朝７時半、電話が鳴った。「ひろし、佐賀医大から電話だよ」母がまだ熟睡中の僕に叫んだ。ひょっとして・・・。心臓が口から飛び出さんばかりの鼓動だった。

　案の定、追加合格の電話だった。なんと土壇場で医学生になったのである。相撲でいえばまさにうっちゃりで拾った勝利といえるだろうか。２７歳の遅咲き医学生の誕生である。
　この５年間に３回医学部を受験した。今年３回目の受験も失敗していた。香川医大は自信があったにも拘わらず、合格通知は来なかった。佐賀医大は今年は休暇を取ってはるばる飛行機に乗って発表を見に行った。そこに僕の名前はなかった。

　今日が追加合格の発表日だとは知っていたが、期待はしてなかった。それがまさかの追加合格となったのだ。合格者の何人かが抜け、僕に回ってきたということか。神様が最後にほほえんでくれたというわけである。

　両親は慌てふためいていた。まさか合格するとは思っていなかったからだ。３回目も失敗し、もうこれであきらめるだろう、このまま公務員としての人生をまっとうしてくれるだろうと思っていたらしい。両親は私の受験に最初から反対だったのだ。もし母が大学からの電話を僕に取り次がなかったら他の受験生が合格し、僕は不合格だったろう。なんといっても親というのはありがたいものである。

　とにかく待望の医学生となった。医師への道の第一歩を踏み出したのだ。春うらら、ぽかぽか陽気の中、入学意思確認の電報を打ちにいった。

　今日は佐賀医大の入学式である。昨日、公務員を退職し、はるばる夜行列車に乗り、本日の朝ここ佐賀に着いた。そのままタクシーで医大へ。心が高鳴る。いよいよ二度目の大学生生活が始まるのだ。なんと贅沢な生活であろう。しかし医大での学生生活では生活費、学費等はすべて自分でまかなうつもりだ。貯金も５年間の社会人生活である程度は出来たし、あとアルバイトや奨学金があれば何とか６年間は持つだろう。

　入学式には新入生、父兄が大勢来ていた。クラブの勧誘もさかんなようである。やはり、というか、残念ながらといおうか、年を食った僕にクラブの勧誘はない。まさか父兄と思われたということはないと思うけど。しかし新入生の中には僕以外にも年寄り学生がいるようだ。どうみても僕より年上と思える新入生もいる。

　入学式を終え、ひとまずアパートに帰る。それにしてもひどいボロアパートだ。何せ家賃１８０００円、佐賀でも最低のところを借りたからな。不動産屋さんからは「あそこでいいんですか」と言われた。
トイレと風呂は共同だし、無論水洗ではない。モルタル造りで、廊下は木だから歩くとミシミシ音がする。築３０年くらい経ってるらしい。部屋は２部屋あるからかなり広い。独身学生には十分だ。カネがないからこんな男おいどんのような生活にもがまんせねばなるまい。

　それにしても２７年間とうとう彼女はできなかった。僕は医学部と結婚したつもりだ。そう思って頑張るしかあるまい。