・最後通牒
１帝国政府の君主制に対する憎悪・軽蔑を扇動するすべての出版を禁止すること。

２ナーロドナ・オドブラナ（セルビア国家主義者組織）と称する組織を解散させ宣伝その他の手段を没収し、帝国政府に対するプロパガンダを行う他の組織も同様にすること。

３帝国政府に対するプロパガンダを助長しているもしくは助長する恐れのある全てを（教師も教材も含めて）セルビアの公教育から遅滞なく削除すること。

４帝国政府に対するプロパガンダを行った罪で、帝国政府が一覧にした全ての軍関係者と政府職員を解雇すること。

５領土保全に反する破壊分子の運動の抑圧のために、帝国政府の一機関との協力を受け入れること。

６セルビア領で見つけられる可能性のある、サラエヴォ事件の共犯者を法廷尋問するとともに、帝国政府の一機関をこの手続きに参加させること。

７帝国政府が行った予備捜査によって浮かび上がった2人の指名手配犯を直ちに逮捕すること。

８武器と爆発物の違法売買の流通を効果的な方法によって防ぐこと。

９国内国外を問わず、帝国政府に敵意を示したセルビア政府高官の陳述書を届けること。

１０全てについて実行する手段を、遅滞なく帝国政府に知らせること。

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16 Russia Prepares for War
SUNDAY, 26 JULY

26日日曜日の早朝、ロシアの戦争準備期間が発効した。この措置は理論的には「帝国の全土」に適用されたが、焦点は敵対行為が始まると予想されていた欧州ロシアにあった。しかし、サゾノフがブキャナンとパレオローグに公式に語った内容に反して、軍事措置はオーストリアに面した「4つの軍管区」に限定されなかった。 また、サゾノフがブキャナンにほのめかしたように、セルビアに対するオーストリアの動員の後でのみそれらが始まるわけでもなかった。

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日曜午前1時、ワルシャワ軍管区、つまりオーストリア領ガリシアとドイツ領東プロイセンに挟まれたロシア領ポーランドは「戦争状態に置かれ」、「戦争準備期間規則に附帯するリスト1及び 2 に示されている作業を開始するよう命じられた」。午前3時26分、ヤヌシケビッチ参謀長はワルシャワ司令部に電報を送り、戦争準備期間が現在「欧州ロシア全土」で発効しており、その範囲はWarsaw, Vilnius (i.e., the Baltic area), Kazan, Kiev, Moscow, and Odessaの6つ（4つではない）軍管区から構成されると伝えた。

　戦争準備期間の第 1 段階では予備役の召集が行われたが、この措置では、皇帝ではなく陸軍大臣 (スホムリノフ) の署名のみが必要であった。この規定は「領土予備軍の中から、国境、通信線、電信システム、その他の軍事的に重要な物体を確保するための軍隊が編成される」となっていた。すべての予備兵がすぐに召集されたわけではないが、「敵の行動の脅威にさらされている地域における予備役の最も若い3クラスの召集」についての特別規定も設けられた。これは今回の場合、ヴィスワ川以西のポーランド全土を意味する。したがって、ドイツとオーストリア＝ハンガリーに面する国境地区では、直ちに予備役の招集が行われた。2

p208
　第 1 段階のその他の措置は、海軍艦艇の港への帰還と戦争への備えに関するものであった。すなわち、一時帰休の停止（オーストリア軍の収穫休暇を打ち切るというコンラッドの希望だったが失敗した）、馬の靴の履き替え。スパイ容疑者の拘束、そして辺境地域からロシア内陸部への「貨幣と有価証券」の撤去である。第 1 段階の締めくくりは、辺境の拠点に人員を配置し武装すること、そして「敵のuniformsと予想される配置に関する」前線部隊の指示であった。

　第２段階では予備役の招集が延長された。それからロシアの港の機雷敷設、荷物列車用に追加の馬と貨車の購入、将校の家族を辺境から安全な場所へ移送、狭軌の車両（ロシアの軌間が5フィートであるのに対し、ヨーロッパの幅は4フィート8.5インチに適合する）の徴用が行われた。これらすべての二次的措置も、スホムリノフの署名だけを必要とした。戦争準備期間と重なって、ロシア全土に厳しい検閲が敷かれ、進行中の戦争準備についての報道は厳しく禁止された。

　もちろん、検閲は実際には絶対的なものではない。ロシアの戦争準備期間の究極の目的が、オーストリア、特にドイツに対して彼らの知らないうちに事前動員することであったとすれば、それは最初から失敗だった。

