・最後通牒
１帝国政府の君主制に対する憎悪・軽蔑を扇動するすべての出版を禁止すること。

２ナーロドナ・オドブラナ（セルビア国家主義者組織）と称する組織を解散させ宣伝その他の手段を没収し、帝国政府に対するプロパガンダを行う他の組織も同様にすること。

３帝国政府に対するプロパガンダを助長しているもしくは助長する恐れのある全てを（教師も教材も含めて）セルビアの公教育から遅滞なく削除すること。

４帝国政府に対するプロパガンダを行った罪で、帝国政府が一覧にした全ての軍関係者と政府職員を解雇すること。

５領土保全に反する破壊分子の運動の抑圧のために、帝国政府の一機関との協力を受け入れること。

６セルビア領で見つけられる可能性のある、サラエヴォ事件の共犯者を法廷尋問するとともに、帝国政府の一機関をこの手続きに参加させること。

７帝国政府が行った予備捜査によって浮かび上がった2人の指名手配犯を直ちに逮捕すること。

８武器と爆発物の違法売買の流通を効果的な方法によって防ぐこと。

９国内国外を問わず、帝国政府に敵意を示したセルビア政府高官の陳述書を届けること。

１０全てについて実行する手段を、遅滞なく帝国政府に知らせること。

14 サゾノフ、打って出る
FRIDAY, 24 JULY
p175
＜漏れていた最後通牒＞
オーストリア最後通牒のニュースは、ギースルが23日木曜日の夕方にベオグラードで発表した直後にペテルブルグに届いた。ベルヒトルトは可能な限り配達を遅らせていたが、この種の爆弾はいったん爆発すると抑えるのが困難だった。

サゾノフは、ポアンカレを見送るという外交上の儀礼に夢中になっていて、フランス艦内ではそのニュースに気を配ることもできなかったが、彼は、木曜日の夜に就寝する前に、セルビアへの最後通牒の送付に関するイタリア駐在武官の報告と、駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリの緊急謁見の要求について知らされていた。

24日午前7時、サゾノフの首席補佐官シリングは、ベオグラードのロシア総領事館から電報で最後通牒に関するさらなる確認を受けた。サゾノフが7月24日金曜日の午前10時頃に外務省に到着するまでに、準備は整っていた。

p176
　「C’est la guerre Européenne!」サゾノフはシリングに会うなりすぐに叫んだ。彼の発言は当然のことながら（後に）有名になった（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p54、Fromkin, David. Europe's Last Summer p190 origin p290.）が、通常、衝撃的なニュース（つまり、オーストリアからの最後通牒の受領）に対するこの手の反応としては、自然発生的に叫んだものと誤解さがちである。

だがそうではなかった。サゾノフは（24日よりも）何日も前から何らかの最後通牒が届くことを知っており（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p46）、ベオグラードに実際に最後通牒が届けられたことを知ったのは、これを発言する10時間近く前だったのだ。

彼がセルビアの最後通牒の実際の文面を、それが届けられる前に見ていなかったのは事実だが、（叫んだ時でさえ文面をまだ）見ていなかった。（最後通牒の実際の文面見る前に、わざとらしく叫んだ）。彼は、駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリが彼に最後通牒をプレゼンテーションするために到着した後ではなく、その前に「ヨーロッパ戦争」についてウィットで対応したのだ。

したがって、もしその発言が偽りでないとすれば、それが自然発生的であるはずはなく、「C’est la guerre Européenne!」は所信表明に近いものであった。.2

　こうした解釈は、24日の朝、ロシア外相との短くも困難な会談についての駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリの報告によって裏付けられる。サゾノフの態度には驚きやショックを示唆するものは何もなかった。大使が解説付きでセルビアに対する最後通牒の文面を見せた間、サゾノフは「極めて冷静」なままだった。

ロシア人サゾノフは最後通牒の2つの条項（第２，６条項）に断固として明確に反対した。同氏は、セルビアはナロドナ・オドブラナの解散には決して同意しないし、セルビア領内でのサラエボ犯罪捜査へのオーストリア捜査員の参加も許さないと述べた。

オーストリア・ハンガリー帝国が二重君主制に対するテロの扇動を抑制するよう要求し、「すべての文明国家と一体として立っている」との駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリの主張に対し、サゾノフは「そんなのは間違いだ」（dies sei ein Irrtum）と答えた。

