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　このレシタティーボではイエスはさんざんな目にあう。顔につばを吐きかけられたり、ぶん殴られたり、普通なら怒りを爆発させたくなるだろう。だってみんな冤罪なんだから。しかし彼はじっと耐えたのであった。

　これは並みの人間にはできることではない。やはり神の子なのだろう。
　この短いレシタティーボが終わって大合唱に突入する。

第４３番後半の大合唱

　この合唱曲の歌詞は命令形である。「Weissage uns,Christe, wer ists, der dich schlug?」という内容であるが、下線部のところが文法的命令形で、たたみかけるように民衆がイエスをつるし上げているのである。

　この歌詞を受けて、合唱は第４２番と同様、二部にわかれ、こちらはベネチア樂派のように二つの合唱が完全に分けられて、二つの合唱によって、上から下から、これでもかこれでもかと、たたみかけるように書かれている。この合唱を聴いているとまさに煽動された民衆のパワー（悪い意味の）を感じるのである。

　この曲の構造は興味深い。すなわち、アルト以下のパートは、すべてにわたって、完全にコーリ・スペッツァリの形をとっているが、ソプラノだけは、第７〜１０小節の間は第一と第二合唱が絡まるようになっている。

　このように、ソプラノ同士が途中結びついていることにより、最後の完全な二重合唱は非常に目立つようになっている。（下譜参照）

第４３番第６小節より


第４３番の構造

　さて、調性に関してであるが、この曲はニ短調ではじまって、その平行調であるヘ長調で終わるという、やや変わった和音進行となっている。別に最初の調性であるニ短調で終止しても一向にかまわない気がしないでもないが、そうすると次のコラールのヘ長調との連結がわるくなるであろう。

　次の第４４番のコラールはまさにこの激しい合唱を受けてのものであり、この大合唱をしっかり終止させておかないと、とてもコラールでは受け止めきれないのである。あえてやや強引に次のコラールと同じ調性であるヘ長調でこの大合唱を終わらせることにより、次のコラールへの通路がしっかりと確保されるような気がする。

第４４番のコラール;人間の二面性

　前述したように、このコラールは前曲の大合唱をしっかりと受け止める役割を担っている。あれだけ激しく非難されたイエスをこのコラールがやさしくなぐさめるのである。私たち聴衆も、このコラールが入ってくるとなんだかホッとした気分になる。あれだけの大合唱を聴いて音楽的にもまったくちがう雰囲気の曲を欲するためであろう。

　この曲の歌詞は第１６番の歌詞と趣旨を同じく、「私たち大衆は罪人（つみびと）である。それに対しイエスは無辜である」という内容である。イエスをあれだけあざけり笑った民衆に対し、他の民衆が今度はまたそのイエスに対し、これだけの理解を示すのである。両者の主張は正反対であるが、結局人間というものはどちらにもなりうるということだ。あるときはイエスを嘲り笑う側に、あるときはイエスをいたわる側に。

　人間というのはすべてこうした二面性を持っている。絶対悪の人間などめったにいないし、絶対善の人間もいない。人間は環境その他でどちらにもころぶのである。今日、コラールの側にいた人間が、明日イエスをあざけり笑う側にならない、という保証はない。

　ところでこのコラールの旋律は第１６番のそれと同じものである。同じ趣旨なのでバッハは同じ旋律を選んだのであろう。このコラールの和声付けは妙な修飾をほどこした部分はなく、何となく安心して聴ける。（対斜のオンパレードであった第３８番のコラールと比べてください）

　前曲の大合唱へのカウンターアクションとして、このコラールの存在価値は大変大きいといえよう。

＜補遺＞　
　このコラールは、同じような場所において、ヨハネにおいても使われているが、その編曲は全く異なる。

すなわち、マタイでは特に当たり障りのない平凡な編曲であるが、ヨハネにおいては、マタイ３８番のように、ところどころに、棘が仕組まれた編曲なのである。

　おそらくは、ヨハネの方が全体的に劇的な雰囲気なので、それに合わせたのであろう。
↑ヨハネ受難曲における同じコラール

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第４３番
合唱
Weissage uns, Christe,
当ててみろ、キリスト、

wer ist's, der dich schlug?
お前を殴ったのは誰だ？

第４４番
コラール
Wer hat dich so geschlagen,
Mein Heil, und dich mit Plagen
So ubel zugericht'?
Du bist ja nicht ein Sunder
Wie wir und unsre Kinder;
Von Missetaten weist du nicht.

誰があなたを打ったのですか、
私の救いよ。
あなたの苦痛を
かくもひどく与えたのは
誰ですか？
あなたは罪人ではありません。
私たちとその子らのようには。
あなたは悪事を何も
お知りにはならぬ方なのです。