土曜日の夕方に町に戻った後、（ニコライ二世の宮廷に派遣されていたドイツの軍事全権代表）チェリウス将軍はアドラーベルクとグリュンヴァルトとの憂慮すべき会話の内容をプルタレス大使に報告するためにドイツ大使館へ行った。彼には、ロシア駐在ドイツ武官ベルンハルト・フォン・エッゲリング少佐も同行していた。彼もクラスノエ・セローでの演習中断を目撃し、動員に関する同様の噂を聞いていた。したがって、ドイツ大使は、ロシアによる差し迫った事前動員の概要を、それが起こる前からある程度知っていたのだ。

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＜サゾノフとプルタレスの偶然の出会いFromkin, David. Europe's Last Summer p208　origin　p404＞
　日曜日の朝、ツァールスコエ・セローの駅のプラットホームで偶然サゾノフに遭遇しなければ、ペテルブルク駐在ドイツ大使プルタレスはもっと不安になっていたかもしれない4。

夏期のサンクトペテルブルク外交の特徴は、皇帝の夏の離宮（および近くのクラスノエ・セローの練兵場）と首都の間を頻繁に往復することであった。サゾノフだけでなく、主要な大使のほとんどもツァールスコエ・セローに夏の別荘を構えたが、これは英領インドの外国植民地が毎年夏にデリーの暑さを避けてヒマラヤの丘陵地帯シムラに滞在したのと同じである。そしてコンスタンティノープルのヨーロッパ大使たちは、壮大なペラ大使館を去り、ボスポラス海峡を越えたセラピアにある、わずかに格調の劣る夏の別荘に移った。サンクトペテルブルクとの違いは、鉄道の接続が非常に迅速かつ確実だったため、誰もがツァールスコエ・セローに住んでいたにもかかわらず、実際の外交業務は依然として町で行われていたことだった。

　したがって、プルタレスとサゾノフが今朝駅で出会ったのは、それほど珍しい出来事ではなかったが、幸せな偶然だった。火曜日と金曜日のこれまでの2回の会合はChorister’s Bridgeで行われた。どちらの公式謁見も異常な緊張感が漂い、ロシア人サゾノフは同盟国であるオーストリアの無謀な行動を理由にドイツ人プルタレスを激しく非難していた。

さて、日曜日の朝、田舎の空気が広がる鉄道ホームで、サゾノフは満面の笑みを浮かべて、プルタレスを街への短いいざないに同行するよう誘った。

　プルタレスが大使館到着後ベルリンに報告したところによると、サゾノフ外相の口調は以前よりも「はるかに穏やかで融和的だった」という。サゾノフは、「ロシアは戦争を望んでいない、と非常に温かく主張した」とプルタレスは続けた。

プルタレスはロシア人サゾノフに対し、ドイツも同じように感じていると語り、オーストリアもバルカン半島問題で大火を起こすつもりはなく、セルビアの主権を尊重すると約束した。

さらにドイツ人プルタレスは、もしオーストリアが本当に「セルビアと衝突する口実を探していたなら、今頃すでに軍事行動の報告を聞いているだろう」と指摘した。

結局のところ、最後通牒は前日の夕方に期限が切れていたのだ。まだオーストリアの軍事行動の兆候は見られなかった。もしかしたら、まだ出口があったのかもしれない。

駐露ロシア大使プルタレスはサゾノフに対し、列車がサンクトペテルブルクに到着したら、直ちに駐露オーストリア大使ザパリとの直接交渉を開始するよう促した。ロシア人サゾノフも同意した5。

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　過ぎた 24 時間の不気味な出来事にもかかわらず、オーストリア大使ザパリが26日曜日の午後にChorister’s Bridgeに到着したとき、楽観的な見方ができる根拠はあった。

現在進行中の危機の奇妙な点は、オーストリアの裏切りに対する過熱したレトリックにもかかわらず、サゾノフがこれまでのところ、駐露ドイツ大使プルタレスよりも「子羊のように従順な」駐露オーストリア大使ザパリとのほうが友好的な関係にあったことだった。

ある意味これは、バルカン半島危機を戦争に向けて加速させる可能性のあるオーストリアとロシアの間の直接的な非難合戦を避けるために、第三者（プルタレス）を通じて苦情を通す必要性のためであった。

しかし、サゾノフは、オーストリアに対する懸念にもかかわらず、伝統的な洗練された外交官であるザパリを心から気に入っていたようだ。確かに外務大臣サゾノフは、この礼儀正しいハンガリー伯爵ザパリを、彼の政府の政策について非難はしなかった。