「あなたはヨーロッパを炎上させている」とロシア人サゾノフは主張し、ザパリを驚かせるほどの確信をもって、ロシア外相サゾノフは彼に、「（最後通牒が）パリやロンドン、そしておそらく他の場所に与える印象を考慮することを」警告した。ロシア・ハプスブルク大使ザパリがなかばやけくそに、善隣友好の精神で君主制の原理という古いテーマを持ち出したとき、サゾノフはあっさりとそれを叩きのめし、「君主制の考えはこの最後通牒とは何の関係もない」と述べた[3]。

この言葉で彼はその場を締めくくり、駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリは、今ロシアがどのような立場に立っているのかがはっきりした。

p177
　駐ロシア・オーストリア＝ハンガリー大使ザパリに対するサゾノフの冷静で計算高い口調は、23日木曜夜にベオグラードからのニュースを知った後、同氏がすでに政策方針を決めていたことを示唆している。

先立つ土曜日にベルヒトルトの計画を知った後、駐ロシア・オーストリア＝ハンガリー大使ザパリが英国大使に語ったように、もしオーストリアがセルビアに最後通牒を突きつければ、ロシアは「何らかの予防的軍事措置をとらざるを得なくなるかもしれない」。

＜”部分的”動員へ＞
その言葉通り、ザパリが24日金曜午前10時半に執務室を出るとすぐに、サゾノフは午後3時に閣僚会議を招集し、出席義務の緊急通知を陸軍参謀長のN・N・ヤヌシュケビッチ、そして海軍大臣I.K.グリゴレヴィッチ。に送った。サゾノフはまた、ヤヌシケビッチに対し、「軍を戦闘態勢に置くためのあらゆる手配」をし、「部分動員」計画を作成し、午後3時までに検討できるようにするよう命じた。4

その後、サゾノフ氏は外交官邸と近東課の外務省職員全員を休暇から呼び戻し、直ちに報告するよう命じた。

　ロシアのピーター・バーク財務大臣はサゾノフの召喚に真っ先に応じ、午前11時にコリスター橋（ロシア政庁）に到着した。たまたま外務大臣が席をはずしていたため、バークは代わりにシリングと話した。「戦争の可能性はどうか？」と彼は尋ねた。シリングはためらうことなく、「サゾノフは戦争は避けられないと考えている」と答えた。

これを考慮して、バークは以下の情報を得ることができるかどうか尋ねた。「事態が迅速に進むか・・・どうか。その場合、ベルリンに預けられているロシア財務省の資金を確実に移管するための措置を直ちに講じる必要がある。」

やはりためらうことなく、シリングはバークにそれを行うように言った。ほぼゲルマン的なスピードで動き（財務大臣バークはロシア人であったが、German House of Mendelssohnで長く働いていた）、バークは閣僚評議会が召集される前にベルリンに電報を送り、ベルリンの代理人にドイツの銀行に保管されている残高（総額1億ルーブル相当、今日の換算で200億ドル以上）をパリとサンクトペテルブルクに移送するよう命じた。5

p178
　バークがドイツからロシア資金を本国に送還している間、サゾノフは軍首脳らと動員計画について話し合っていた。第一次バルカン戦争が激化していた1912年11月下旬、陸軍大臣スホムリノフはオーストリア・ハンガリーだけに対する「部分動員計画」を作成しており、彼の考えは、同盟の義務に従ってオーストリアのために動員するであろうドイツを警戒させることなく、ウィーン（だけ）を脅すことだった。

重要な必然的帰結は、東プロイセンのドイツ第8軍の指揮官を警戒させないために、ワルシャワ地区、つまりロシア領ポーランドは動員されないということであった。

閣僚評議会議長ココフツォフ首相は、「計画された措置をどのような呼び方にしようと、動員は動員であり、敵対者が実際の戦争で対抗するためのものである」として1912年11月にスホムリノフの「部分動員」計画に拒否権を発動していた（c.f. McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World Warp25）が、後の1914年1月のリマン・フォン・サンダース危機の際にも、戦争党派の活動を阻止していた（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p32）。 6

