拒否は必ずしも戦争を意味するものではないと公に主張し始めた。

彼が木曜日にギースルに指示したように、「不毛な（最後通牒の）期限切れの後には外交関係が断絶されるのみであり、直ちに戦争状態が始まるわけではない。戦争状態は宣戦布告またはセルビアからの攻撃によってのみ始まる。」19

24日金曜日、ベルヒトルトはロシア臨時代理大使のN・A・クダシェフ公爵とも同様の方針で会談し、拒否の当面の唯一の結果は「我が国の公使と公使館職員が去ることになることだ」と主張した。

ロシアは納得していなかった。「それなら戦争ではないか」（Alors c’est la guerre）とクダシェフはボールプラッツを出る前にベルヒトルトに語った。それにも関わらず、ベルヒトルトは動員が布告されてから数時間後の7月26日日曜日の朝遅くまでギースルに対し、「それでも戦争を意味するものではない」と主張した[20]。

　それはどういうことだったのか？法的に言えば、ベルヒトルトの指摘は正しかった。戦争状態は、どちらかの側が宣戦布告するか、敵対行為を開始した場合にのみ存在する。コンラッドでさえ、急いでいたにも関わらず、セルビア自身の動員が25日土曜日午後3時に始まっていた（夢遊病者たちp698）にもかかわらず、オーストリア・ハンガリー帝国の対セルビアに対する実際の動員は7月28日火曜日まで開始されないように、土曜の夜に軍への指示を組み立てた。

誰もセルビアが攻撃をするとは予想していなかったし、28日火曜日にオーストリアの動員が始まる前にパシッチの考えが変わる（オーストリアを攻撃しようとする）ことも考えられなかった。ギースルがウィーンに到着するやすぐにベルヒトルトに伝えたように、もしもセルビア自身がロシアの支援を受けていることを熟知していれば、こうした可能性は低かった。

ロシアの動員計画19とは異なり、コンラッド自身の計画には現実的な「部分的」オプション、つまりロシアの「R」に対してプラン「B」またはバルカン半島が含まれていた（夢遊病者たちp637）。実際、フロンティアは（対ロシアと対オーストリアとで）反対方向に位置していたため、両プランはほとんど相互排他的であった。 28日火曜日に開始されたのは、セルビアに対する動員プランBだった――もちろん、それまでにロシアが動員しなければの話だったが。なぜなら、そうであればプランBのみの発動は危険となっただろうから。

ベルヒトルトは腹を立て、ためらいながらも、ギースルに厳格な指示を出して好戦的な態度をとっただけでなく、セルビアの拒否を受けて皇帝に動員を促すよう説得したのだった。もしオーストリア＝ハンガリー帝国が今（動員を）撤回すれば、ベルヒトルトはオーストリアの屈辱の著者となったことだろう。

p203
クラスノエ・セローでは、（7月26日の）午後のドラマチックな雰囲気が、夜の宴会では静かな不安な雰囲気に取って代わられていた。ある種のロシアの動員が始まったという噂が広まっていたが、なぜ審査が早期に打ち切られたのかについては公式の説明はなかった。それは特に、ニコライ二世の宮廷に派遣されていたドイツの軍事全権代表チェリウス将軍に「動員に参加しなければならない」と告げたアドラーベルク将軍のような口の軽い将校たちのせいであった。（夢遊病者たち p778)。

アドラーベルクがいなくなったため、（7月26日の）夕食の際、チェリウスは代わりに友人の宮廷馬術士官グリュンヴァルト男爵の隣に座った。彼もまた、貴族のツァーリ陸軍連隊の上層部で非常に著名なドイツ国民の一人であり、生来的にドイツ愛を好む傾向があった。グリュンヴァルトは、午後の出来事（ロシアの動員の噂）に明らかに動揺していたが、内密にチェリウスに次のように語った。「状況は非常に深刻だ。今日初めに何が決定されたのかをあなたに話すことは許されていませんが、あなたはすぐにそれを自発的に知ることになるでしょう。」いずれにせよ、グリュンヴァルトは続けた、チェリウスは「見通しは厳しいということを・・・仮定するべきだ。」それから二人の友人は別れを告げるかのように乾杯した。「我々は、幸せな時にまた会えることを願っています」（McMeekin　The RUSSION ORIGINS of the First World War p63）」 21。

p204
ロシアの首都の路上では、ロシアの秘密裏の事前動員の最初の外面的な兆候がすでに目に見えていた。 26日午後7時、フランス大使はワルシャワ駅に行き、戦争が差し迫っていると思われた今、「大急ぎで」パリの任地に戻るイズヴォルスキーを見送った。「プラットホームは大変な賑わいでした」とパレオローグは観察した。「電車は警官と兵士で満員だった。これは動員のように見えました。私たちはすぐに感想を交換し、「今度は戦争だ」という同じ結論に達しました。（McMeekin　The RUSSION ORIGINS of the First World War p62）」22

＜グレイ、カンボンの提案＞
　その日のドラマの興味深い終章で、エドワード・グレイ卿は、数週間ぶりにヨーロッパの外交舞台に姿を現した。ウィーン、ベオグラード、サンクトペテルブルクからの矢継ぎ早の憂慮すべき報告にもかかわらず、グレイは英国閣僚の他の全員と同様に、オーストリア大使のアルバート・メンドルフ伯爵が最後通牒を突きつけるまで、グレイはアイルランド問題で頭がいっぱいだった（その後も閣僚がアイルランド危機について議論するために24日金曜午後に長時間にわたる会議を招集したため、グレイは気が散っていた）。

