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アガディール危機 1911
　1909 年のフランスとドイツのカサブランカ協定は、当初は双方が忠実に守っていた。ピションとベートマンは 1909 年の秋に、その旨の誠意ある公式声明を発表した。

しかし、徐々に再び摩擦が生じた。マンネスマン兄弟は、フランスが承認していない採掘権をムライハフィド（1908年から1912年までモロッコのスルタンであった）から取得していたが、これは国際的な「モロッコ鉱山組合」の主張と矛盾していた。カメルーンコンゴ貿易開発のためのフランスとドイツの合弁事業は、ドイツがより大きな利益を得ているというフランス国民主義者の抗議により、最終的に放棄され、ドイツは深刻な困惑を強いられた。

国内の混乱は、フランスに警察と軍の統制を着実に拡大する口実を与え、ムライハフィドは最後通牒によって、より完全にフランスの支配下に入ることになる借款を受け入れることを余儀なくされた。

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フランスの影響力が拡大するにつれ、1909 年の協定で想定されていた経済的機会の平等と、統制のとれた政府を率いる独立したスルタンの考えは、どちらも現実の動向とは矛盾する虚構であることが次第に明らかになった。しかし、この虚構は 2 年間は、フランスとドイツの友好関係の基盤となった。94

　フランスの軍事的および財政的手法は、モロッコの首長たちに気に入られなかった。首長たちは、ムライ・ハフィドがフランスに従属し、自国の独立を絶えず侵害していることに憤慨していた。

1911 年 3 月、逃亡中に捕まったモロッコ兵数名をマンギン大佐が公開処刑した後、現地の不満は頂点に達し、フェズで反乱が勃発した。フェズのヨーロッパ人の命が危険にさらされているという警告の報告がフランスから出された。

1911年4 月 5 日、ベルリン駐在のフランス大使ジュール・カンボンはドイツに対し、マルシャン大尉の殺害やモロッコにおけるその他の騒乱により、フランスはラバトを占領し、シャウィア地区に懲罰遠征隊を派遣するとともに、フェズのヨーロッパ人を救出するために軍隊を派遣する必要があるだろうと伝えた。彼は、この行動は、スルタンの主権を守るために極度の必要性からのみ行われ、アルヘシラス法の精神に従って実行されるだろうと付け加えた。

アガディール事件でドイツの政策を主に指揮していたキダーレンは、フェズのヨーロッパ人の運命に関するフランス政府の懸念は完全に理解できるが、フランスがカサブランカに加えてラバトのような第 2 の港を占領することは、現地住民の感情を和らげるどころかむしろ刺激する可能性が高い、と答えた。また、それはドイツ国内の世論を刺激し、アルヘシラス協定の破棄に向けたさらなる一歩となるかもしれなかった。

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キダーレンはフランスが軍事占領をできるだけ遅らせ、モロッコ問題をドイツとフランスの間で満足のいく形で解決できることを期待していた。これはドイツに対する補償に関するヒントであり、カンボンはそれをはっきりと理解していた。95

少し後にカンボンは、フランスはアルヘシラス条約を尊重し、フェズの秩序が回復したらすぐに軍隊を撤退させる、と再度断言した。

　キダーレンは承認も正式な抗議もしなかったが、フェズのような場合には、都市を占領する方が撤退するよりも容易であると警告した。また、フランス軍がフェズに留まり、スルタンがフランスの銃剣に隠れて統治するだけであれば、ドイツは彼をアルヘシラス条約で想定された独立した君主とは見なせなくなり、この条約と 1909 年の協定は崩壊し、ドイツは完全な行動の自由を取り戻すだろうと指摘した。96

一方、カイザーはフェズでの虐殺とムライ・ハフィドがフランス領事館に逃亡したことを聞いて、フランスは大軍を派遣すべきであると言った。すなわち、ドイツはフランス軍と軍事費をドイツの西部国境から逸らすことになるので、それを妨害する理由はない、ということである。フランスがアルヘシラス協定に違反するなら、スペインのような他の列強が抗議すべきであり、外務省はモロッコに軍艦を派遣すべきだという騒ぎを抑えるべきだ、ということである。97

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　フランスによる騒乱の報告が、彼らの権威とヨーロッパ人の生命が危険にさらされているという真の恐怖をどの程度表していたのか、また、それが国に対するより強い統制を確保するための口実としてどの程度誇張されていたのかは、判断が難しい。

フランスが着実にモロッコに対する政治的支配を拡大し、最終的にはモロッコをフランスの保護領にするつもりだったことは疑いの余地がない。キダーレンはそれを、水に油が広がることにたとえた。98

パリ駐在のロシア大使が、フランス外務大臣クルッピに、フランスはフェズにどのくらい留まるのか尋ねたとき、外務大臣は曖昧な返答をした。99

そして、1911 年 6 月に首相となったカイヨーは次のように宣言した。「我々の課題は、1905 年以来失った地位をすべて取り戻し、我々が受けてきた深刻な外交的妨害の結果を修復すること以外にはなかった。」100

　1905 年にデルカッセが職を追われたことは記憶に新しかっただろう。しかし、フランス軍がラバトを占領し、フェズへ進軍する準備をしていたちょうどその時、デルカッセは再び内閣に復帰した。確かに、彼には海軍のポストしかなく、首相のモニはドイツ大使に「デルカッセを内閣に迎えたのは、海軍での彼の顕著な仕事と、彼の優れた技術的知識が不可欠だったからだ。デルカッセは外交政策に介入しないと固く約束した。いずれにせよ、彼の現在の見解は数年前の見解とは異なっている」と保証していた。101

しかし、彼の落ち着きのないエネルギーと過去の記憶から、ドイツのマスコミがデルカッセがモロッコ政策に関与していると疑ったのは当然であり、その後の出来事は彼が相変わらず断固としたドイツ反対者であり続けたことを証明した。102

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彼はイズヴォルスキーに「彼が内閣に加わったことは、フランス軍に向けられる特別な配慮を示している。彼の最初の任務は強力な海軍の創設であり、陸軍への努力は倍増されるだろう。職務を逸脱してまでドイツに不信感を抱かせるつもりはなかったが」、彼はロシアとの関係を緊密にすることに熱心だった。

「一般の意見によれば、彼はクルッピの活動に必然的に影響を及ぼすだろう。クルッピは外交にほとんど精通していないからだ」103

　ドイツの意図は当時フランス人にとって謎謎のままだったが、キダーレンが5月3日に作成した長い覚書（大幅に要約）から今では明らかになっている。

　3年間で、アルヘシラス法規で想定されていたモロッコの独立は、現地の反乱とフランスとスペインからの帝国主義的圧力に直面して維持できないことが明らかになった。遅かれ早かれ、モロッコは必然的にこれら 2 つの国に吸収されるでしょう。

フェズのような城壁で囲まれた都市が現地住民に占領される可能性は低く、反乱は下火のようです。しかしフランス人はその安全を恐れ、遠征隊を派遣する準備をしています。彼らにはそうする権利があり、事態の進展を待たなければなりません。

しかし、もしフランス人がフェズに進軍すれば、撤退する可能性は低いでしょう。たとえフランス世論が撤退を承認したとしても、現地住民はそれを弱さの表れと見なすでしょう。これは新たな反乱と新たなフランス軍遠征につながるでしょう。事態の推移は、アルヘシラス法規の条項が実行不可能であることを示しています。フランスの銃剣の助けを借りてのみで権威を主張できるようなスルタンは、アルヘシラス法規の目的であった独立を維持することができません。