銃を嫌がるココフツォフが 1914 年 2 月に評議会から外されていたため、サゾノフは今やスホムリノフの計画を試す準備ができていた。 7月24日金曜日の午前11時過ぎ、彼はヤヌシケビッチに状況を報告し、部分的な動員指令を作成するよう求めた。ヤヌシケビッチ参謀長も同意した。

p179
　その後、ヤヌシケビッチはロシア軍動員部門の責任者であるセルゲイ・ドブロロルスキー将軍を呼び出し、彼は正午直前に司令部に到着した。ヤヌシケビッチはサゾノフから外交情勢について十分な説明を受けていたことを示し、ロシアはセルビアに対するウィーンの「全く受け入れがたい最後通牒」について「無関心でいることはできない」と間もなく公に発表するとドブロロルスキーに伝えた。

非公式ではあるが、さらに攻撃的な通告がロシア陸軍省の機関紙「Russkii Invalid」にも掲載され、ロシアは「もし我々の血を分けた兄弟であるセルビア国民の尊厳と誠実さが危険にさらされるなら、放っとけない」と宣言した。

「わが軍の動員を布告する準備は万端ですか？」ヤヌシケヴィッチは動員責任者に尋ねた。ドブロロルスキーはそうだと答えた。「それなら」と参謀長は続けた、「一時間以内に、必要な場合にオーストリア・ハンガリーのみに対する部分動員を宣言するための、戦争への我が国の軍隊の準備に関するすべての文書を持ってきてください。この動員によって、ドイツに敵対の根拠を見つける機会を与えてはなりません。」

＜技術的に不可能だった”部分的”動員＞
これを聞いてドブロロルスキーは動揺した（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p55）。ドイツではなくオーストリア＝ハンガリーに対してのみ動員するのは「愚かだ」と彼は上司に語った。

軍の現在のプラン19では、ドイツとオーストリアに対して同時に動員する必要があり、両者を隔てるバリアントは存在しなかった。さらに、ドブロロルスキーは、ワルシャワ鉄道のハブを広範囲に使用せずに、オーストリアに対して効果的に動員することは「物理的に不可能」だと説明した。ポーランドを排除する動員であったとしたら、オーストリアを攻撃するためには、ガリツィアのほんの一部を経由するか、ルーマニアを経由するしかないが、そんなことは明らかに問題外だった。

ワルシャワをハブとしてオーストリアに対して展開することは避けられなかったが、そうすれば東プロイセンのドイツ軍指揮官を警戒させることは避けられず、「部分的」動員の意味を失うことになってしまう7。

1912年にココフツォフが言ったように、「動員は動員なのである」（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p56）。スコムリノフやサゾノフがそれを何と呼びたかったとしても。最近参謀長に任命されたヤヌシケビッチは、この事実を理解していなかったようだ。それでも、ドブロロルスキーは部下の士官として、可能な限り言われたことを行うことに同意した。

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　サゾノフは民間人だったため、「部分的」動員の戦略的意味についてはヤヌシケビッチと同様に無知だった可能性はある。しかし、そうではないことを示唆する証拠がある。

外務大臣サゾノフは、スホムリノフが部分動員計画を提示した1912年11月の緊急閣僚評議会に出席していた（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p25）。サゾノフは陸軍大臣がそれについて説明するのを聞いたが、その後ココフツォフが、「動員は動員のままだ」としてドイツ軍に見透かされるから、これではヨーロッパ戦争につながることはやむを得ないという理由でそれを却下するのを聞いていた。

サゾノフは躊躇するという評判通り、ココフツォフ議長に賛成票を投じた。サゾノフは、ロシアは部分的な動員であっても、フランスと事前に協議することなしでは、決してそれを発令すべきではない、と警笛を鳴らしさえしていたのだ。

1914年時点の政策のジレンマを驚くほど正確に予見したこの重要なやりとりがおこなわれてから、まだ2年も経過していなかったのだ。彼の記憶が完全に失われていなければ、サゾノフは、軍にオーストリアに対する部分動員の命令を求めたとき、今そのことを思い出していたことは間違いない。

今回は1912年11月とは異なり、サゾノフは前日やその前の3日間、個人的にフランスと協議をしていたのだった（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p56）。したがって、ロシアの「部分動員」が戦争につながるケースにおいて、フランスが何らかの助言をするであろうことを確信していたが、ピーター・バーク財務大臣に対するサゾノフの首席補佐官シリングの発言から判断すると、サゾノフは（フランスからの何らかの助言は）不可避である、と見ていた。