＜サゾノフとザパリの26日の好意的な謁見＞
　Chorister’s Bridge での謁見は、誰もが期待していた通りの盛況であった。サゾノフはザパリを「非常に心から」歓迎し、24日金曜日の朝、オーストリア大使ザパリから最後通牒を突きつけられた際に、一時的に機嫌を損ねたこと（p176）を謝罪した。

さらに重要なことは、サゾノフが実際にオーストリア大使ザパリの言うことをさえぎることなく耳を傾けたことであり、これはサゾノフが最近のプルタレスとの緊迫した謁見で著しく失敗していたことであった。

ロシア民族主義者の疑惑とは裏腹に、オーストリア＝ハンガリー帝国は「バルカン半島の領土に進出し、サロニカ、さらにはコンスタンティノープルへの進軍を開始したい」とは程遠いものであったと、ザパリは主張した。むしろ、オーストリアの目的は「自己保存と自己防衛」なのであった。

それにもかかわらず、ザパリはセルビアに対する最後通牒の後に複雑な事態が生じる可能性があることを理解していた。彼はサゾノフに語った。「大国間で紛争が起こったら、その結果は恐ろしいものとなり、世界の宗教的、道徳的、社会的秩序が危機に瀕することになるだろう。私はヨーロッパで戦争が勃発した場合に何が起こるかを、鮮やかな色で表現した。」

ザパリはベルヒトルトに、サゾノフは「私（ザパリ）の意見に完全に同意し、私の説明の趣旨に非常に満足しているようでした」と報告した。

p211
　サゾノフも同様に率直に語った。同氏は「ロシアにはオーストリアに対して古い不満があった」ことを認めただけでなく、「自分にもそれがあったことを認めた」。それでも「これは過去のこと」であり、現在の状況に干渉すべきではない。

セルビアに関しては、サゾノフは「ロシアにとって重荷」となったバルカン半島のスラブ人たちに「全く同情心を抱いていない」と主張してザパリ大使を驚かせた。

ロシア人サゾノフは、サラエボ暴動へのセルビア（政府）の（犯人との）共謀に関するオーストリアの場合の正義を検討する用意さえあったが、ザパリはベルヒトルトに、ロシア人サゾノフは「我々が到達しようとしていた道は最も安全な道ではないと考えていた」と報告した。

「期限つき最後通牒」を検討するために数日を費やしたサゾノフは、10項目中7項目が「大きな困難なく」セルビアに受け入れられるだろうと確信していた。特定のセルビア当局者の解雇を要求する第4項は、一部修正すれば受け入れられる可能性があった。

　サゾノフにとっての重要な問題点は依然として、セルビア国内のハプスブルク家当局者の協力に関連していた第５，６項目であった。もしベオグラードがこれを受け入れたら、「（セルビアの）ペータル王はすぐに殺される危険があったことだろう」と彼はザパリに語った（つまり、黒手組や極端な民族主義者の役人によって）。（c.f.p184）

サゾノフは賢明な策略を講じて、ベルヒトルトの顔に「君主制の原則」を投げ返し、1903年の暴力的動乱に続く新たな国家主義者のクーデターが、セルビアでカラジョルジェビチ王朝がまだ持っていたわずかな正統性を破壊し、オーストリアの辺境に「無政府主義の魔女の大釜」を築くだろうとザパリに警告した。

　セルビアの最後通告に戻ろう。サゾノフは、問題は本質的なものではなく「言葉遣い」にあるとザパリに保証した。論点5と6の問題でも、多少の変更の余地はあるかもしれない――おそらくオーストリアの関与は「法的手続きにおける領事介入」に限定される可能性があるのではないだろうか？　これに失敗した場合、オーストリアはイタリアやイギリスからの外部調停を受け入れるだろうか？

こうなってしまうと、ザパリは立ち止まらざるを得なくなった。彼には最後通牒の文面について意見を表明する権限はなく、ましてや自ら変更する権限はなかった。からだ

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さらに、彼はサゾノフに対し、「事態はすでに動き始めている」と念を押した。特に25日土曜日の午後3時に始まったセルビア自身のオーストリアに対する動員がまさにそうだった。彼はサゾノフの発言と提案をウィーンに喜んで詳細に報告したが、ロシアに何かを約束することはできなかった。

この友好的な雰囲気で会話は終了した。ザパリは報告した。「サゾノフはまたしても、最も温かい言葉で、私の説明が彼を実質的に落ち着かせてくれたことに喜びを表した。」彼はまた、私たちの会話をニコライ皇帝に報告し、明後日[7月28日火曜日]にニコライ皇帝と会う予定である、と言った。6