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ドイツはこれらの事実を認識し、それに応じて政策を調整しなければならない。フランス軍がフェズにしばらく駐留した後、我々は友好的にいつ撤退する予定かを尋ねる。撤退できないと彼らが言うとき、我々はそのことは完全に理解しているが、我々はもはやアルヘシラス条約で規定されているようにスルタンを独立主権者としてみなすことはできないと答える。そしてこれは死文化した文書なので、署名国は行動の自由を取り戻す。フランスによるモロッコ併合に抗議しても何の役にも立たない。したがって、フランスが補償金を喜んで支払うような目的を確保しなければならない。

フランスがフェズの国民を保護するのと同じように、我々もモガドールとアガディールに平和的に艦船を駐留させることで、同じことをすることができる。その後、事態の進展を待ち、フランスが適切な補償金を我々に提供するかどうか見守ることができる。これらが実現すれば、過去の失敗を補い、来たる国会選挙に良い影響を与えるだろう。104

　カイザーは説得されてこの政策を承認したが、やり方が1905年のビューローとホルシュタインのやり方と危険なほど似ていることを予見すべきだった。

その後、彼はヴィクトリア女王の記念碑の除幕式に出席するためイギリスに向かった。ここで彼は心のこもった歓迎を受け、イギリスがフランスのモロッコでの行動を残念に思っているという印象を受けた。アーネスト・カッセル卿とルイ・フォン・バッテンブルク王子は、ドイツの政策がイギリスの政策と異なるものではないことを望んでいる、とほのめかした。しかし、カイザーとベートマンは、ドイツは1904年にイギリスからモロッコについて相談されておらず、レヴァル会談（p240）ではロシアからも相談されていなかったため、そうしたほのめかしを受け入れる理由はない、と考えた。105

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　キダーレンの計画は当初、うまく機能するように見えた。汎ドイツ系の新聞が賠償金やモロッコの分割を要求し始め、ドイツ政府が行動の自由をどのように行使するかについて不吉な沈黙を保ったため、フランスは不安になり始めた。

イズヴォルスキーは、自分の判断で「ベルリン内閣は極めて有利で巧みな立場を選択した。フランスの行動様式にまだ抗議することなく、いつでもアルヘシラス法規が侵害されたと発表する権限を留保している。このようにして、ドイツ外交は状況を支配し、現地の出来事の展開だけでなく、国内または外交政策の一般的な傾向に応じて、モロッコ問題を突然,より深刻化させることができる。…フランシス・バーティ卿は、ドイツはアルヘシラス法規が存在しないと宣言し、モロッコの大西洋岸の1つまたは2つの港（モガドールを含む）を占領する適切な時期を待っているだけだと個人的に確信している」と報告した。106

フランス軍の遠征隊がフェズを占領してから2週間後、スペイン軍がララシュに上陸した。一方、フランスは一転して、この行動がアルヘシラス法規に打撃を与え、国際情勢を危険にさらすものだと非難した。107

　1911 年6月中旬までに、フランスはドイツに対する補償について話し合う用意があるとほのめかした。カンボンは1911 年6月11日、モロッコはフランスの手に落ちざるを得ない熟した果実だと語り、非常に慎重にそのことをほのめかした。108

パリのクルッピはコンゴ・カメルーン鉄道計画に関連してそのことを言及したが、キダーレンは、それを単なる些細なこととみなした。彼はフランス領コンゴ全体を欲していたのだ！109

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しかし、ドイツ艦船がアガディールに現れてフランスが怯え、ドイツがモロッコを完全に放棄する代わりに、非常に寛大な申し出を申し出るまで、彼はそれを要求したくなかった。110

　そのため、1911 年6月20日にカンボンがキッシンゲンにやって来てこの問題について相談したとき、キダーレンは遠慮がちな態度を取った。カンボンが、フランスはコンゴで譲歩する用意があるが、ドイツがモロッコの一部を欲しがるならこれ以上話しても無駄だとほのめかすと、キダーレンは完全に同意した。

カンボンがキッシンゲンを離れてパリに向かい、フランス政府がいくらの譲歩を申し出るか見極めようとしたとき、キダーレンの最後の言葉は「パリから何かしらは持って帰ってきてくれ」だった。111

フランスからの申し出がないまま数日が経過し、カイザーが北方巡航に出発しようとしていたとき、キダーレンは（カイザーに）状況を報告し、モロッコに軍艦を送ることへの（カイザーからの）同意を再度得るために、キールに向かった。 6 月 26日、キダーレンの簡潔な電報「船舶許可」は、カイザーからの承認を得たことを示した。それに応じて、南アフリカから戻ってきた砲艦パンサーは、1911 年7 月 1 日にアガディールに停泊するよう命じられた。112

　1911 年7 月 1 日土曜日の午後、パンサーがアガディールに入港すると、ドイツはフランスおよびその他の列強に、最近の出来事によって原住民の間に生じた動揺に警戒したドイツの商社が、南モロッコでの生命と財産の保護を求めたことを通知した。そのため、ドイツ政府はアガディールに軍艦を派遣し、モロッコ情勢が落ち着き次第撤退する予定であった。113

ドイツ企業が南モロッコでの利益を保護するよう外務省に請願したのは事実であるが、114 キダーレンがこれを単なる口実として利用していたことは明らかである。

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彼の本当の動機は、フランスにコンゴの領土を惜しみなく提供するよう説得し、列強諸国にアルヘシラス法規が破綻したことを強調することだった。

　1911 年7 月 9 日、カンボンは再びキダーレンに会いに来た。彼はアガディールでの行動に深く落胆し、動揺していた。ドイツは事前の通知をしていなかったが、フランスはフェズに十分な通知を出していた。会談は長くて難しく、沈黙が繰り返された。両者とも相手に提案を求めていた。ついに「コンゴ」と「トーゴ」という言葉が出た。しかしどちらの発言者もそれ以上の約束をせず、それぞれがさらなる情報と指示を得なければならないと宣言した。115

この遅れと外交上の駆け引きは、カイザーからいらだちのこもったコメントを引き出した。

　4 週間も経っているのに！これは呪われた喜劇だ！何も達成されていない！今さら何をすればいいのだ？これはまったくの茶番だ。交渉に交渉を重ねても、決して先には進まない！我々が貴重な時間を失っている間に、イギリスとロシアは怯えたフランス人を強情にさせ、彼らが我々に許すことのできる最大限のことを彼らに押し付けている。116

　キダーレンは今や非常に困難な立場に立たされていた。カンボンが1911 年7月15日に再び彼に会いに来て、取るに足りない補償についてだけ話したとき、彼はもう遠回しに言うのをやめることにした。

彼は地図を取り、フランス領コンゴを指して、ドイツはそれを全部手にするべきだと言った。カンボンはびっくりして仰向けに倒れそうになった。彼は、フランス政府が植民地全体を手放すことは決してできないが、ドイツがトーゴとカメルーンの一部を手放すなら、その一部は引き渡されるかもしれないと宣言した。この会見から、キダーレンは「満足のいく結果を得るには、非常に強い態度を取る必要がある」という印象を受けた。117

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この問題のすべてが、まだ北方巡航中だったカイザーに電報で伝えられた。カイザーはこれまで以上に不満を募らせ、キダーレンの態度に不安を覚えた。カイザーは、自分が不在の間はフランスを脅かすような措置は取らないよう、はっきりと命じた。ドイツがアフリカの狭い領土を譲り渡せば、フランス政府がコンゴの領土をドイツに譲り渡すことが容易になることを認識したカイザーは、キダーレンがカンボンでこの条件で交渉を進めることを許可した。118

