最近、同じような事件でありながら、対照的な経過をたどった、２種類の裁判の判決があった。いずれも、医師によるわいせつ事件である。

①大野晋太郎事件
2020年1月、勤務していた福山市民病院で行われた手術に助手として立ち会った際、全身麻酔を受けた３０代の女性患者の陰部を数回にわたり触ったなどとして、準強制わいせつの罪に問われた。

告発者は患者ではなく、手術中に大野容疑者のわいせつ行為を目撃した手術に関わった看護師が病院の安全管理室に報告して発覚した。病院が内部調査をし、２月上旬に刑事告発した。本人が行為を認めたため、裁判は速やかに進行し、10月に有罪判決（懲役２年、執行猶予３年）が出た。

②乳腺外科医によるわいせつ事件
2016年の事件で、執刀医が病室で、全身麻酔後で意識がもうろうとしていた患者の乳首を舐めたかどうか、という争い。一審判決は無罪だったが、今年7月の二審判決は逆転有罪（実刑）。

被告は一貫して行為を否定しているが、被害者側が冷静で、証拠保全（舐められた側の乳首を看護師に拭かせず、警察が来るまでそのままにしておいた）をし、舐められた乳首から通常ではあり得ない量の被告の唾液が検出されたことが決め手になった。

●医療界、病院に守られた乳腺外科医
さて、両事件はともに、全身麻酔後の朦朧としている状態でのわいせつ行為が問題になったわけだが、以下のような相違がある。

	①	②
犯行現場	手術室	病室
告発者	病院	被害者
被告は犯行を	ほぼ認めている	一切認めていない
科学的証拠	？	あり
病院からの支持	なし	あり
医療界からの支持	なし	あり
判決	有罪（執行猶予つき）	無罪→ 有罪（実刑

ここでは主として②の事件を扱いたい。

まず言いたいことだが、私はこの医師は間違いなく、犯行に及んでいたと考えている。ちなみに私は医師であり、医療関係者であり、医療関係者の多くは犯行に否定的ではあるが。

理屈は単純である。まず第一に、被害者の供述が非常に詳細で矛盾がないこと。被害者は以下のように話している。

「ベッドの左側から右の衣服をめくられ、さらに左の衣服もめくられ、胸に違和感を感じて目を開けると、被告人が左乳首を舐めたり吸ったりしていた。乳首や乳輪の辺りをすごい吸いつくようにかぷっと舐めたり吸ったりしていて、よだれとかもべちょべちょで、すごく気持ち悪かった。やめてほしかったので、起きる演技をして、握らされていたナースコールを何度も押した。担当看護師が入ってくると、逃げるように出て行った」

術後の朦朧状態で、ここまでの”創作”ができるだろうか？

次の理由は、前述のように、被害者が証拠保全をしていたこと。単なる妄想でここまで理性的に考えられるだろうか？　本来なら担当看護師は「そんなことあり得るわけないでしょ。はいじゃあ拭きますから」と言ってしまうのではないか？それをせずに、被害者の言う通りにしておいたのは、その発言に、何か鬼気迫るものを感じたのではないか？　また、とっさの判断で、被害者の気持ちを察したのではないか？

最後に、やはり保全された科学的証拠があること。被害者の思いは通じたのだ。鑑定結果を見る限り、犯行が行われたことは、動かしがたい真実としか、言いようがない。

ここで被告側は、大きなミスをした。科学的鑑定を覆すべく、以下のような話をしたのだ。

• 手術の当日、起床時の身支度以降は手術の直前まで手を洗わなかった
• ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある

被告の担当弁護士の一人は、かのカルロス・ゴーンを作業服姿で変装させて逃亡させたあの高野隆弁護士だった。高野弁護士は、姑息なやり方をゴーンの指示したのだが、簡単に見破られてしまった。最優秀な弁護士と最優秀な経営者がなぜあのようなお粗末な逃亡劇を企てたのか？私は、優秀な人間ほど、どこか間の抜けたことをする、と考えている。あまりに詳細に物事を詰め過ぎて、最後の矛盾を無視してしまうのだ、エリートは。

こういう”前科”のある弁護士なので、彼は以下のように考えた。

動かぬ証拠を崩すには、被告をかなり不潔な状態にしておかなければならない。つまり、咳、痰、接触によりかなりの量の唾液が原告の胸に付着したことにするためには、このような仮定をせざるを得なかった。