＜ロシアの動員へのフランスの賛成＞
　さらにフランスを確認するために、外務大臣サゾノフはフランス大使館を訪れ、パレオローグ、およびフランスとロシアが何をしようとしているのかを知りたがっていたブキャナン駐露英国大使と昼食をとった。

ブキャナンの報告によると、サゾノフは「オーストリアがとった措置は戦争を意味する」と明白に宣言し、フランスとロシアが首脳会談でバルカン問題について完全に合意に達したことをブキャナン駐露英国大使に伝えた。

パレオローグはこれを心から肯定し、「フランスはロシアに強力な外交的支援を与えるだけでなく、必要であれば同盟によってロシアに課されたすべての義務を果たすだろう」と約束した。要は、ドイツに対する動員のことである。

＜ロシアの動員への英国の反対＞
サゾノフはブキャナン駐露英国大使に尋ねた。貴国陛下は、「フランスとロシアとの連帯を宣言」するだろうか？　ロシア人にとって残念なことに、ブキャナンは、そうだ、とは言えなかった。ブキャナン駐露英国大使は、イギリスはセルビアに何の利益も持たず、イギリスの世論はセルビアのための戦争を決して承認しないだろう、と宣言した。

これに対してサゾノフは、「セルビア問題は一般的なヨーロッパ問題の一部にすぎないが、我々（イギリス人も含めて）は、この問題を対岸の火事のように扱うことはできない」と反論した。

サゾノフが、そうした反論が何を意味するのかについての説明を求めると、ブキャナンはサゾノフに真っ向から質問した。「もし（オーストリア＝ハンガリーが）セルビアに対して軍事行動をとった場合、ロシアはセルビアに宣戦布告をしようとしたか？」

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　そこではサゾノフは回答を避けた。その日の午後に閣僚評議会が開かれるまでは何も決定されない、と彼はブキャナンに断言した。事実、翌朝ツァールスコエ・セローで大臣たちがニコライ2世に勧告を提出するまで、いかなる政策も正式に制定されることはなかった。

しかし、サゾノフの立場に疑いの余地はなかった。ブキャナンがグレイに報告したように、外務大臣サゾノフ自身は、「いずれにせよロシアが動員しなければならなくなるだろう、と考えていた」。これはロンドンでは誰も聞きたかったことではなかった（英国は不介入方針だったので、ロシアの動員は望ましいとは考えなかった）。

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　人類を破滅させる凶器の動きを遅らせようとして、ブキャナンは、ロシアが戦争的措置（≒動員）に出る前に、最後通牒の期限を延長するようウィーンに圧力をかけるよう、フランスとロシアが協力するよう求めた。ブキャナンは、「フランス大使パレオローグの言葉遣い」が非常に好戦的だったため、「フランスとロシアは、たとえ我々が同盟に加わることを拒否したとしても、強い態度（＝参戦）を取る決意をしているかのように見えた」と伝えた。サゾノフの口調はパレオローグよりは幾分穏やかであるとブキャナンは感じたが、それでも同様に心配だった。

ロシア外相サゾノフは、ブキャナンに警告した。「もし戦争が勃発すれば、我々（つまり英国）は遅かれ早かれ戦争に巻き込まれるだろうが、最初に（英国が）フランスやロシアとともに共通の大義を立てていなかったのであれば、英国は（英国は避けたであろう）戦争（勃発）の可能性をもっと高めるべきでしたし、きれいな役回りを果たすべきではないのです。」

これらの力強い言葉を発してサゾノフはコリスター橋（ロシア政庁）に戻り、英国大使はロシアの目的の真剣さについてほとんど疑問を持たなかった。.8　

<７月２４日（金）ロシア閣僚評議会>
24日午後３時、閣僚評議会は２時間近く続く特別会期を招集した。ココフツォフが登場せず、新議長のI・V・ゴレミキンが主に看板人物となったため、それはサゾノフの独壇場となった。クリヴォシャイン農相やその他の好戦的な「ドイツ嫌い」が、外務大臣サゾノフがオーストリアに対して毅然とした態度で臨むことに疑念を抱いたとしても、サゾノフは直ちにその疑問を払拭した。

サゾノフは、現在の危機は長い時間をかけて起きたと皆に語った。「中欧諸国と協商諸国との間には、紛争の根深い原因があった。近年のロシアの弱体化がドイツの攻撃的な行動を誘発した」とサゾノフは述べた。オーストリアのセルビアに対する最後通牒は、「自国（すなわちドイツ）が武力行使によって自国の優位性を証明できる口実」にすぎなかった、とロシアのサゾノフは結論づけた。