同時に、カイザーに同行していたTreutler, the Foreign Office Minister は、キダーレンに電報で「ご存じのとおり、戦争につながる可能性があると思われる措置にカイザーの同意を得るのは非常に困難です」と伝えた。119

キダーレンは、カイザーの（彼への）態度のために、そして彼は、フランスを屈服させる方法は、（ドイツ側の条件を）拒否すれば戦争になるかもしれない、とフランスに感じさせることだと自ら信じていたため、辞任する気になった。しかし、ベートマンは、カイザーが示した根拠に基づいて交渉を続けるよう、彼に説得した。120

＜英国の介入＞
　キダーレン・カンボン交渉がほとんど進展していないように思われたこのとき、イギリスが介入した。パンサー号がアガディールに向かう数週間前、エドワード・グレイ卿は、ドイツが西モロッコで賠償を求め、大西洋岸に海軍基地を建設しようとしているのではないかと懸念していた。イギリスはこれに何年も断固反対していた。それが、モロッコでフランスを支援する主な動機の 1 つだった。ドイツのパンサー号派遣は、グレイ卿の懸念を裏付けたようだった。そのため、1911 年7 月 4 日、彼はドイツに「ドイツ艦船がアガディールに派遣されたことで新たな状況が生じた。今後の展開は、これまでよりも直接的にイギリスの利益に影響を与える可能性がある。したがって、我々抜きで成立したいかなる新たな取り決めも承認することはできない」と警告した。121

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グレイがもしも、ドイツの本当の目的がコンゴであり、モロッコ大西洋岸の海軍基地ではないことを知っていたとすれば、それほど動揺はしなかっただろう。キダーレンは、この点について彼を安心させなかったという過ちを犯した。

しかし、キダーレン、ベートマン、カイザーは、補償に関する協議をフランスとのみ直接行うことに固執しており（c.f.p、184.第一次モロッコ危機の時に、国際会議で解決しようとして失敗していたため）、他国による介入は望ましくないと丁寧にほのめかしていた。122

彼らは、他国が協議に参加できないことで、フランスからより多くのものを引き出せると期待していた。グレイは、ドイツが、モロッコ問題の解決に関しての、英国からの7月4日の声明に対して、何らかの返答をするのを2週間以上待ったが、ドイツは沈黙を守った。

グレイは、フランス領コンゴとドイツのアフリカ領土の交換に基づくフランスとドイツの解決を受け入れる用意があったが、その条件は、フランスにとって受け入れ可能であり、ドイツがモロッコ海岸に足場を築く意図をすべて放棄することとなっていた。グレイは、フランス領コンゴで解決策を見つけるという提案を歓迎していた。123

しかし、キダーレンがコンゴ全体を要求したとき、フランスはグレイに、ドイツの要求は受け入れられないと告げ、1904 年のモロッコ協定に基づくイギリスの義務を思い出させ、この問題に対処するために、列強による別の会議を招集する主導権を取るよう提案した。123

　フランスとドイツの直接交渉が決裂しそうだというこの示唆は、ドイツがアガディールに留まるのではないかというグレイの懸念を、再び呼び起こした。そこで彼はドイツ大使に自分のところに来るよう頼み、非公式に「交渉が成功せずに終わる危険があり、そうなるとドイツはアガディールとその奥地で何をしているのか？という疑問が浮上するだろう」と理解していると伝えた。

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「これはイギリスの利益に関わる問題だ、と彼は言った。フランスとドイツが中央アフリカの植民地領土を交換することで和解に達する可能性があるという見通しがあった間は、彼はその問題を脇に置いていた。しかし、それが今やありそうになく、イギリスの重大な利益が関わっていることとなり、イギリスの意見も聞くべき時が来た、つまりグレイは、フランス、ドイツ、イギリスの間で三か国協議の時が来たと個人的に示唆することを願った。

ドイツの真の目的を突き止め、騒々しく厄介な新聞の干渉を受けずに、通常の秘密外交手段で対処したいと考えたグレイは賢明だった。しかし、メッテルニヒには、ドイツがアガディールの軍港ではなくコンゴでの補償を望んでいると伝える指示がなかった。したがって、新聞の騒ぎや「威信」の問題などあらゆる危険を伴うにもかかわらず、グレイはドイツに明白な公の警告を与える時が来たという結論に達したようだ。

その同じ夜、メッテルニヒにベルリンから新たな指示を受ける時間を与えずに、グレイはロイド・ジョージがドイツに「ドイツはアガディールの軍港を望んでいない」と発表することを許可した。イギリスが世界と協議するよう要求した。7月21日の有名なマンションハウス（ロンドン市長官邸）での演説で、ロイド・ジョージは次のように述べた。

　しかし、私はまた、このことを言わざるを得ない。イギリスが世界の大国の中でいかなる危険を冒してもその威信を維持することが、この国だけでなく世界にとって最大の利益であると信じている。イギリスの強力な影響力は、これまで何度も、そして将来も、人類の自由のために計り知れないほど貴重であった。イギリスは、その貢献を忘れがちな大陸諸国を、圧倒的な災難や国家の消滅から救ったことは、過去に何度もあった。私は平和を保つためなら大きな犠牲を払うだろう。最も重大な国家的瞬間の問題が、国際的善意を乱すことを認めるのだ、と私は考えている。

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しかし、以下のような状況が我々に押し付けられるならば、私は断言するが、そのような代償を払って平和を得ることは、我が国のような偉大な国にとって耐え難い屈辱となるだろう。すなわち、何世紀にもわたる英雄的行為と功績によって英国が勝ち取った偉大で有益な地位を放棄し、英国の利益が重大な影響を受ける場合に、英国が諸国内閣において無価値であるかのように扱われることを許すような状況である。125

　この演説はドイツにおいて怒りを爆発させ、ドイツでは脅迫と解釈され、英国がドイツとフランスの交渉に干渉しているという印象を受けたが、そんなことは、英国には関係のないことだった。

過度に反ドイツ的とみなされていたグレイ自身ではなく、平和主義者で概してドイツに好意的であると評判のロイド・ジョージがこの演説を行ったことは、なおさら効果があった。

彼がこのように発言したとき、彼は政府によって、警告をより一層強調するために選ばれたとみなされた。首相とエドワード・グレイ卿の両者が相談し、ロイド・ジョージの行動を承認した。内務大臣だったウィンストン・チャーチルはそれに熱心だった。126

しかし彼は、それが危険な火遊びであることを知っていたことを明確にしている。それは、海軍の競争から生じたイギリスとドイツの間の既存の緊張を大いに高めた。カイザーとベートマンが、モロッコ事件がヨーロッパの紛争を引き起こすことを許容していたら、確かに簡単に戦争に発展したかもしれない。

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しかし、最終的にモロッコ問題の平和的解決に貢献した2つの結果が生み出された。①ドイツはすぐにイギリスに、グレーの大きな懸念材料であったモロッコ大西洋岸に拠点を置くつもりはないと通告した。また、②ドイツはフランスに対する要求をいくらか緩和した。