＜だがロシアは動員した・・・＞
　24日金曜日と25日土曜日にロシアに動員を促して以来、サゾノフの考えは変わったのだろうか？　26日日曜日のロシア人サゾノフの口調の変化に対する最初の反応では、ザパリもプルタレスもそう考えた。

オーストリア大使ザパリはベルヒトルトにこう意見した。「ロシアの政策は、私たちの手続きに対する最初の無礼な拒否と、私たちの文書に対する司法調査の提案から、この問題全体に欧州的な疑問を持たせてから、2日間で大きく変わった。そしてそこから再び私たちの主張の正当性が認められ、調停者の要請に至るのです。」

ザパリの謁見の説明を聞いたプルタレスはすぐにベルリンに、「おそらくパリとロンドンからの連絡のせいで、サゾノフはいくぶん神経を失い、今は逃げ道を探しているような印象を受けた」と報告した。

実はグレイが、前日（25日）にウィーンとサンクトペテルブルク間の直接交渉を主張していたのだ（c.f. p204）。

駐英ロシア大使ベンケンドルフはこの（直接交渉の）アイデアを拒否したが、おそらくサゾノフはそれを熟考し、自らそのアイデアを取り上げたのだろう（訳注；Fromkin, David. Europe's Last Summer p208では、プルタレスが直接交渉を提案したことになっている。しかし結局、オーストリアはこれを拒否した）8。

これが真実である可能性は、サゾノフが日曜日の夕方にウィーンのシェベコに電報を送り、セルビアに対する最後通牒について議論し、場合によっては修正することをザパリに許可するようベルヒトルトに依頼するよう指示したという事実によって示唆されている9。

あるいは、サゾノフがパレオローグに語ったように、彼はオーストリア大使ザパリに次のように忠告した。「最後通告を撤回しなさい。表現を修正しなさい。結果は保証します。」10

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　訓練を受け、外交官としての才能を発揮したサゾノフが、戦争が目の前に迫っている今、寒気を感じていたとしても当然だろう。それでも、Chorister’s Bridgeのサインを解釈しようとする際に、ザパリとプルタレスは、ロシアにおけるある種の大規模な秘密動員の始まりについて受け取った報告も考慮する必要があった。

午後３時頃、ザパリがサゾノフとの謁見について報告するために到着する直前、プルタレスはドイツ武官エッゲリングからの次の報告をベルリンに転送した：「キエフとオデッサで動員が命令されたことは確実に確認できる。」　そしておそらくワルシャワとモスクワ、他の[地区]はまだだ。」11

彼自身の領事や武官からも同様の報告を聞き、ザパリは、サゾノフとの謁見に関する報告の最後でベルヒトルトに次のように警告した。「外交官側のこうした背水政策に加えて、軍国主義者側の活発な活動が始まっているという事実を我々は見逃してはならない。」12

（だが）プルタレスとザパリが、ロシアの事前動員の歯車を動かしたのはサゾノフ自身であることを知っていたら、彼らはさらに動揺していただろう。

p214
＜ニコルソン、グレイの失態－中立維持がロシア動員の追認に＞
その起源と意図が何であれ、ウィーンとベルリンではロシアの軍事準備が当然の警戒の目で見られていた。入ってくる報告では詳細はまだ不明だが、日曜日の午後までには、何らかの動員が進行中であることは疑いの余地がなかった。

ドイツ側はこれに非常に自信を持っていたため、日曜日の午後遅く、リヒノフスキー大使はドイツ国境付近での敵対的なロシアの動員措置についてホワイトホール（英国）に正式に苦情を申し立てた。

グレイ外務大臣はまだItchen Abbasに滞在していた（ただしそこで電報を受信することはできた）ため、代わりにリヒノフスキー大使は陛下の常任国務次官アーサー・ニコルソン卿と面会した。

ニコルソンがグレイに報告したように、「リヒノフスキー王子は今日午後、政府からの緊急電報で呼び出しを受け、動員を意味する『予備役クラス』をロシアが招集しているという情報を受け取ったと述べた。」

ドイツの抗議行動に対して可能な限り最も有利な主張をしようとして、ドイツ大使プルタレスは、ドイツが「オデッサやキエフでの部分的な動員は気にしないが、ドイツ国境での動員を無関心に見ることはできない」とは認めた。したがって、地理的詳細は非常に重要だった。

「もしこの動員がドイツ国境で行われたとしたら、ドイツは動員を余儀なくされ、当然フランスもそれに従うだろう。」とリヒノフスキーは続けた。そのとき、ヨーロッパ戦争は目前に迫っていることになる。そこで彼は英国に対し、「ロシア政府に対し動員をしないよう強く求める」よう要請した。