スラブ民族が意図的に踏みにじられている間、受動的な傍観者でいることはできなかった。 1876年と1877年、ロシアはバルカン半島のスラブ民族の解放のためにトルコと戦った。私たちはその目的を見据えて多大な犠牲を払ってきました・・・ロシアがその歴史的使命を果たせなかった場合、ロシアは退廃国家とみなされ、今後は列強の中で第二位にならざるを得なくなるだろう・・・この重大な局面でセルビア人が運命に見捨てられれば、バルカン半島におけるロシアの威信は完全に崩壊するだろう。

クリヴォシェインは（サゾノフの演説に）感銘を受けた。（クリヴォシェインは）サゾノフの路線を支持し、「世論や議会は、ロシアの重大な利益に関わるこの重大な瞬間に、帝国政府がなぜ大胆な行動に消極的であるのか、理解のしようもない」と宣言した。今回ロシアが強い態度をとらなかったら、政府は、よしんばツァーリ体制全体ではないにしても、ロシアの弱さに対する国民の軽蔑の前に崩壊するだろう（訳注；実際にはむしろ、ツァーリ体制の”弱さ”よりも”強さ”のために、ロシア革命が起き、ボリシェビキが”弱さ”の象徴であるブレスト＝リトフスク条約を結んだのは、歴史の皮肉であった）。

p183
　バーク財務大臣が回想したように、クリヴォシェインの主張は「内閣に深い印象を与えた」。閣僚は、セルビアの運命が「ロシアを無関心にしておくわけにはいかない」という、ウィーンに対する厳しい公の警告を発することを決意した。’9

＜サゾノフの政策決議＞（c.f.McMeekin The RUSSION ORIGINS of the First World War p57）
　しかし、実際の仕事はサゾノフによって事前に調整されていた。大臣らには5つの政策決議が提示された。最初の 2 つは、巧妙に仕組まれていたが、ほぼ問題ないものだった。

①ロシアが他国と協力してオーストリアに最後通告期限の延長を要請することを約束したこと。サゾノフとパレオローグがブキャナンに対し、それは不可能だと告げたばかりではあったが。

② ロシアはセルビアに対し、オーストリアのいかなる侵略にも抵抗せず、むしろ列国に運命を委ねると発表するよう勧告したこと。ロシアがパシッチの明示的な要請に応じてベオグラードに武器を輸送したばかりであることを考えると、これは奇妙なアドバイスだったが、外交的には十分理にかなったものだった。英国と他の中立国が、ロシアとセルビアは穏健に行動していると信じている限り、オーストリア＝ハンガリーとドイツは平和を乱す勢力とみなされるだろう。

最後の 3 つの決議はすべて秘密であったが、より深刻だった。

③陸海軍のヤヌシケビッチとグリゴレビッチの両長官が、翌日ツァールスコエ・セローで開かれる正式な王室評議会で、キエフ、オデッサ、モスクワ、カザンの4つの軍管区の動員を「原則的に」承認するようツァーリに要請すること。それぞれは「オーストリア単独に対する」部分的な動員となる。黒海艦隊とバルト海艦隊も同様だった（不思議なことに、オーストリア＝ハンガリーはどちらの水域にも接していなかった）。

④軍が戦争に必要な物資の備蓄を開始することを許可。

⑤国家資金がドイツとオーストリア・ハンガリーから本国に送金されることが規定された（ピーター・バーク財務大臣に対しすでに命じられていた。c.f. p177）。.10

p184
　これらの決議案は形式的には閣僚評議会で採決にかけられ、その後王政評議会でツァーリによる拒否権の対象となる可能性があったが、承認される自信がなければサゾノフは決議案を作成しなかったであろう。

実際、ヤヌシケビッチは、外務大臣の直接の命令に基づいて、閣僚が会合する前にすでに「部分動員」指令の準備を始めていた。ピーター・バーク財務大臣も、サゾノフの言いなりで、すでにドイツから資金を本国に送金し始めていた。誰も驚くことではないが、サゾノフの決議案は全会一致で可決され、皇帝による承認は当然の結論となった。