4か月に及ぶ長期にわたる困難な交渉の後、キダーレンとカンボンは1911年11月4日の協定に署名することができた。

これにより、ドイツは、フランスがモロッコに希望する保護領を設立する可能性があることを事実上、認めた。その見返りとして、フランスはフランス領コンゴの10万平方マイル以上を割譲し、ドイツにカメルーンの製品を輸出するために切望されていたコンゴへの2つの河川の出口を与えた。領土交換の印象を与え、フランス政府がフランス世論に対して協定を正当化しやすくするために、ドイツはチャド湖の東にある価値のないカメルーンの小さな領土である「アヒルのくちばし」をフランスに割譲した。この協定が、かなり公平な妥協案であったことは、両国のナショナリストや植民地主義者から激しい批判と反対を受けたという事実からも明らかである。127

　イギリスとドイツの間でも、アガディール危機は両政府間の摩擦を増大させただけでなく、ドイツの好戦的傾向に対するグレイの疑念を深めたようだ。

これは、回想録128 におけるこの件に関する彼の観察から明らかであり、彼は (事実とはまったく反対に)「アガディール危機はフランスに対する外交的屈辱か戦争で終わることが意図されていた」とほのめかし、さらに「ドイツの軍国主義者はアガディール危機でひどく失望し、次の危機が来たとき、彼らが主導権を握っていた」と付け加えている。129

当時の彼の気持ちは、ロンドンのロシア大使への彼の発言で顕著に表現されている。「ドイツとフランスの間で戦争が起こった場合、イギリスは参加しなければならないだろう。

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もしこの戦争にロシアが関与することになった場合（大使はそうすると彼に断言したばかりだった）、オーストリアも巻き込まれることになるだろう。なぜならオーストリアはこの件に干渉する意志は微塵もないが、状況の力でそうせざるを得なくなるからだ。そのような事態になれば、アルバニアの状況が悪化することは間違いない。その結果、フランスとドイツはもはや対決ではなく、全面戦争になるだろう」130

しかし、グレイは、ヴィルヘルムが戦争を望んでいるとは思わないと付け加えた。2週間前、ロシア大使は次のように報告していた。「事実を隠しても無駄だ。さらに一歩進めば、フランスとドイツとの紛争の結果として、イギリスとドイツの間で戦争が勃発するだろう。ただし、フランスとドイツとの紛争とは関係ない」。

　イギリスとフランスの間では、1905年のモロッコ危機と同様に、アガディール危機が両国の絆を強めることになった。フランスは、ロイド・ジョージの演説と、イギリスが1904年の協定で約束された外交的支援だけでなく、1906年以来両国間で行われてきた軍事および海軍の「会談」で検討されていた軍事的支援も与えるという兆候に感謝した。

キダーレンがコンゴ全土を要求した後、そしてロイド・ジョージのマンションハウス演説の前日の1911年7月20日、フランス陸軍省で、イギリス軍参謀本部軍事作戦部長ウィルソン将軍とフランス参謀総長デュバイル将軍の間で会議が開かれた。その目的は「ドイツとの戦争の際に、北東部におけるフランス軍の作戦に、イギリス軍が参加するための新たな条件を決定すること」であった。131

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会議の議定書では、いつものように「いかなる公式的性格も持たないこれらの会談は、いかなる形でも両政府を拘束することはできない」と明記され、単に「不可欠な準備措置を予見すること」が目的とされていた。

しかし、6週間後、ドゥバイル将軍は、フランス軍は「その左翼でイギリス軍の支援を受けて」ドイツに対する攻勢に出る用意があると、ロシア軍に疑いの余地がないかのように述べた。132

　ポツダム協定の結果、ドイツとのより友好的な関係を築いたばかりのロシアは、アガディール事件でフランスをあまりに積極的に支援することで、この関係を危険にさらすことを望まなかった。当初、同盟国からベルリンで意見を述べるよう要請されたとき、ロシアは形式的なやり方で応じたが、実際に圧力をかけることはなかった。133

その後、コンゴとカメルーンの領土交換をめぐる独仏間の長い交渉の間、イズヴォルスキー自身は、フランスを穏健化するために「全力を尽くして」働きかけ、ドイツ側の要求の多くに屈するようフランスに促したと述べている。134

このことは、カイヨー135 と、ロシア駐在フランス大使ジョルジュ・ルイによって確認されている。ルイは、ロシアは同盟への署名を尊重するが、モロッコのような植民地問題が原因の露仏戦争をロシア世論が理解することはほとんどないだろう、と報告している。

またルイがツァーリに、ロシアにとってのコーカサスや黒海の管理と同様、モロッコはフランスにとっての生命線的利害がある、と指摘した時、ニコライ2世は「紛争の回避を念頭に置いてください。ご存知のとおり、我々の準備は完了していません。」」と答えた。136

p293
ロシアはこの時点ではモロッコをめぐる戦争に巻き込まれることを望んでいなかった。フランスがこれまでバルカン問題に巻き込まれることを望んでいなかったのと同様だ。

ロシアは、ヨーロッパ戦争の危険を冒す以前に、陸軍と海軍をさらに増強する必要があった。しかし、ロシアがフランスの植民地権益を、フランスがロシアのバルカンへの野望をこのほど冷淡に支持したという事実自体が、1911 年以降、イズヴォルスキーが仏露同盟を強化するさらなる刺激となった。そして、この同盟強化において、1912 年初頭にフランスの外務大臣となったポアンカレの支援がすぐに得られた。

　アガディール危機と、それに伴うモロッコと西地中海に対するフランスの支配の強化のもう 1 つの影響は、イタリアが、トリポリを占領する時が来たと決断したことだ。これにより、トルコは弱体化し、セルビアとブルガリアはロシアの支援を得てバルカン同盟の結成に向けて急いで行動を起こし、バルカン戦争へと発展した。この戦争はセルビアとオーストリアの関係をさらに悪化させ、世界大戦の主因の一つとなった。

THE HALDANE MISSION, 1912
＜英独の建艦競争の影響＞
　1908年、ティルピッツは、1908年から1911年まで毎年4隻の主力艦、1912年から1917年まで毎年2隻の主力艦を建造するという海軍計画を帝国議会で採択させた。

イギリスは、実際の安全と英独関係への悲惨な影響の両方について大いに不安になった。そのため、彼らは中止を呼びかけたり、何らかの合意に達したりしようと努力したが、カイザーの断固たる反対により失敗に終わり、1908年8月にクロンベルクでチャールズ・ハーディング卿との会談となった。

　その後数か月間、イギリスの不安は着実に高まり、ドイツによるイギリス侵攻を想像する恐怖が広がった。両国間の敵対関係は、不幸なデイリーテレグラフ事件によって、さらに深まりった。

p294
カイザーは、イギリスの友人に、自分がイギリスに敵対しているという考えを否定する極秘話の要約を許可した。イギリス人がドイツ海軍を疑うなんて「気が狂っている」と彼は言った。ドイツ海軍は、イギリスを攻撃するのではなく、単にドイツの商業を守るだけだったのだから。

カイザーはイギリスの友人だったのだ。彼は、イギリスに対して友好的ではない感情が広まっているドイツ国民を抑えたかった。

しかし、イギリスの疑念と新聞の攻撃は、平和を維持するという彼の任務を困難にした。

過去の友好的な態度の証拠として、彼は、ボーア戦争の際、フランスとロシアに加わって、ボーア人のためにイギリスに圧力をかけることを拒否したことを思い出した。それどころか、彼は、ボーア人に対する作戦計画をヴィクトリア女王に送ったことさえあった。