だが、仮定に無理があった。世間は、被告を、「ニキビを潰した手でそのまま診察するような不潔な医師」と受け取った。高野弁護士は、ゴーンに対してと同様、策士策に溺れたのである。

第一審はそれでも被告は無罪を勝ち取った。だがこれは、、「いささか決定打には欠けるが、『疑わしきは被告人の利益に』の観点から、唾液の飛沫が乳頭付近に付着する可能性があるということになる」（判決文より）という、まさに危ういものだった。少しでも裁判官の心証が変われば、判決そのものが覆る可能性を秘めた無罪判決だったのだ。

そして、覆った。

但し、被告を犯罪者にすることには、相当な勇気が必要であったはずだ。何せ、一人の医師の人生を葬るのだ。医療界からの圧力も大きい。

医療界はほぼ全面に被告の味方だった。有罪判決のあと、すぐに、日本医師会・東京保健医協会などが強く抗議をしている。中川日本医師会長は、「体が震えるほどの怒りを覚えた。日本医師会は判決が極めて遺憾であることを明確に申し上げ、今後全力で支援する」とまで言い切った。

これには前例がある。産科医の過失が問われた大野病院事件では、日本医学会を始めとする、医師逮捕に反対する声明が澎湃として出された。私自身、あれは不当逮捕だと思った。

今回の事件は、診療内容とは無関係のわいせつ事件だが、医師会が被告を守ったのは、やはり、状況的にわいせつ行為などあり得ない、という思い込みだろう。

いつ誰が入ってくるかもわからない、平日日中での個室ではない病室で、そのような行為ができるはずがない、という思い込み。専門家であればあるほどに、あり得ない行動なのだ。

医師会からすれば、あり得ない犯行なのだから、やはり原告の妄想だろう、と単純に判断したのではないか？

だが、病室ではないにせよ、衆人環視の手術室においてもわいせつ行為に及ぶ不届き者がいることは①の例でも明らかであり、言い換えると、その後に①の例が出てきたからこそ、あるいは病室でも、という疑いも高まったと言える。

被告は当然上告をするだろうが、一審の無罪は「疑わしきは被告人の利益に」の推定のみで、科学的証拠は原告に有利なのは明らかなので、このような二審判決が出た以上、これが覆ることはないだろう。医師会の中川会長も、就任早々、大チョンボをしたことになる。

菅（すが）首相が、政権発足後、学術会議問題へメスを入れたことについで、2番目のクリーンヒットを放った。 ただ当然ながら、もともと安倍政権が先送りをしていた事象だけに、反対も大きい。

特に問題なのは、民主主義との兼ね合いである。つまり、”民意”を最優先すると、国家ひいては国民にとって必要な海洋放出はできないのだ。（世論調査では、70％が、海洋放出に反対している）。

このように、民意＝国家・国民の必要ごととならないところに、民主主義体制の難しさがある。民意、あるいは国民の過半数が支持した政策が、国家・国民自身に正しいとは限らない、否、むしろ民意の逆こそが正しいこともある。

明治政府が当初、藩閥勢力と議会開設を目指す勢力（自由民権運動、大隈重信等）とで対立したのは、前者が、国民の意思を国家意思に反映させること（すなわち民主主義）に強い警戒感を抱いていたからである（それはやはり、現実のものとなり、最終的に大東亜戦争として”結実”する）。

日本や欧州と異なり、王様や皇帝（天皇）の権威に頼ることができないアメリカ合衆国では、ことの他、民意の扱いには慎重であり、建国の父たちは、むしろ民意が国家意思とはならないようなさまざまな工夫をこらしている。

それでも20世紀には、民主主義の猛威は第一次、二次世界大戦のことに激化の原因となり、1000万以上の人間を殺した。（ただし、共産主義国家はそれとは比較にならない人間を殺している）。

●大事なことは民意尊重ではなく民意の無視
このように、民意を尊重していくと、最終的には過剰な殺し合いに導かれるのだが、それを何とか阻止しているのが核である。第二次大戦後75年間、大規模な戦争が起きなかったのは、まさに核兵器のおかげであった。

したがって、大事なことは民意を尊重するのではなく、民意を聞くふりをすることによる、民意の無視である。そのための必要条件が、国家のトップが、①国家にとって本当に必要な事象を、きちんと理解していることであり、②民意を無視してでもそれを遂行できる能力である。