　秘密裏に「部分動員」を行うよう閣僚らを説得したサゾノフは、24日午後６時頃に執務室に戻った。駐ロシアセルビア公使スパライコビッチは、評議会で何が決議されたかを知るために最初の列で彼を待っていた。パシッチ（ニシュでまだ遠征中）からのスパライコヴィッチへの指示は、セルビア軍がオーストリア・ハンガリー帝国による侵攻に抵抗できる状態にないことをサゾノフに知らせ、この情報を踏まえてロシアがベオグラードに何を勧告するかを尋ねることだった。

セルビアのアレクサンダル皇太子兼摂政はツァーリへの電報の中で、さらに従順な態度を取り、「その受け入れについては陛下が助言するものとする」最後通牒のすべての条項にセルビアが同意すると約束した。軍、ベオグラードでの立場は明白だった：セルビアはロシアの助言なら何でもすることだったろう11。

＜セルビアへのサゾノフのアドバイス＞
　サゾノフのアドバイスは的確だった。スパライコビッチにとってやや驚いたことに、ロシアの外務大臣サゾノフは駐ロシアセルビア公使スパライコビッチに最後通牒に従わないよう告げたのだった。

サゾノフは、誠意の表れとして、セルビアがより当たり障りのない条項の受け入れは宣言するようアドバイスした。

しかし、セルビアは、「破壊運動の弾圧」およびサラエボ犯罪への加担者の訴追へのオーストリア当局者の参加に関連する第5条と第6条は受け入れてはならない（とも言った）。

これらの条項はセルビアの主権を侵害している、とサゾノフはスパライコビッチに語った。閣僚理事会の決議通り、公にはロシア外相サゾノフはセルビアに対し「宣言をし、抵抗することなくオーストリア人がセルビアに入国することを許可する」よう勧告したが、内密にはサゾノフはスパライコビッチに対し「セルビアはロシアの援助を頼りにできる」と断言した。

サゾノフがセルビアへのこの「援助」の形についてどの程度明確にセルビア大臣と会話したかは分からないが、つまり彼が差し迫った部分的動員についてスパライコビッチに伝えたかどうかは分からないが、ベオグラードに対するサゾノフのメッセージは依然として明白だった。

セルビアは節度を示すべきだが、譲歩すべきではない。 戦争になった場合、ロシアはセルビアに代わって戦うことになっただろう。12（訳注；その真の目的はむろん、セルビアのためではなく、ダーダネルス海峡・ボスボラス海峡の通行権を確保することだった）。

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　午後7時、スパライコビッチはサゾノフのオフィスを出て、ベオグラードに報告するために急いで電信局に向かった。スパライコビッチは出て行く途中、駐露ドイツ大使プルタレス伯爵に出会った。プルタレス伯爵は朝から、オーストリアの最後通牒に対するロシアの対応について話し合うよう、正式会見を求めていた。（だが）サゾノフが閣僚評議会の招集に忙しいという理由で、それは延期された。

＜局地化を望んでいたドイツ＞
さてさて、プルタレスは、外務大臣サゾノフが最初にスパライコヴィッチと会談していたことを知って、仰天した。サゾノフがフランス大使と英国大使らと昼食をとったことを知っていたら、彼はさらに動揺しただろう。

最後通牒に対するロシアの反応について示唆を求めて、プルタレスはスパライコビッチに対し、ドイツはオーストリアとセルビアの紛争を「局地化」することを望んでいると語った。

もちろん「局地化」というのは、意味深な言葉だった。ヤーゴ外務大臣とベートマン首相によって確立されたドイツの方針は、オーストリアは他国の介入なしにベオグラードとの清算をフリーハンドで行うべきだというものだった。駐ロシアセルビア公使スパライコヴィッチにはそのような意思はなかったことだろうが。オーストリアの最後通牒はすでに「ヨーロッパ全体の問題」になっている、と彼はプルタレスに警告した。’13

p186
＜サゾノフの反応＞
　駐露ドイツ大使プルタレス伯爵は、ロシア外相サゾノフとはほとんど縁がなかった。疲れ果てた一日だったはずにもかかわらず、サゾノフは鋭かった。

駐露ドイツ大使プルタレスが提示した「局地化」のcaseを拒否し、サゾノフは、オーストリアの最後通牒が、1909年3月31日の宣言でセルビアがオーストリアによるボスニア・ヘルツェゴビナ併合を承認したという約束を援用することから始まっており、この厳粛な約束が破られたという考えであると指摘した。