カイザーは、この要約の原稿を北海沿岸のノルデナイにある夏の別荘にいるビューローに送った。ビューローはそれを検討することなく、外務省に送って検討とコメントを求めた。しかし、ここで役人は、それがビューローの承認を得ていたと思い込み、それを公表し、それは1908 年 10 月 28 日のロンドンデイリーテレグラフ紙に掲載された。137

　カイザーは、この記事がイギリスの疑念を晴らし、両国の関係を改善することを期待していたが、それはまったく逆の効果をもたらした。北海の両岸で新聞による激しい攻撃を引き起こし、その多くはカイザー個人に向けられたものであった。すなわち、イギリス人はカイザーの誠実さを疑い、カイザーの助言がボーア戦争の勝利に役立ったという考えを嘲笑し、憤慨した。すなわちだがしかしイギリス人は、ドイツでの支配的な感情がイギリスに敵対的である、とカイザーが認めたことは不吉なことだと認識した。

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ドイツでは、自由党と社会党が、彼の軽率な行動と彼の個人統治の危険性に激しく抗議した。ビューローは辞表を提出したが、カイザーが、今後は首相の助言なしに政治を語らないと約束した後、辞表を撤回した。しかし、この事件から生じた帝国議会での大きな議論で、カイザーは、ビューローが君主の立場を十分に擁護しなかったと感じた。彼はもはや首相を以前ほど好意的にも信頼もしなくなった。

　イギリス駐在のドイツ大使メッテルニヒ伯爵は、両国が相互の誤解と非難に陥り、いつか戦争につながるかもしれないのを見て、非常に心を痛めた。

イギリスの世論は、内閣が「二国標準」（イギリス海軍は他の二国海軍を合わせたのと同程度に強力であるべき）を保証すること、そしてドイツが毎年4隻の弩級戦艦を建造するならイギリスは8隻を建造すべきであることを要求していた。ロバーツ卿は、イギリスを奮起させて巨大な軍隊を創設し、統一兵役の大陸の制度を採用しようと国中を巡り、ドイツを将来の敵と名指しした。

メッテルニヒの報告によると、1年前ならこれらの演説は誇張しすぎていて何の印象も残さなかっただろうが、今日ではもっと真剣に受け止められているとのことだった。

この不安と動揺の根本原因は、ドイツ海軍の急速な増強にあるとメッテルニヒは信じていた。そこで彼は、ドイツの建造計画を年間4隻から3隻に減速し、イギリスと何らかの合意に達するよう努めることが望ましいと提案した。138

　ビューローは、個人的にはこの提案に賛成だった。イギリスとの合意を促進するため、彼は1909年のモロッコ和平を急いで行い、イギリスの不信の政治的原因の1つが取り除かれることを期待した。彼はメッテルニヒの電報をティルピッツに送ってコメントを求めた。

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　しかし、ティルピッツ提督は賢明なメッテルニヒ大使のイギリスの状況診断に根本的に反対した。

ティルピッツはイギリスに関する情報の一部をドイツ海軍武官から得ており、彼らの報告はしばしば、彼らの主君の声と希望の反響のように聞こえていた。

ティルピッツはイギリスの不安と動揺の根本的な原因はドイツ海軍ではなく、ドイツの産業と商業の競争であると主張した。イギリスは今や立派なドイツ海軍という考えに慣れつつあったが、彼らを悩ませているのは、17世紀のオランダのように、ドイツが至る所でイギリスの貿易を奪い、市場を占領しているという事実だった。海軍計画を遅らせてもあまり役に立たないだろうし、いずれにせよそれは法律で定められており、変更することはできなかった。イギリスの騒ぎの結果としてそれを変更することはドイツにとって耐え難い屈辱であり、イギリスにおける海軍の宣伝を助長するだろう。したがって、ドイツは「危険海軍」の創設を進め、イギリスの攻撃を受けずに「危険地帯」を安全に通過できると信じることとなった。

また、彼は、ロンドンでのいらだちや不安の原因であると信じていた弩級戦艦に投じるよりも、イギリスが反対しないであろう海岸要塞、魚雷艇、潜水艦などの海軍防衛にもっと資金を投じる方が賢明である、というビューローの提案も拒否した。彼は、ビューローがそれを主張するなら辞任すると脅した。139

　デイリー・テレグラフ事件でカイザーの支持が弱まったビューローは、ティルピッツに屈し、当面は、メッテルニヒの提案を、事実上放棄した。彼は、1909年2月にエドワード7世がベルリンを訪問した際にも、クルー卿が海軍の競争問題に触れた際にも、主導権を握る機会を逃した。

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　メッテルニヒが予測したように、イギリスの動揺は続き、その影響で第一海軍大臣のマッケナは、向こう3年間、イギリスは、ドイツの4隻の建造に対抗して、毎年6隻の弩級戦艦を建造すべきだ、と提案した。

内閣と議会の相当数の議員は、イギリスの優位性を保つには、イギリスの艦艇が4隻あれば十分だと考えた。彼らの反対を克服して法案を通すために、マッケナはドイツ艦艇の完成速度を誇張した。彼は、ドイツが密かに前もって資材を集めて「通常の速度」を超え、ドイツ海軍法で想定されていた1912年ではなく、1911年には13隻を早くも完成させていると主張した。これはメッテルニヒが事前にグレイに明確に保証していた実際の意図だった。140

したがって、1911年には、イギリスの16隻に対してドイツは13隻の弩級戦艦を保有し、その後の数年間はさらに危険な割合になる可能性があった。海軍大臣のこうした発言は、一般の不安感を第一級の「海軍の恐怖」に結晶化させた。

国民は、ドイツがイギリスに先手を打とうとしていると信じ、マッケナが要求した6隻ではなく、8隻を要求した。「我々は8隻が欲しい、待つつもりはない」というのが国民の叫びだった。結局、8隻が投票で決定され、そのうち4隻は一度に、残りの4隻は、ドイツが建艦計画に応じて、建造を続けることを条件としていた。

　英独関係への影響は嘆かわしいものだった。カイザーーはマッケナの「嘘」に憤慨し、欺かれて、グレイに対してもっと厳しい態度を取らなかったメッテルニヒを責めた。141

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カイザーは特に、メッテルニヒがイギリスに、ドイツは将来的に計画をこれ以上拡大するつもりはない、という理解を与えたことに不満だった。「それは、イギリスから何の反感も受けず、数え切れないほどの嘘、中傷、疑惑、無礼な態度しか受けずに、いきなり与えられた莫大な個人的譲歩だった」142

　マッケナは後に自分の発言が間違っていたことを認めたが113、しかしそれによって、英独間の敵対関係はさらに悪化した。イギリスの計画に暗示されていた4隻の条件付き艦船の申し出を考慮して、ビロウビューローは特別会議を招集し、ティルピッツ、ベートマン、モルトケ、そしてロンドンからメッテルニヒが出席した。しかし、ティピッツとカイザーが要求した条件は、交渉を始める見込みがないほどのものだった。114

3 週間後、ビューローは財政法案で帝国議会で敗北し、辞任した。その後まもなく、イギリスは 4 隻の条件付き艦船の船体建造を引っ込めた。

　一方はメッテルニヒとビューロー、他方はティルピッツとカイザーの間のこの国内紛争においては、前者が賢明であったことは疑いの余地がない。

ティルピッツが主張したように、商業と産業の競争が英独間の対立を引き起こしたのは事実だが、メッテルニヒが信じたように、海軍問題が根本的な原因であり、イギリスは、彼らの商業と帝国の存在そのものにとって不可欠な海軍の優位性を、どんな犠牲を払ってでも維持しようと決意していた、ということがはるかに真実である。