①の能力においては、おそらくはこれまでの国のトップのかなりを合格とすることができよう。逆に明らかな不合格者は、三木武夫（角栄を屠った）、菅直人、鳩山由紀夫くらいのものであろう。

このように、さすがに日本国のトップになった人物は、国家にとって本当に必要な事象をきちんと理解していたと思うが、②に関しては、民主主義国家では非常に困難であったと思われ、合格点を与えられるトップはおそらくは小泉純一郎くらいのもので、もうひとりが菅（すが）首相である。

小泉純一郎は、ポピュリズムとも言われ、世論の支持で飛んでいたたこのようなものだったではないか、と思われるかもしれないが、彼が推し進めた米国型の新自由主義（ネオリベラリズム）は、決して国民が欲していた政策とは思えない。新自由主義は、必然的に、社会の脱落者が増えるからである。

おそらくは普通の人にとっては、過酷な競争はいやなものである。できればぬるま湯がいい。1980年代まではそれが通じた。無論、企業や企業戦士は熾烈な競争をしていたが、競争にやぶれた人間は、いわゆる”窓際族”として、定年までの雇用は保証された。

しかし、’90年代以降、日本にはそのような余裕がなくなり、窓際族になるような人たちは、企業外に放り出されたり、非正規社員になる他はなくなった。そして、そんな世の中に、小泉は誘導したのである。

小泉はそのように、国家・国民のためとはいえ、半ば強引に新自由主義を進めたために、反動も大きく、それが数年後に小沢一郎に寝首をかかれる（民主党への政権交代）要因となった。

海外では、何と言っても、M.サッチャーが②の好例である。サッチャーは、英国病を患っていた国家・国民のために、反対世論をものともせずに、改革を進めていった。その流れは、後を襲ったブレアによって多少は修正はされたが、構造的には同じだった。サッチャリズムはまさに、not of the people、not by the people,but for the peopleの政策だった。

なお、イデオロギー的にはこれまでの内閣では最良と思われる安倍晋三氏でさえ、②については、小泉ほどの合格点は上げられない。安倍内閣は、たとえば、安保政策・教育政策などでは、世論の反対を押し切って遂行したことは評価できるが、エネルギー政策については、あまりに消極的だった。これらの国家・国民にとっての優先度を鑑みれば、処理水の海洋放出を含んだエネルギー政策の先送りは、日本に大きな傷を残した。

菅（すが）首相は、安倍前首相が残した宿題に、ひとつづつ取り組んでいった。その２つの成果が、まさに学術会議での任命拒否と、処理水の海洋放出だった。どちらも世論を敵に回すものであり、トップの果断がなければできないことであった。

●福島の漁業の風評被害をどうするのか
安倍前首相が、処理水の海洋放出ができなかった背景には、世論全体よりも、100％起こるであろう福島の漁業のことへの懸念があったのだろう。ここに思考が及ぶと、確かに思考停止となるから。安倍は、やさしすぎた。

菅（すが）首相には腹案はあると思われるが、それは結局、壮大なばら撒きしかないだろう。かつて田中角栄が通産大臣時代、日米繊維交渉で使ったやり方だ。

田中通産相は、暗礁に乗り上げていた当時の日米繊維交渉を、税金（当時の金で2000億円）で国内余剰設備を買い上げて廃棄するという奇策で乗り切った。法やリクツでごねても事態は動かない。最後は日本が大幅譲歩したわけだが、それしか交渉を乗り切る方法は、なかっただろう。

処理水の海洋放出も一緒で、リクツで動かそうとしても、問題は絶対に解決しない。ここは政府の大幅な譲歩が必要だ。菅（すが）の腹案はおそらく、海洋放出に関連する漁業権を買い取ってしまうくらいの覚悟だと思う。早い話、福島の漁民を遊ばせておけるくらいの補償をするのだ。一部からは税金の使い道の問題が指摘されるだろうが、それを漁業補償にまわすと言われれば、そう反対はできまい。

それは間違いなく、福島における倫理的廃頽を招くことだろう。なにせ、遊んでいても金は入ってくるのだから。それでも、国家・国民的視点から見れば、そこまでの補償をしてでも、汚染水の海洋放出はすべき、いや、しなければならないのである。