しかし、このセルビアの宣言は単にオーストリア・ハンガリー帝国に対してではなく、「列強国の助言を尊重して」なされたものであった。さらに、ちょうどその朝、オーストリアの大使たちは、セルビアの1909年の宣言を引き受けた1878年のベルリン条約の全署名国に最後通牒を突きつけていた（ボスニア・ヘルツェゴビナの併合により同条約が改定されたため）。

サゾノフは朝の謁見中に駐ロシア・ハプスブルク大使にこのことを指摘しなかったが、その理由の一つは、最後通牒の文面を最後まで読む時間が十分になかったことだった。やっとそれができたので、彼は、局地化に関してのオーストリアのcaseのあら捜しをすることができた。駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリは、プルタレスが会話を報告するとすぐにそれを認識した。サゾノフ、ザパリは、その夜遅くに送られた緊急電報でベルヒトルトに対して、「残念ながら、私たち自身のメモの中に彼の反対の理由が見つかった」と伝えた[14]。

　サゾノフは続けた。ウィーンがセルビアをサラエボの犯罪に結びつけたという証拠の類いに、彼は納得していないとプルタレスに語った。サゾノフはドイツ人の君主制原理の発動を「今回の件とはまったく関係がない」と一蹴した。激怒したサゾノフは「オーストリア＝ハンガリー政府に対するむやみな告発と非難に耽り」始めた。

ついにプルタレスはサゾノフの話をさえぎり、サゾノフが「オーストリアに対する盲目的で執拗な憎しみに支配されて話していた」ことに反論した。サゾノフは腹を立てることなく、「憎しみは私の性格にはない。私がオーストリアに対して感じているのは憎しみではなく、軽蔑です。」と答えた。

p187
　やがてサゾノフは本題に入った。彼は今や確信してプルタレスに語った。「オーストリア・ハンガリー帝国はセルビアを「飲み込む」口実を探していたのだ」※。しかしその場合には、「ロシアはオーストリアに対して戦争を起こすだろう」。
※原注；サゾノフが使用したフランス語は「avaler」（「吸収する、または飲み込む」）であった。プルタレスはこれをドイツ語で verschlingen と訳した。ザパリはウィーンに報告し、これをフランス語に再翻訳して dévorer (「むさぼり食う」) とした。

　プルタレスはショックを受けた。サゾノフは21日月曜日の謁見の際に厳しい口調で話してしたが、今回は別のものだった。「戦争」という言葉がサゾノフの口から出るのをこれまで聞いたことはなかったからだ。

当初、プルタレスはそれをまったく信じていなかった。サゾノフに撤回の余地を与えるために、プルタレスは、最後通牒は、たとえ「最悪のシナリオ」であっても、「オーストリアによるセルビアに対する懲罰的な遠征」につながるだけであり、「オーストリアは領土獲得のいかなる検討からも程遠く、セルビアを「飲み込む」ことはないだろう」とサゾノフを安心させようとした。

「サゾノフは信じられないというように首を横に振り、オーストリアの広範囲にわたる計画について語った。」とこの時プルタレスは報告した。「サゾノフは続けて、まずセルビアが食い尽くされ（verspeist werden）、次にブルガリアの番となり、そして『我々は彼ら（つまりオーストリア人）を黒海で捕らえることになるだろう。』と語った」とさらにプルタレスは報告した。

プルタレスは、そのような「空想的な誇張」を「真剣な議論に値しない」としてユーモアを交えることを拒否したが、彼はサゾノフの発言を忘れなかった。このような極端な言葉遣いの唯一の説明は、サゾノフの「オーストリア＝ハンガリーに対する国家的、特に宗教的憎悪」であり、カトリック大国としてセルビア正教に対して根本的に敵対的なのだ、とプルタレスは考えていた。.15:

p188
　ロシア外務省におけるこうした直面がどのように終わったかについてはさまざまな説明がある。真夜中過ぎにヴィルヘルム通りに送った電報の中で、プルタレスは、サゾノフの強い言葉にもかかわらず、彼の本当の目的は最後通牒の問題を「欧州化」することである可能性が高いとして、ヤーゴを安心させた。

「ロシアの迅速な介入は予想外だった」と彼は予め述べていた。駐ロシア・ハプスブルク大使ザパリは、その夜プルタレスが彼に語った内容をウィーンに伝え、会議は「友好的」であり、サゾノフがプルタレスに次のように訴えて結論を出したと報告した。「ドイツは平和を維持するためにロシアと協力する必要があろう。」