　ニコルソンは礼儀正しく耳を傾けたが、ドイツ人プルタレスの訴えを却下した。彼はItchen Abbasにいたグレイに報告した。「私はリヒノフスキー王子に、一般動員に関する情報も、実際に直ちに動員が行われる情報も持っていない、と伝えました。」

ちなみにニコルソンは、閣僚理事会の決定に関するサゾノフの（実際には誤解を招いていた）発言を報じた前夜のブキャナンの電報を引き合いに出し、この主張を正当化した。　

ニコルソンはリヒノフスキーに対し、あたかも事実を述べているかのように宣言した。「110万人動員のロシア皇帝命令は、発令されていない」。

これは文字通りには真実で、オーストリアに対するロシアの「部分動員」はまだ発表されていなかったが、実際、戦争準備期間の規定に従って、公式には動員されなかったとしても、これまでに110万人を大幅に超える兵士が動員されていたのだった。

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　ニコルソンは、ロシア国内でいかなる種類の動員も進行中であることを否定した後、ニコルソンはリヒノフスキーに次のように言って彼の不満をさらに悪化させた。英国はサンクトペテルブルクに動員しないよう言うことはできなかった、なぜならそうすることは「・・・オーストリアがそのような措置を検討しているときには、我々にとっては困難でデリケートなことであり、我々（つまり英国）の言うことが聞かれないはず」だから。

ニコルソンは、重要なことは「可能であれば、積極的な軍事作戦を阻止すること」だと主張した。それから彼は、グレイが一晩ででっち上げた新しい提案、つまり「四か国会議」についてリヒノフスキーに伝えた。それは、バルカン半島地域に直接の関心が最も低い4カ国（イギリス、イタリア、フランス、ドイツ）がロシア、オーストリア、セルビアの間を仲介するというものであった。一方、後者の 3 か国（ロシア、オーストリア、セルビア）は「会議の結果が出るまで活動中の軍事作戦を停止」することになる（動員はおそらく別の問題だった）。

　欠席したグレイの代わりとして、ニコルソンは驚くべき、そして残念な外交パフォーマンスを行った。同次官は、自分が中立かつ非常に慎重に行動していると信じており、少なくとも4つの理由でドイツを挑発することに成功した。

第一に、ニコルソンは実際に進行中のロシア動員措置を全面的に否定したが、もし彼もしくはグレイが、わざわざペテルブルクの英国大使に問い合わせていたら、この否定は真実ではないことがわかったことだろう。

第二に、ニコルソンは、現在の危機において中立で無関心な当事者としての英国の公的姿勢にもかかわらず、ロシアに対してわずかでも抑制的な影響力を行使することを真っ向から拒否した。Second, Nicolson refused point-blank to exercise the slightest restraining influence on Russia, despite Britain’s public posture as a neutral, uninterested party in the current crisis.

第三に、たとえロシアがドイツに対して動員を行っていたとしても、平和を脅かすのは「積極的な軍事作戦」だけであるため、英国にとっては懸念事項ではないという極めて偏った立場を彼は採用した。ドイツ大使プルタレスが、ドイツは国境でのロシアの動員に反ロシア動員で対抗しなければならず、そうなればフランスもドイツに対して動員することになる、と告げたばかりにもかかわらず、彼はこの発言をした。（重要な動員問題に関するニコルソンの驚くべき無関心は、グレイ自身の無知を反映していた。実際、グレイ外務大臣は、ロシアの動員を思いとどまらせるどころか、25日土曜日、ついでに言ったかのように、ベンケンドルフに対して、ロシアがオーストリアに対して動員することを十分に予想していた、と述べた。この問題についてグレイは意見を表明しなかったが、そうした意見の欠如は当然、ロシア人によって暗黙の承認として解釈された（英国はロシアの動員に同意をした）。）

p216
　最後に、ロシア、オーストリア、セルビアの間を平等に調停するための4カ国（英独仏伊）会議に関するグレイの新しい提案（４回目）を紹介することで、ニコルソンは、その直前に出されていたグレイのサンクトペテルブルクでの外部調停提案（セルビアを含まないオーストリアとロシアのみの間）（ドイツ側も前向きな反応を示した）を無作為に却下し、本質的に中央同盟国に対して偏見を持った新たな構想（4カ国会議）にそれ（外部調停提案）を置き換えた。