菅（すが）首相の英断を讃えたい。

令和２年１０月２５日　”脱原発”は、”脱ダム”の見直しを参考にせよ

（朝日新聞社説）エネルギー計画　電源構成見直し大胆に 2020年10月23日 5時00分 　新しいエネルギー基本計画の議論を経済産業省が始めた。再生可能エネルギーをどこまで活用するのか。石炭や原子力への依存をどう抑えるのか。今の計画に縛られず、大胆に見直すべきだ。 　エネルギーを巡る環境はここ数年、激変している。にもかかわらず２０１８年につくった現行の計画は、１５年に経産省が決めた電源構成の目標を受け継いだ。その結果、国内の現実とも、国際的な潮流とも、かけ離れたものになっている。 　現計画は再エネを初めて「主力電源」と明記したものの、３０年度の全電源に占める比率は２２～２４％に据え置いた。同時に「安全が確認できたものは再稼働」する原発で２０～２２％を賄うとした。 　現実に目を向けると、国際エネルギー機関（ＩＥＡ）が集計した今年１～６月の国内の電源別発電量の速報値で、再エネは前年より２割増えた。コロナ禍による経済低迷で総発電量が減ったことも重なり、割合では２３％と３０年度目標の範囲に達している。安全性への懸念が根強い原発は６％にとどまる。 　脱炭素に向けた動きも世界で強まるばかりだ。５０年までに二酸化炭素排出の実質ゼロ達成に賛同した国・地域は１２０を超えた。一方、日本政府は今春、５年前にまとめた温室効果ガスの削減目標（３０年度に１３年度比２６％減）を据え置いて国連に提出し、国際的に批判を浴びた。 　梶山弘志経産相は７月、非効率な旧式石炭火力を３０年にかけて段階的に減らす方針を表明。洋上風力を推進する官民協議会も発足させた。菅首相は来週、初の所信表明演説で５０年に温室効果ガス実質ゼロの目標を掲げる方針というが、次期エネルギー基本計画で、その裏づけになる政策を強化する必要がある。 　脱炭素の手段として経産省は原発の活用も掲げるが、世論の反対もあって実際には再稼働は進んでいない。安全対策コストの上昇で、経済合理性にも疑問符がつく。依存度をさらに下げ、将来の原発ゼロを見すえる計画を打ち出すのが責任ある態度ではないか。 　石炭にも原発にも依存しない社会をめざすためには、天候に左右される再エネを、真に主力として頼れる存在にすることが求められる。送電網の使い方の工夫や、蓄電池など電気をためる技術の革新に目を配ることが欠かせない。 　電力やガスでは市場の自由化も進んでいる。そんな中でも、エネルギーの安定供給をどう果たしていくのか。次期計画では、あるべき将来像を大ぶりに描き、その実現を促していく道筋を示さねばならない。

10年前まではあれほど盛んだった”脱ダム”論議が、球磨川の洪水被害で、一挙にひっくり返ってしまった。脱ダムの急先鋒だった熊本県の蒲島知事は２１日の定例会見で「ダムによらない球磨川の治水は実現の可能性がとても遠い」と話している。尊い人民の犠牲が、真実を炙り出したと言える。

脱原発もまったく同じ構図である。違うのは、”尊い犠牲者”が幸い、まだ出ていないこと。（サヨクは出ていると言うが、それはウソ）。

そもそも、再生エネを、朝日新聞の言うように「天候に左右される再エネを、真に主力として頼れる存在にする」ために必須の技術が、大規模な蓄電技術であり、仮にこの技術が完成すれば、それこそ世界中でも再生エネ100％が実現するかもしれないし、人類は、少なくとも発電においては、化石燃料ゼロ、CO2ぜロを達成することができる。

それは、朝日新聞らサヨクも当然ご存じで、だからこそ「蓄電池など電気をためる技術の革新に目を配ることが欠かせない。」ということになる。まさにおっしゃる通り。

問題は、それがはたして、人類によって可能になるのか、ということ。その見込みがあるのか、ということ。この点になると、はなはだ疑わしい。

不思議なのは、再生エネ論者は、蓄電池技術に関しては、その不可能性を言わないのに、核燃料サイクル技術などの、それができると自分たちが困る技術については、否定的なこと。あらまほしき技術は完成するが、あるまじき技術は未完に終わる、ということなのだ、彼らの論理は。

球磨川や昨年の荒川の治水でわかったことは、ダム以外のあらまほしき技術はついに完成せず、ダムというあるまじき技術こそがやはり、頼りになる、ということ。

私たちは、脱ダム派、脱原発派の自己に都合の良い論理に惑わされてはならない。