歴史は暗記ものか？
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高校生の時まで、歴史の学習というものは暗記ものだと思っていた。膨大な事項を覚え、年号を覚える。大学入試などのためにもひたすら暗記する必要があった。何でこんな細かいことまで暗記せにゃならんのだ、と思っていた。どうせ試験が終われば忘れてしまうのに。
しかし歴史の先生はそんな私の焦燥感など意に介せず、「とにかく暗記しろ、大学入試での日本史、世界史は暗記が勝負だ。暗記！暗記！」という感じだった。歴史の面白さなどはぜんぜん教えてくれなかった。歴史というものはただ覚えるだけのつまらない教科だと思っていた。
だが大学に入ると、この高校の時に只管（ひたすら）覚えた歴史の知識が役に立った。たとえば西洋経済史の勉強や経済学史の勉強などでは世界史の知識が必須だった。高校生の時に定期試験や大学入試のために一生懸命覚えた知識が大学での勉強で役に立ったのである。
また西洋音楽史の勉強のためにも世界史の知識を必要とした。さらに、大学で本当の歴史学というものを学ぶためにはなんとしても一定水準の歴史知識というのは必須であろう。基礎知識もない者がそれを土台とした学問を理解できるはずはない。
とかく高校までの歴史学習というものは暗記ものとの批判が強いが、このように大学レベルでいろいろな学問をやるようになると、どうしても高校で習う程度の歴史知識が必須となる。つまり高校程度の世界史、日本史の知識がないと人文社会科学系統の勉強はまずできないといってよい。
たとえばイギリスがなぜ１７世紀から世界を制覇するようになったか、を理解するためには当時の国際関係を詳細に知らねばならない。そのための最小限必要な知識が高校程度の世界史の知識である。これを知らないと、いちいち世界史の勉強から始めなければならない。これは面倒だ。できれば高校生の時に覚えてしまった方が楽である。
このように将来の学問のことを考えれば、高校生あたりの頭がやわらかい時期に徹底的に歴史知識を詰め込むのも必要ではあると思うのだが、高校の時の歴史の勉強が暗記モノである理由はもう一つある。それは高校生くらいの人生経験では歴史を形成してきた人間の人間くささというものがまだ理解できず、本当の歴史を知るには若すぎるということだ。
思うに歴史というものはそれぞれの時代の人間の行動の記録である。現代に生きる私たちからみれば遠い過去の出来事にすぎないことでも当事者にしてみればふりかかる災難から何とか逃れようと必死になって行動した結果のほんの一部が歴史として今日の教科書に書かれているに過ぎない。
たとえば「日露戦争における日本海海戦において東郷平八郎率いる日本の連合艦隊はロシアのバルチック艦隊を撃破しました」という教科書の一行の説明の裏には東郷平八郎の司令官としての苦悩、国際情勢の読み、作戦計画をたてた参謀の知恵、決戦のために只管（ひたすら）腕を磨いた砲術員、その他国を守ろうとする大勢の人々の必死の作業があったはずである。
歴史を勉強する、ということは教科書では一行程度でしかかかれない事柄の裏にあるこうしたそれぞれの時代のさまざまな人の動き、考えや背景を理解することである。はたして高校生程度の人生経験でこうしたことが理解できようか。
歴史を真に理解するためには人間というものを知らなければならない。その泥臭さ、清らかさ、争い、欲望、その他人間がこれまでやってきたこと、すなわち歴史を理解するためには何といってもかなりの人生経験が必要である。とてもじゃないが高校生では無理だ。だから高校の時にはとにかく大雑把な（といっても相当の分量があるが）歴史の結果だけをとにかく暗記させてしまえ、ということになる。
それはそれでいいと思う。高校生の頃にわけもわからず知識として暗記したことはいずれ忘れてしまうではあろうが、人間というものは一度頭に入れたことは忘れてしまったとしても必要な時には思い出すことができる。将来大人になっていろいろな勉強をしたり、いろいろな経験をして歴史の知識が必要となった時、思い出せばよい。知識として一度は頭を通過していれば思い出すのは楽である。まったく白紙状態で新たなる知識を仕入れることは大人になってからでは難しい。
高校生の頃は歴史に限らず、暗記ものが多くて辟易したが、今から思えば若くて頭がやわらかい時に基礎的な知識を（入試や試験などで強いられてではあるが）詰め込んでいてよかったと思う。たいていの人間というのはある程度強制されないと勉強しないものであるが、若い頃にむりやり詰め込んだ知識でも、将来意外な時に役立つものだ。
以上のような意味で、高校で習う歴史が暗記ものであることはやむを得ないことである。さらに歴史教育には史観の問題もあり、これもまた高校の歴史を暗記偏重としている一因であるとも考えているが、これに関しては別稿三つの歴史観のページを参照されたい。
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