翌日ヤーゴに送った長い書簡の中で、プルタレスも同様に、サゾノフの本当の目的は、問題を先へ先へと強制的に（軍事的に脅して）解決することではなく、「一時的に」遅らせることであったと報告した。「ロシア政界にはアジテーションが広がっているが、このような軽率な行動（つまり、サゾノフによるオーストリアとの戦争の脅し）は想定外だった」とプルタレスは結論付けた。

しかし、他の情報源は、この会談はそれほど友好的に終了しなかったことを示唆している。ロシア外務省の航海日誌は、「プルタレス伯爵が省を去るのを見た人々は、彼が非常に動揺しており、S.D.サゾノフの言葉、特にオーストリアの要求に抵抗するという彼の固い決意が、この報告に信憑性を与え、プルタレス自身もその夜の日記に、おそらくヤーゴを驚かせたくない、あるいはドイツの戦争当事者に大義を与えたくないため、このことをベルリンには報告しなかった、とサゾノフの発言を記録した。大臣評議会は「ドイツおよびオーストリア・ハンガリーとの決別の可能性を真剣に検討」し、「武力紛争から手を引かない決意をした」に違いないという印象を彼に与えた[18]。

p189
　午後8時頃、駐露ドイツ大使プルタレスがサゾノフの執務室を出て間もなく、駐露フランス大使パレオローグが到着した。※　パレオローグは、ロシアの外務大臣サゾノフは、「関与したばかりの紛争についてまだ動揺している。彼はすぐに緊張して、声が乾いてぎくしゃくしている」と観ていた。
※パレオローグは回想録の中で、彼がプルタレスがサゾノフの執務室から出てくるのを見た、「顔が紫色で目が光っていた」と主張しているが、シリングによれば、フランス大使パレオローグは意図的にプルタレスを避けて控え室で待機し、ドイツ大使プルタレスはその前にいたという。

ドイツ人プルタレスと交わしたばかりの外交上の確認を脇において、サゾノフは、駐露フランス大使パレオローグに次のように語った。「ドイツはオーストリアの大義を心から支持している。和解を示唆するものは微塵もない。そこで私はプルタレスに対し、オーストリアが単独でセルビアとの意見の相違を解決するためには、セルビアをそのままにさせておくべきではないと、率直に言いました。」（サゾノフは、オーストリアとの戦争をほのめかすなど、自分がいかに「率直」だったかをパレオローグには伝えていなかったのかもしれない）。

率直な態度で、ロシア人サゾノフは、オーストリアを「憎んでいる」というドイツ人プルタレスの非難について、パレオローグに対して語り、「いいえ、もちろん我々ロシア人もはオーストリアが好きではない」・・・なぜ私たちは彼女を好きになる必要があるのか？オーストリアは私たちに危害以外の何ものをも与えたことはありません、と反論したと主張した。

その後、サゾノフは「24日の閣僚評議会による決定について直ちに[パレオローグ]に通知した」それは、オーストリアに対する部分的な動員についても含んでいた。19

　コリスターズ・ブリッジは静かな夜であった。だが3時間も経たないうちに、ロシア外相サゾノフは、以下の3点を指示した。

(1)セルビア外相に対し、オーストリアの最後通牒に従わないよう指示し、「セルビアはロシアの援助をあてにしてよい」と約束した（ただし、この「援助」がどのような形になるのかについても詳しく述べたかどうかは不明だが）。

(2) ドイツ大使に対し、もしもオーストリアがセルビアを「飲み込む」なら、ロシアはオーストリアと戦争になるだろうと警告した。

(3) フランス大使にロシアの差し迫った動員措置について知らせた。

このパフォーマンスをさらに注目すべきものにしているのは、これらの動きをする前に、サゾノフはロシアの政策に最も直接関与している3人の政治家の誰とも相談していなかったということである。

このほとんどのことが行われている間、皇帝ニコライ 2 世はフィンランドの海岸沖でヨットを航行していた（ただし、彼は翌朝の王室会議に間に合うようにツァールスコエ・セローに戻るよう求められていた）。ポアンカレ大統領はフランス号でバルト海を巡航していた。セルビアのパシッチ首相はベオグラードへの遊説からまだ戻っていなかった。彼らが25日土曜日に目覚めると、そこは別世界だった。19

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