グレイとニコルソン以外の誰もが知っていたように、イタリアは名目上は中央同盟国と同盟を結んでいるにもかかわらず、根本的にはオーストリアに対して敵対的であった（未回収のイタリア）。イギリス自身はフランスとロシアと半同盟関係にあり、動員措置に対するドイツの抗議を即座に却下して明らかにロシアの側に立っていることから、このグレイのあらたな提案は、ドイツが３対１で劣勢になる（英露仏対独）ことを意味していた。英国の「中立」がもたらした報酬は、このようなものだったようだ。

　リヒノフスキーはこのことを憤慨するにはあまりにも紳士的だった。彼自身はロシアの動員措置についてベルリンから送られてきた以上の情報を持っておらず、この点をさらに強く追及できる立場になかったし、また本当にそうしたくなかった。

実際、リヒノフスキーの英国好きは非常に根深かったので、彼は英国とドイツの間の関係の破綻を防ぐために、グレイの新しい四カ国会議案に喜んで参加したが、彼はその見通しを恐怖の目で見ていた（とりわけ、それがロンドンでの自分の最愛のポストを放棄しなければならないことを意味していたから）。

「ベルリンで期待されている紛争の局地化は全く不可能であり、現実的な政策として排除されなければならない」とリヒノフスキーはニコルソンとの謁見後にヤーゴに報告した。

オーストリア軍がセルビア国境を越えるとすぐに、彼は、「すべてが失われるだろう」と嘆いた。ロシアは動員を余儀なくされ、ヨーロッパは戦争状態になるだろう。14

このような大惨事を防ぐために、リヒノフスキーは Itchen Abbas のグレイに電報を送り、ベルリンからまだ認可を受けていなかったが早まって、「我が政府はあなたの提案した四か国調停を受け入れる」と通告した[15]。

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　リヒノフスキーの英国好きは、ベルリンでは広く共有されてはいなかった。26日日曜日、ロシアの秘密動員に関する報道が次々と流れ込んできたヴィルヘルム通りでは、ニコルソンがドイツの抗議活動を一蹴したことは、驚くべきことであり、また憂慮すべきことであった。イギリス人は本当にロシアで何が起こっているかを知らなかったのだろうか？　それとも同盟国の好戦的な行動を意図的に援護していたのであろうか？

＜オーストリアへのfait accompliの期待＞
　サンクトペテルブルクから来たシグナルは、いずれにせよ、錯綜していた。プルタレスが26日午後の外務大臣サゾノフとザパリとの謁見についての彼の報告で示唆した（この報告書は真夜中過ぎにベルリンに到着した）ように、サゾノフが神経を喪失していれば（c.f. p212　サゾーノフの軟化が真実であれば）、結局のところ、おそらくオーストリアとセルビアの紛争を局所化することはまだ可能だったのだろう。

ドイツにとっての鍵は、これまでずっとそうだったように、スピードだった。オーストリア軍は、ロシアの対抗策が無意味になるほど急速にセルビアを攻撃しなければならなかった。

ヤーゴが7月18日の通達でドイツ外交官に指示したように、「オーストリアが大胆さを示せば示すほど、我々がオーストリアを強く支持すればするほど、ロシアは沈黙を守る可能性が高くなる」（訳注；実際は真逆だった）。

この主張の論理を損なうサンクトペテルブルクからの証拠が増えていたにもかかわらず、ヤーゴはベートマン（まだ Hohenfinowで夏を過ごしていた）の支持を受けて、この方針を堅持した。

最後通牒の期限が過ぎる前に行われた25日土曜午後の駐独オーストリア大使セジェーニとの謁見で、ヤーゴは、ドイツ側はセルビアの（最後通牒の）拒否に続いてオーストリア・ハンガリー帝国による「即時宣戦布告」が行われることを期待し、望んでいることを強調した。国務長官ヤーゴは、「軍事作戦の開始が少しでも遅れれば、外部勢力（つまりロシア）による介入の大きな危険がもたらされるだろう」と警告した（訳注；この見立ては正しかった）。

したがって、駐独オーストリア大使セジェーニは、可能な限り最も強い言葉で、ウィーンに対して今すぐ宣戦布告し、それによって「既成事実を世界に示す」よう強く求めるよう命じられた16。

　26日日曜日の午後、ベルヒトルトは（ウィーンに対して今すぐ宣戦布告し、それによって「既成事実を世界に示す」）セジェーニの電報について話し合うため、コンラッド首席補佐官とともにドイツ大使のチルシキーをBallplatzに呼び出した。

駐オーストリア・ドイツ大使チルシキーは、対セルビア戦争開始におけるベートマンの迅速な推進を心から支持した。実際、これがドイツ帝国の政策として述べられていたので、彼は他の方法を取ることはできなかったのである。