メッテルニヒは次のように述べており、まったく正しかった。「ティルピッツがわが海軍の発展に果たした貢献は疑いようもなく偉大である。しかし、軍事力、技術力、組織力は、必ずしも正しい政治的判断と結びついているわけではないことは、ここでも明らかである。イギリスに関する彼の判断は実際の事実とあまりにも矛盾しており、あたかも彼が事実に目をつぶっているかのようだ。」145

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　ビューローの後を継いで首相となったベートマン＝ホルヴェークは、イギリスとの海軍協定締結の必要性についてメッテルニヒの意見に同意した。

彼は、ドイツが1908年の計画を正式な国会修正によって修正することは期待できないが、年間4隻という認可されたドレッドノート艦よりも少ない建造数で「建造速度を遅らせる」ことはできると考えていた。その見返りとして、イギリスが植民地問題やバグダッド鉄道に関して譲歩し、おそらく何らかの中立の約束をしてくれることを期待していた。このことを念頭に、彼は1909年8月にイギリス大使サー・エドワード・ゴッシェンとの交渉を開始したが、何の成果も得られなかった。146

その後の2年間で、彼はこの考えを数回取り上げ、また海軍造船所の相互訪問や海軍武官による情報交換など、海軍間の競争や疑念を和らげるためのさまざまな小さな提案も行った。しかし、彼は成功しなかった。147

最終的に、1911 年の秋、アガディール危機の熱がいくらか冷めた後、このアイデアは 2 人の実業家によってより明確に実行に移された。

＜バリンとカッセル＞
　ハンブルク・アメリカ連合の指導者アルベルト・バリンは、ドイツ海軍の急速な増強が英独間の対立の主因であり、いつか戦争につながる可能性があると考えていた。彼は、この海軍間の競争は、フランス・ロシア同盟よりもヨーロッパの平和にとってはるかに深刻な脅威であると考えていた。

彼はまた、ティルピッツやカイザー、そしてベートマンと非常に親密で友好的な関係にあった。彼は、ドイツ政府が 1912 年の春に新しい海軍法を国会に提出するつもりであることを知っており、事態が悪化する前にイギリスと何らかの合意を結びたいと考えていた。

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彼の友人、サー・アーネスト・カッセルは裕福で影響力のあるロンドンの銀行家だった。ドイツ生まれのカッセルは少年時代にイギリスに移住し、生まれ故郷の利益を、移住先の国と同じくらい心から大切にしていた。ドイツでのバリンと同様、カッセルはイギリスで政府に役職に就くことなく、社会的、政治的に大きな影響力を持つ地位を享受していた。

彼は銀行家として、また政治顧問としてエドワード7世の親友となった。彼は「シティ」のイギリス人実業家たちの間で、またイギリスの政界でも大きな影響力を持っていた。

1909年7月以来、バリンとカッセルは、ドイツとイギリスの理解をどう実現するかについて相談していた。148

1911年から1912年の冬、ベルリンとロンドンの外務省が植民地協定の可能性について議論し149、 イギリス人がドイツ海軍法が間もなく施行されるという噂を懸念し始めていたとき150、 バリンがカッセルに会い、カッセルはサー・エドワード・グレイと連絡を取った。これにより、ハルデイン使節団の道が開かれた。

1912 年 1 月 29 日、カッセルはエドワードグレイ卿、ウィンストンチャーチル、ロイドジョージによって承認された覚書 1５1 を携えてベルリンを訪れた。この覚書は、公式交渉を開始するための基礎となるもので、内容は次のとおりであった。

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1. 基本事項。海軍の優位性は英国にとって不可欠であると認識されている。現在のドイツの海軍計画と支出は増加せず、可能であれば遅らせ、削減する。

2. 英国はドイツの植民地拡大に干渉しないことを心から望んでいる。これを実行するため、英国はその方向へのドイツの願望が何であれ、直ちに協議する用意がある。英国はドイツを支援できる分野や特別な点があると知れば喜ぶだろう。

3. いずれかの国が他方に対する攻撃的な計画や結託に参加することを禁じる相互保証の提案は歓迎される。152

　アーネスト・カッセル卿はこの覚書をドイツ首相に示し、首相は書面で、英国政府が取ったこの措置を歓迎し、1912 年の新しいドイツ海軍予算がすでに準備されている点を除いて、覚書に全面的に同意すると回答した。カッセルは、エドワード・グレイ卿がベカイザールリンを訪問してくれるなら、交渉を迅速に進める最も効果的な方法なので、自分と皇帝は大いに喜ぶだろう、と付け加えた。

また、カッセルに新しい補足海軍法の案の概略を渡した。この案では、5隻の予備艦と3隻の新造艦から構成される第3の新しい海軍艦隊の創設が示されていた。今後6年間に建造されるこの3隻の新造艦は、1908年の計画に主力艦3隻を追加するものであった。つまり、1908年の計画では1912年から1917年の間に毎年2隻の主力艦が建造されることになっていたが、新しい提案では1912年、1914年、1916年に3隻の艦が建造されることになる。153

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　カッセルはこれを持ち帰り、グレイの代理として、ドイツの建造率の修正などにより、ドイツの海軍費がイギリスの海軍費の大幅な増加を不要にするような形で調整できるならば、「イギリス政府は、海軍費の問題は議論の余地があり、それを有利に解決できる見込みが十分にあるという理解のもと、直ちに交渉を進める用意がある」と返答した。154

この理解が受け入れられたならば、イギリスの大臣グレイがベルリンに来るだろう。ベートマンは、イギリスが全般的な政策を友好的に方向付けるという十分な保証を与えるならば、それは受け入れられると返答した。

「合意は、両国がいずれの国に対しても向けられた計画、共謀、または戦争行為に参加しないことに同意するという声明を表明しなければならないだろう。」 155

　エドワード・グレイ卿自身は、ベルリンへの心のこもった招待を受け入れようとしなかった。12年後の回想録によると、その理由は「（自分のドイツ）訪問がパリで疑惑と不信を引き起こすかもしれない」という彼の恐れだった。つまり、計画全体は「ベルリンでドイツの都合に合わせて公言したり否認したりできる、ささいな非公式策略の一つ」かもしれないし、彼は、「それが何かの成果をもたらすとは思っていなかった」とも述べた。 156

おそらく当時のグレイの最大の動因は、ドイツに対する深い不信感と、フランスを驚かせて協商国を弱体化させることへの恐れだった。彼はベルリンに自ら行かないことに決め、代わりに陸軍大臣のハルデン卿が行くように手配した。彼はハルデンの訪問が「プライベートかつ非公式なものであって、何も成果がなかったとしても、大騒ぎにならず、国民にほとんど失望を与えないこと」を望んだ。157

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＜ハルデンのドイツ訪問＞
1910 年、ベートマンがイギリスとの協定を結ぼうとしていたとき、グレイはベルリン駐在のイギリス大使に「海軍費の相互停止または削減は、協定が価値あるものかどうかの試金石である」と書き送っており、ベートマンの提案では「海軍問題は十分に重要視されていなかった」と述べている。158

グレイは、1912 年にドイツ海軍が削減される可能性はこれ以上ないと考えていたようだ。彼はカイザーが主導権を握ったと確信していたようた。159 もしも彼がベルリンに行き、交渉が失敗に終わった場合、ドイツ政府はグレイに責任を負わせようとしただろう。

