中曽根発言は当たらない

　ついに最長老による一喝が出た。中曽根氏の発言だけに、その影響は大きい。

「国益を考えるべき」　中曽根氏が参拝中止促す

　中曽根康弘元首相は３日、都内で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝について「（Ａ級戦犯の）分祀（ぶんし）をやるのが一番いいが、時間がかかることであるならば、参拝をやめるという決断も一つの立派な決断だ」と述べ、参拝中止を促した。

　その理由として「個人の信念を貫くことは立派だし、必ずしも否定するものでないが、このこと（靖国参拝）が日本国家全体の利益にどのような作用を及ぼしているか考えることも最高責任者の大事なポイントだ」と指摘した。同時に「（参拝をやめれば）後退したとか、ひきょうだとか批判が出るだろうが、やめるのは、やる以上に勇気のいることだ」と強調した。
（共同通信） - 6月3日17時36分更新

　中曽根氏のかねてからの持論はだいたい以下である。
①首相の公式参拝には基本的に賛成。
②しかし、国際情勢（必ずしも近隣諸国とは限らない）に照らして中止すべきと判断すれば中止すべきである。
③A級戦犯は分祀すべきである。
④要するに２０年前のオレの判断（参拝中止）は正しかったのだ。

　この発言を受けてか、本日６月４日付読売新聞では「国立追悼施設の建立を急げ」などという社説がでた。（もっとも読売は以前からこうした主張をしてはいるが）

だがちょっと待ってほしい。まずは事実をきちんと整理すべきである。

＜A級戦犯は犯罪人か＞
　かの森岡発言で問題となったが、よもや小泉首相がA級戦犯を犯罪人と思っているということはないはずである。

　だが、中曽根氏の言うように、もしもA級戦犯を分祀すれば、中国・韓国の機嫌取りにはなるかもしれないが、それはイコールA級戦犯を犯罪人と認めてしまうことになる。

　そもそもA級戦犯は犯罪人か、という議論の前に、A級戦犯という概念は存在するか、という議論が必要だ。

　言うまでもなく、A級戦犯という概念は東京裁判で作られたものであり、もしも東京裁判の正当性が否定されれば、A級戦犯という概念そのものが否定される。実際にはすでにインドのパル判事の全員無罪論から始まり、この裁判を否定する発言はこれが行われた当時から存在した。当事者だったマクナマラやルメイといった米国人自体が後にこれを否定するような発言をしているし、被告の立場であった日本は戦後６０年経った今、もっと積極的にこの裁判の不当性を国際社会にアピールすべきではないか。

　そういった意味で、中曽根氏のA級戦犯分祀論は、残念ながら国際的にも日本にとっては大きなマイナスであるといえる。

＜公的参拝か私的参拝か＞
　この区別は三木元首相が参拝してから始まったようだが、そもそもこんな区別、何の意味もない。内閣総理大臣が靖国参拝すれば、どう考えたって公式参拝じゃあないの。「今参拝してるのは総理じゃなくて○○という私人だよ」だなんて、どう考えたっておかしい。医者が「オレ、今休暇中で私人だから急患が来ても診ないよ」なんて言っても世間に通じないのと一緒だよ。

　小泉首相はあたかも私人として靖国参拝をしているように報じられているが、もしそれが事実だとすれば私も首相の参拝は支持しない。首相は２４時間首相なのであり、「参拝中は私人だ。個人としての信条でやっているんだ」と思って参拝するのは確かにおかしい。

　だから小泉首相はあくまでも”内閣総理大臣として”参拝をすべきなのである。日本の代表者たる総理として、「A級戦犯」を含めた戦没者たちに哀悼の意をささげ、もって、不戦の誓いとする。そうでなければ参拝はやめた方がよい。

　もしも小泉首相が公人として靖国参拝を続ける意思なのであれば、そのことをきちんと表明し、世間の誤解を解くべきではないか。

＜別施設建立論について＞
　読売新聞がなぜか突然こんなことを言い出したが、これは中曽根氏自体も認めていない。以前「平和懇」（追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会）が平和祈念のための施設を作ることを提案した時も、中曽根氏はこれに反対している。
　
　靖国神社は明治開闢以来の伝統を持つ由緒ある神社だ。あそこに収まっているからこそ、祖国のために命をささげた英霊たちも落ち着いていられる。

　誰にだって”こだわり”というのはあるだろう。私は親父が亡くなる直前によこしてくれた手紙を後生大事に持っているが、もしこれを誰かが「きれいにワードで清書してやるから、そんな昔の手紙なんか捨ててしまえ」などと言ってきたところで即座に拒否する。

　靖国の問題だって同じ。靖国神社だからこそ、なのである。いくら立派な建物を別に作ったからといって、英霊たちの魂はそこには移らない。魂は靖国から絶対に離れないのだ。不合理と言われるかもしれないが、人間なんてそんなものではないか。

＜中国・韓国のホンネ＞
　要するに中国は共産党独裁政権維持のための外交カードとして、小泉首相の靖国参拝を利用しているにすぎない。ホンネを言えば、中国は小泉首相にずっと参拝をしていて欲しいと思っているはずだ。その限り、日本を悪者としていられる。そして共産党政権は安泰、というわけ。

　中国共産党は常に外敵（＝日本）を作っておかなければ国民の支持が得られない。安倍晋三氏が言ったとおり、仮に小泉首相が中曽根氏の言うとおりにしたとしても、あらたな外交問題を捜し出してきて、同じような非難を繰り返すことは目に見えている。材料は東シナ海のガス田や日本の常任理事国問題、その他まだまだ山のようにある。

　ここで小泉首相が譲歩してはまさに中国のおもうつぼである。中曽根氏は「参拝をやめるという決断も一つの立派な決断だ」と述べているが、これははっきり言って２０年前の自らの決断を礼賛しているとしか思えない。「小泉よ、四の五の言わず、オレがやったとおりにおまえもやれ」と言っているのだ。

　中曽根氏の言うように「国益を考えるべき」なら、今中国の圧力に屈して、首相の公式参拝をけっして中止させてはならない。中曽根氏が２０年前に圧力に屈した結果がまさに今の日中関係なのだから。