ベルヒトルトも同意した。二人の外交官は協力してコンラッドにこの件を追及し、好戦的で悪名高い参謀長コンラッドがベルリンの望むものを与えるだろうと十分に期待していた。

「いつ」ベルヒトルトはコンラッドに「宣戦布告が必要か？」と尋ねた。コンラッドは、それが必要になるのは「作戦がすぐに開始できる段階、たとえば8月12日」と答えた[17]。

p218
＜だがオーストリアはcasus belliを逃した＞
　オーストリアはまたそれをやってしまったのだ。数週間迷った後、ウィーンはついに48時間の最後通牒計画を実行に移し、想定通りベオグラードから拒否をされ、最後通牒の期限が切れる前に一方的なセルビアの動員（25日）という予期せぬ贈り物さえ受け取った。

casus belli（戦争を始める正当な理由として利用される出来事）はそこにあった。ヨーロッパはオーストリアの攻撃を（必ずしも承認していなかったとしても）期待していたのだ。コンラッドは何を待っていたのだろうか？

　コンラッドはオーストリアの動員が通常のスケジュールに従って進むのを待っていた。合理的に、コンラッド参謀長はオーストリアが戦闘準備が整う前に宣戦布告をする理由はないと考えた。実際、オーストリア軍があと2週間はセルビアに侵攻できないのに、なぜ今宣戦布告することで、ロシアとその同盟国に、中央同盟国に対する外交的言い訳を与えることができようか？

奇妙なことに、コンラッドが外交官のように考えていたのに対し、ベルヒトルトは陸軍の短気な役を引き受け、「外交状況はそれほど長くは続かない」ためオーストリアは2週間も待てない、と参謀長コンラッドに警告した。18

p219
　「外交的な状況」、つまりオーストリアとドイツの（戦争の）局地化への欲求は8月12日まで待てない、というベルヒトルトの指摘は、ほぼ確実に正しかった。それにもかかわらず、コンラッドがオーストリアはあと2週間はセルビアに軍事侵攻できないと言った以上、宣戦布告というベルヒトルトの主張はただちに外交的な意味を成さなくなった。

オーストリア軍参謀長コンラッドは事実上、すでに軍事的な既成事実は不可能であるとして想定からはずしており、 fait-accompli（既成事実）戦略全体が無効にならざるを得なくなった。

しかし、これを認めれば、ドイツ人を再び失望させることになってしまうだろう。そこでベルヒトルトはヘッジをかけた。

チルシキー駐オーストリア・ドイツ大使は、オーストリアがまだセルビアに宣戦布告するつもりはないことを知らされたが、それでもベルヒトルトはヤーゴとベートマンに対し、もしセルビアがボスニア国境で敵対的な演習を行った場合にはすぐにそうするかもしれないと伝えた[19]。

　ベルヒトルトは、自身がザパリとサゾノフとの有望な謁見を知っていたら、さらに躊躇したかもしれない。その謁見は、彼自身のコンラッドとチルシキーとの会談とほぼ同時に行われていたのだ。しかし、真夜中過ぎに提出された駐サンクトペテルブルク大使の報告書は、27日月曜日の午後遅くまでウィーンに到着しなかった。

日曜日の夕方にウィーン駐在ロシア大使シェベコに送られたサゾノフ自身の（プルタレスとの）遭遇報告はこれより早く到着しただろうが、ウィーン駐在ロシア大使シェベコは早くても月曜日までには、ベルヒトルトに会えなかったことだろう。20

一方、ウィーン駐在ロシア大使シェベコ自身の26日日曜日のサゾノフへの至急報は、サゾノフが心強いものであったのと同じくらい不気味なものだった。

その中でロシア大使シェベコは、既に始まっていたセルビアに対するオーストリア独自の事前動員措置について報告した。これらの措置は、将校の即時昇進、予備役師団の選抜召集、国境警備所の強化、厳格な軍事検閲の開始など、ロシアの戦争準備期間と概要がほぼ同様であった21。

駐露オーストリア大使ザパリにセルビアへの覚書の修正交渉を許可するというサゾノフの提案（p212）をボールプラッツ（オーストリア政庁）が知る頃には、ベルヒトルトが興味を持っていたかどうかに関係なく、出来事ごとに、その提案はほとんど意味を持たなくなっていったことだろう。

p220
　サゾノフは、オーストリアと直接交渉して緊張を緩和したいという誠実な願望を抱いていたのかもしれない。しかし、外務大臣の真の意図が何であれ、26日日曜日の午前中と午後の早い時間のプルタレスとザパリに対するサゾノフの融和的な姿勢は、日中のロシアの動員措置の加速によって裏切られた。午後1時55分、ロシア軍司令部のフランス連絡将校ラギーシュ将軍はパリの陸軍省に次のように報告した。