しかし、何よりもグレイは、フランスとの協商をほんの少しでも危険にさらすまいと決意していた。彼は、ウィンストン・チャーチルから、海軍本部はティルピッツが望んでいる新しいThird Squadronに対抗するために地中海艦艇群を本国に持ち帰ることを検討している、と聞かされていた。そして、こうした措置は、地中海においては、フランスに頼ることを意味する（後に実際に取り決められたように）ので、協商関係の変化は、たとえグレイがそれを望んだとしても、絶対に不可能なことであった。160

フランスの不安を和らげるために、グレイはすぐにフランス大使ポール・カンボンに、予定されている交渉について知らせ、ドイツと手を握るようなことは何もしないと保証した。161

ポール・カンボンへの彼の声明は、ハルデン使節団について、彼がいかに限定的な考えしか持っていたかを示している。つまりハルデン（の使命）は「ドイツの最近の申し出が真剣なものかどうか調べることだった。彼はまた、バグダッド鉄道に関する情報収集を試みた。しかし、交渉に入ることが問題なのではなかった。我々はドイツ政府の意図を知り、海軍計画についてその計画を尋ねることだけを望んでいる」。162

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エドワード・グレイ卿のこの態度自体が、ハルデン・ミッションの失敗を予感させた。

　他の 2 つの状況も、ミッションの失敗を招きかねないものだった。ハルデイン卿がベルリンに到着した 2 月 7 日、カイザーは帝国議会開会演説で、陸軍と海軍の増強計画は議会の後半に導入される、と大まかに発表した。

これに対して、ウィンストン・チャーチルはグラスゴーで反抗的な演説を行い、ドイツ海軍を「贅沢品」と形容した。「英国海軍は我々にとって必需品であり、ある観点からは、ドイツ海軍は彼らにとってむしろ贅沢品である。…他の海軍国は、我々がさらに努力して追いつくどころか、我々自身が講じる措置の結果、ますます追い抜かれるだけだということを我々は明らかにするだろう。」この演説は、ベートマンとの理解を心から望んでいたジョン・モーリーや、イギリス内閣の比較的平和的なメンバーの気分を害し、ドイツでは少なからぬ憤りを招いた。163

　こうした不吉な状況にもかかわらず、ベルリンでのハルデン卿の歓迎は極めて心のこもったもので、彼自身と特にカイザーの心の両方にかなりの楽観主義を呼び起こした。

1912年2月8日、ハルデンの最初に会見は、英国大使館でのベートマンとであった。彼は、ベートマン首相も自分と同じように戦争を避けたいと心から望んでいるという印象を受け、その後もその印象を抱き続けた。翌日、彼はティルピッツとカイザーと昼食をとり、長く友好的な議論を行った。

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彼は、イギリスが貿易と重要な食料や原材料の供給を守るのに十分な規模の艦隊を持つ必要があることを強調した。ドイツは好きなように建造する自由があるが、イギリスも同様であり、ドイツが計画に加えるごとにイギリスはおそらく2隻のキールを建造するだろうと認めた。

彼とティルピッツの間で二国間標準と海軍比率について長い議論が行われたが、両者が納得できる根拠は見つからなかったため、カイザーは、当面造船計画の議論は避けた方がよいと提案した。両国の海軍の比率を定めようとするのではなく、協定で一般政策と植民地問題という政治的問題を扱う方がよいだろう。

この合意が締結され、公表された後、カイザーはティルピッツに、イギリスとの新しい政治協定によって状況が完全に変わったこと、そして新しい海軍法で1912年、1914年、1916年に建造が提案されていた3隻の追加艦艇は1913年、1916年、1919年まで要求されないことを帝国議会で報告させるつもりだった。ハルデンは巧みに彼の提案に同意し、翌日にはベートマンと何らかの政治協定の方式を練ろうとすることで合意した。164

1912年2月10日の長い最後の会談で、ベートマンは政治協定の方式として次のものを提案した。

I. 締約国は、平和と友好への望みを相互に保証する。

II. いずれの締約国も、相手国に対抗するいかなる結託も、またいかなる結託にも加わらない。いかなる結託にも拘束されないことを明示的に宣言する。

III.いずれかの締約国が他の一つ以上の国との戦争に巻き込まれた場合には、他方の締約国は少なくともそのように巻き込まれた国に対して善意ある中立を守り、紛争の局地化に最大限の努力を払うものとする。

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IV. 前条から生じる中立義務は、締約国が既に締結した既存の協定と両立しない限り、適用されない。前条の制限によって規定されている範囲を超えて、締約国のいずれかが他方に対して中立を遵守することを不可能にする新しい協定の締結は、第 2 条に含まれる規定に従って排除される。165

　ハルデンは、第 3 条の範囲が広すぎるとして反対した。ドイツがフランスを攻撃し、ダンケルク、カレー、ブローニュなどの港を占領しようとした場合、イギリスはフランスに援助に駆けつけることができない。イギリスはこれを決して容認できない。なぜなら、これらの港がフランスの友好的な手中に留まることがイギリスの安全にとって不可欠だからである。

彼は、イギリスがデンマークを攻撃し、海軍基地やドイツにとって不快な他の目的物を占領すると仮定した場合、ドイツは自由に行動しなければならない、と述べた。

同様に、ドイツが「その膨大な軍団」を率いてフランスに攻め入った場合、イギリスは中立を維持する義務を負うことはできない。さらに、そのような方式は、イギリスがベルギー、ポルトガル、日本に対する既存の条約上の義務を履行する上でも妨げとなる可能性がある。

そこでハルデイン卿は、第 II 条と第 III 条を次のように修正することを提案した。

II. 両国は、一方が他方に対して、挑発されていない攻撃を行ったり、行う準備をしたり、侵略を目的として他方に対していかなる連合や計画にも加わったり、そのような目的に向けた単独または他の勢力との連合によるいかなる計画や海軍または軍事事業にも参加しない。

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III. いずれかの締約国が、他の 1 つ以上の国との戦争に巻き込まれ、その国が侵略者とは言えない場合、他方の締約国は、少なくとも巻き込まれた国に対して善意の中立を守り、紛争の局地化に最大限の努力を払う。166

　合意を取り付けようと熱心に取り組んだベートマンは、この餌に食いついたが、受け入れるつもりはなかった。しかし、後にドイツは、もっともな理由から、「挑発されていない」および「侵略者」という言葉の解釈があまりにも不確実であると主張した。戦争につながる複雑な状況では、どちらの側が本当に侵略者であるかを判断するのは常に難しい。中立をこの解釈の不確実性に依存させることは、合意の価値をすべて奪うことになる。ドイツがロシアおよびフランスとの戦争に巻き込まれたと仮定すると、イギリスの中立は、ドイツが戦争を「挑発した」とイギリスが判断するかどうかに左右されることになる。

　植民地問題に関しては、ハルデンとベートマンが暫定合意に達するのはずっと容易だったが、それはどちらにとっても拘束力があるとはみなされなかった。ポルトガルの植民地を処分するにあたって、ドイツはアンゴラ、イギリスはティモールを手に入れることになっていた。ドイツはケープ・カイロ鉄道の通行権を与える代わりに、ベルギー領コンゴを買うかもしれない。イギリスは、バグダッド鉄道に関して、ペルシャ湾近くのバグダッドからバスラまでの区間の 51% の支配権など、満足のいく取り決めと引き換えに、ザンジバルとペンバを割譲するだろう。167