この「期限付きの文書」を読んだグレイは、大使らに対し、これは「ある国が独立した別の国に宛てたもので、私がこれまで見た中で最も恐るべき文書」だと思うと述べた（Fromkin, David. Europe's Last Summer p188）。 グレイを心配させたのは、他の大国、特にオーストリアに関してロシアがとった態度であった[23]。

　そのために、グレイは駐英フランス大使のポール・カンボン（訳注；駐独フランス大使ジュール・カンボンは彼の弟）を呼んでこの危機について話し合い、ドイツ大使のリヒノフスキーの隣で話すことをカンボンに伝えた。

オーストリアとセルビアの紛争は絶望的であり、とにかくイギリスには関係ないと考えていたグレイの当初の提案は、オーストリアの最後通牒に対してロシアが敵意をもって反応した場合に、バルカン半島紛争の激化を防ぐために、サンクトペテルブルクで調停するために、「外部勢力」、つまりイギリス、フランス、ドイツ、イタリアがあてにされていた。

つまり、グレイは（英国による）オーストリアとロシアの間の調停を提案した（Fromkin, David. Europe's Last Summer p183）わけだが、カンボンはその考えが全く気に入らなかった。ロシアとの調停は主にフランスの責任であり、接近中の同盟国が裏切りと思われずに引き受けられる任務とは到底思えなかったからだ。

その代わりにカンボンは（グレイに対して）、ドイツがウィーンで、オーストリアとセルビアの間の仲介を助けることを提案した。 これはグレイ自身の趣旨とは異なっていたが、グレイはカンボンの考えについてリヒノフスキーに伝えることを約束した。24（Origin　p339、393）

p205
　ドイツ大使リヒノフスキーは、彼自身の考えというよりはベートマンとヤーゴの考えを持っており、それをグレイに、24日金曜日の午後に提示した。

ドイツ側の提案は局地化、つまり誰もがオーストリアとセルビアの紛争に単純に関与しないというものだった（訳注；モルトケのみはそうではなかった）。ある意味では、局地化はグレイ自身が提案したものとそれほど遠くはなかったが、精神はかなり異なっていた（訳注；グレイは局地化が望ましいとは考えていたが、可能だとは考えていなかった）。

グレイは、バルカン半島の難しい局面はイギリスの問題ではないと考えており、それが「地域限定」のままであることを望んでいたが、最後通牒の鋭い口調を考慮すると、局地化が可能であるとは考えなかった。

代わりに、彼はオーストリアとロシアの間のトラブルを予想して、他の4大国(英・独・仏・伊）に両国の間の仲介をしてもらいたいと考えた。これはドイツ自身の理想的なシナリオとはかけ離れてはいたが、文字通りの局地化の否定だったオーストリアとセルビアの間の仲介というカンボンのアイデア※よりははるかにドイツ自身の理想には近かった。したがって、リヒノフスキーは,カンボンの提案よりもグレイの提案に対して積極的に反応した[25]。（c.f. McMeekin　The RUSSION ORIGINS of the First World War p71)
※ポール・カンボンのテーゼは、オーストリア・セルビア紛争とオーストリア・ロシア紛争は切り離せないものである、というものであったが、グレイは、それらを別個のものとみなしていた。（origin393）

　25日土曜日、グレイは自身の「四大国調停」案をロシア大使のベンケンドルフ伯爵に提案するとともに、ベルリンとサンクトペテルブルクの大使にもコピーを送った。（カンボンはビアンヴニュ＝マルタンに報告するため一晩パリに戻っていたので、理論的にはグレイの提案を個人として提出すべきだった。）

その反応は明らかだった。ドイツのヤーゴ国務長官はベルリンで、「ウィーンとサンクトペテルブルクでの穏健化を支持する4カ国に関する[グレイの]提案に従う用意ができている」と宣言した26。

対照的に、ロシア大使は、サンクトペテルブルクでの４カ国の調停は「ロシアがフランスとイギリスから決別した印象をドイツに与えることになる」という理由で、グレイの提案を真っ向から拒否した。（Fromkin, David. Europe's Last Summer p197）

一方、カンボンはグレイの提案についてはパリの誰にも知らせなかったが、その提案は彼にとって、非常に不快で検討の余地がなかった。グレイが驚いたことに、25日土曜には、Quai d’Orsay（フランス政庁）からもフランス号（大統領と首相が乗船中）からもロンドンには何の返答もなかった[27]。

p206
　それでも、グレイにとっては、過度に警戒する必要はないようだった。オーストリアとロシアが相いに動員を控える限り、戦争はまだ回避できたであろう。一方、動員したとしても、ドイツはウィーンとサンクトペテルブルクの間の仲介を手伝うと申し出ていた。（Origin　p339））この心強い論理に勇気づけられたグレイは、25日土曜の夕方ロンドンを出てイッチェン・アッバスの田舎の邸宅に向かい、そこでフライフィッシングをして頭をすっきりさせたいと考えていた。

第一海軍本部卿チャーチルもロンドンを離れ、ビーチへ向かい、そこで子供たちと遊ぶ息抜きの日曜日の朝を楽しみにしていた。しかし、ベオグラードとサンクトペテルブルクでのその日の出来事のニュースがロンドンに届くと、グレイもチャーチルも長くは休むことができなかった。(Fromkin, David. Europe's Last Summer p206)

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