昨日、クラスノエ・セロで陸軍大臣は、キエフ、オデッサ、カザン、モスクワの軍管区の軍団の動員を私に確認させた。ドイツに向けられたものとみなされる可能性が高いいかなる措置をも回避するための努力だが、それでもワルシャワ、ビルナ、サンクトペテルブルクの軍管区は秘密裏に準備を進めている。サンクトペテルブルクとモスクワの都市と政府には戒厳令が敷かれていると宣言された・・・陸軍大臣は、ロシアに対する攻撃の最終的な主導権をドイツに委ねるという決意を私たちに繰り返し述べた22。

　ロシアの戦争準備期間に関するドイツとオーストリアの情報は、同盟国の連絡将校によるこの内部報告ほど確実なものではなかった。それにもかかわらず、日曜日の夕方までに、朝の車内での友好的な会話にもかかわらず、それは、プルタレスはChorister’s Bridgeでサゾノフと対峙する必要性を感じるほど徹底的に行われた。

午後9時頃、ドイツ大使プルタレスはロシア外相サゾノフに対し、「外国武官の間で広く報道されたニュース」について正式に抗議した。それによると、動員指令に従ってロシア軍数個軍団が西国境に向けて派遣されたという。

プルタレスがベルリンに報告したように、サゾノフは、「動員命令は出されていないことは保証できるし、オーストリア＝ハンガリー帝国がロシアに対して敵対的な措置を講じるまでは何もできないと答えた」と述べた。それにもかかわらず、彼の最初の声明と矛盾するように見える重要な警告の中で、ロシア人サゾノフは「一定の軍事的措置が講じられた」ことを認めた23。

　日曜日の夕方のほぼ同じ頃、ロシアの陸軍大臣スホムリノフは緊急謁見のためにドイツ武官エッゲリング少佐を呼び出した。スホムリノフは明らかにドイツの疑惑を認識していて、ドイツ武官に「動員命令はまだ発令されていないという名誉の言葉」を提供することで疑惑を和らげようとした。一定の準備措置が進行中であることは認めたが、スホムリノフは「徴用される馬はなく、予備役も召集されていない」と主張した。

これは真っ赤な嘘だったが、確かな証拠がなかったため、ドイツ人がこれを証明するのは難しかっただろう。その代わり、エッゲリングは自身のコメントを、「オーストリアに対するロシアの動員だけでも非常に危険とみなされなければならない」とスホムリノフに警告することだけとした。

全体として、このドイツ武官はモルトケ陸軍参謀長に対し、ロシア陸軍大臣との面会のもどかしさを次のように報告した。「かなりの緊張と不安を感じました。私は（ロシアの）平和への願いは本物だと考えており、完全な動員はおそらく命令されてはいないが、準備措置は非常に広範囲にわたるという軍事声明はこれまでのところ正しいと考えている。」　ドイツ武官エッゲリング少佐は、ロシア人は「明らかに新たな交渉と軍備継続のための時間を稼ごうとしている」と結論づけた。24

　時間はまさにドイツ人にはないも同然だった。オーストリアのセルビアに対する既成事実の可能性については、すでに時間は過ぎていた。ロシアは、オーストリアとドイツの両国に対して、独自の戦争準備を開始したように見えたが、時計はまた、戦争に備えたドイツ独自の戦略を刻み始めていた。そのためには、ロシアが東プロイセンに侵攻する準備が整う前に、フランスに対して決定的な打撃を与える必要があった。

26日日曜日の早朝、ドイツの最新動員計画の立案者であるモルトケは、（チェコの）カールスバートでの1か月にわたる温泉休暇を終えて帰国し、ベルリンに戻っていた。ティルピッツ海軍長官は、ドイツが戦争に向けて何らかの措置を講じているという印象を避けたかったベートマンの命令に反して、月曜日にスイスから帰国する予定だった。皇帝ヴィルヘルム２世も同様に、ノルウェー沖でドイツのバルト海艦隊に残るように、というベートマンの要請を無視し、夜行列車でポツダムに向かう途中でキールに停泊したところだった。

27日月曜日に目が覚めると、ベートマンとヤーゴはちょっと考え事をすることとなった。ベオグラード、ウィーン、サンクトペテルブルク、パリ、ロンドンからニュースが殺到していたのだ。そのほとんどが、ベルリンの誰もが聞きたがるものではなかった。

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