　海軍の競争に関しては、ハルデンは、カイザーによって公に発表された新しい海軍法は帝国議会に提出されなければならないことには同意をしたが、カイザーが前日に言及した建設のわずかな延期をイギリス内閣が満足できるものとみなすかどうかは非常に疑わしかった。

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イギリスは対抗措置を取らざるを得なくなり、両国が海軍費を増大させている時期に、イギリスの世論が両国間の「政治的合意」を承認する可能性は低いだろう。

　ロンドン政府とベルリン政府がさらに議論するためにこれらすべての点を書き留めた後、ハルデン卿はポケットにドイツ海軍法案の草案を携えてイギリスに戻った。

これはカイザーから内密に渡され、同僚に個人的に見せることは許可されていたが、その内容は帝国議会とドイツ国民にはまだ知られていなかった。それは技術的な知識を必要とする分厚い文書であったため、ハルデン卿はベルリンでそれを研究しようとはしなかった。

彼がそれをウィンストン・チャーチルと海軍本部に検査のために引き渡したとき、彼らはそれがイギリスとドイツの両方にとって非常に深刻な海軍費を必要とすると考えていた。

そこでイギリスは、計画されている3隻の新しい主力艦だけでなく、ドイツが新しいThird Squadronに供給しようと計画している人員と経費の大幅な増加にも注意を喚起する覚書を作成し、ベルリンに送った。それを満たすには、イギリスは現行法を超えて、ドイツ海軍に追加された主力艦1隻につき、2隻のキールを1隻ずつ減らさなければならない。また、イギリスは艦隊を国内海域にさらに集中させ、今後6年間で150万ポンドを費やすことになる。世論は、これらの深刻な措置と対抗手段が、友好関係の同時回復にふさわしいとは考えないだろう。108

言い換えれば、メッテルニヒが率直に報告したように、「政治協定」は海軍法で破綻の危機に瀕していた。前者を救うには、ドイツは後者を放棄するか、大幅に修正しなければならない。

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実際、グレイは数日後、両国が海軍費を増大させている現時点では、いかなる政治的合意にも署名することは不可能だと、世論がそれを矛盾とみなすだろうと、きっぱりと彼に告げた。169

　ベルリンでは、この覚書は悪い印象を与えた。グレイは理解の望みをすべてくじいたようだった。彼はベルリンでハルデンが合意した議論の基盤を放棄し、それを中立協定から逸らし、海軍法と海軍の詳細に対する批判を優先させた。その一部（人員増加の問題など）はハルデンによってまったく言及されていなかった。

植民地問題でも、グレイは当初主張していたことを撤回し、困難を生じさせているようだった。彼は、オランダがティモールを購入する優先権を持っていること、イギリスがドイツの領土の一部と引き換えにザンジバルとペンバを手放すことはほとんど不可能であることを見出した。そして、バグダッド鉄道の譲歩案は取るに足らない、不満足なものだった。170

　カイザーは、イギリスの態度の変化に特に憤慨した。彼はベルリンでのハルデンの会話に基づいて交渉を進めるつもりだったが、ロンドンでグレイが採用している新しい基準に基づいては、交渉を進めようとはしなかった。

この趣旨の覚書がメッテルニヒに提出されたが、ベートマンによって数日間延期された。しかし、彼とキダーレンはグレイを満足させるために依然として勇敢な闘いを続けていた。彼らはティルピッツとカイザーに、3隻の主力艦の追加を放棄し、海軍法の公布をさらに延期するよう説得しようとしていた。171

しかし、カイザーは、海軍法がすでに演説で発表され、2週間以上イギリスの手に渡っていたため、海軍法を帝国議会に提出することを待ちきれなかった。

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ベートマンの強い要望により、イギリスとの交渉に支障をきたさないよう、これまで公表が控えられていた。ついに3月5日、カイザーはベートマンに電報を打ち、メッテルニヒ宛の覚書を3月6日の朝までにグレイに届け、その日の夕方に海軍法を国会に提出しなければならないと伝えた。

また、異例の措置として、カイザーは、メッテルニヒに直接自ら電報を打った。イギリスはハルデンが合意した基本を放棄したようで、カイザーは主力艦の一部延期を除き、その基本と海軍法に従うが、海軍の人員についてはイギリスとの協議事項にはならない、という内容だった。イギリスが地中海から北海に艦船を撤退させれば、これは戦争の脅威とみなされ、海軍法の強化と動員の可能性で対応することになるだろう。172

　ベートマンは辞表を提出した。彼は、首相と事前に協議することなく、このような政策やドイツ大使に対するカイザーの直接の指示に対して、もはや責任を負うことはできなかった。カイザーは急いでベルリンに戻り、ベートマンに留任するよう説得し、海軍法のさらなる延期とイギリスとの交渉の継続に同意した。すると今度は、ティルピッツが、海軍法が完全に廃止されるなら辞任すると脅した。173

両大臣の間で激しい国内対立が起こった後、ティルピッツ提督は文民の首相に、事実上勝利した。ティルピッツがすでに渋々認めていた主力艦の建造時期を遅らせるという些細な問題以外、海軍法の緩和は行わないことが決定された。

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　一方、ベートマンはイギリスとの交渉を続けていたが171、 中立協定や海軍力制限に関しては、成功の見込みはまったくなかった。3 月 29 日、グレイがメッテルニヒに、イギリス内閣がベートマンの当初の中立方式に断固反対することを伝えた時点で、交渉は事実上絶望的となり、放棄された。

グレイは代わりに、はるかに制限された別の方式を提案したが、ドイツは、それはイギリスとの戦争に対する十分な保障を与えないとして、拒否した。175

すでに 3 月 18 日、ウィンストン・チャーチルはイギリス海軍予算を議会に提出し、ドイツの 1 隻追加につき 2 隻のキールを準備し、予想されるドイツ海軍法に対するイギリスの回答として彼が脅迫していた海軍費の大幅な増加を盛り込んでいた。

大西洋艦隊はジブラルタルから本国海域に移動し、これまでマルタ島を基地としていた地中海艦隊がジブラルタルでそれと交代することとなった。しかし、ドイツが増強しなければイギリスも増強しないとチャーチルは示唆した。そうすれば両国の海軍は以前と同じ比率で存在し、両国とも莫大な支出を免れることになる。176

しかし、彼はこの提案をドイツに公式に伝えなかった。4 月 14 日、ドイツ海軍法は最終的に国会に提出され、5 月 14 日に修正なしで承認された。177

　ハルデイン使節団は主に 2 つの理由で失敗した。イギリスが、フランスを支援する自由を何らかの形で制限することになる中立に関する政治的合意を結ぼうとしなかったこと、そしてドイツが、イギリスを満足させるSupplementary Navy Lawの大幅な削減を行おうとしなかったことである。

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両国は、相手国の有力大臣が断固として拒否するような譲歩を求めていた。検討中の 3 番目の問題群、つまり植民地問題とバグダッド鉄道についてのみ、交渉を成功裏に継続することができた。経済帝国主義という、それほど困難ではない分野では、相互に満足のいく協定が徐々に策定され、第一次世界大戦の終結時には調印が完了していた。178

このように、ハルデン使節団は、1910年のロシアとのポツダム交渉と同様に、摩擦の原因のいくつかを取り除く結果となったが、どちらもその主要目的の1つ、つまりドイツの政治的孤立を軽減し、三国協商の束縛を緩める何らかの書面による合意を確保するという目的には失敗したのである。