| 点滴のはなし |
多い点滴希望者
点滴を希望する患者さんは多い。外来を訪れるかなりの患者さん（とくにお年寄り）が点滴、注射を希望する。なぜ痛い思いをしてまで点滴を希望するのかと問うと、「なんとなく気持ちがいいから」「よく効くから」という答えが返ってくる。患者さんと押し問答をしても仕方ないので、言われるがままに点滴をすることにする。「まあ、少なくとも害はないだろう。」
とのことで。
点滴の歴史。
点滴というのは要するに血管確保をして、皮下の血管から電解質を含んだ水分を重力を利用してゆっくりと流し込むわけである。もともとは下痢や嘔吐がはげしくて、口からの水分摂取ができない人に対する水分補給処置として考えられた方法である。最初の頃は血管内ではなく、皮下に直接注入していたのだという。（さぞ痛かったろうなあ） 戦前の皮下注射用のガラスのボトルを見たことがあるが、皮下ではなかなか吸収されず、水分補給としては効率は悪かっただろうと思われる。
誰が考えたか知らないが、この血管内に直接水分を入れる点滴法は脱水症の患者さんにはきわめて有力な治療法となった。コレラなどのように異様なまでの下痢で水分がどんどん出て行く病気などには特に有効であった。点適法の発明により、脱水症で亡くなっていった小さな子供などがどんどん助かるようになったのである。
点滴はどんな病気に有効なのか。
前述の如く、点滴というのはどんな病気にも効くように思っている患者さんが多いが、点滴のしくみを考えればどんな病気に有効であるかは想像がつくであろう。要するに点滴とは水分補給にしかすぎないのである。よく点滴で栄養補給ができると思っている人がいるが、基本的には点滴で補給できる栄養量は微々たるものである。
したがって点滴の目的は栄養補給ではなく、水分補給のみである。食欲がない人の栄養補給の代わりにはならないのである。そのかわり、胃腸が弱ってしまって、水も飲めない、という人にはきわめて有効である。こうした人に点滴を行うと、脱水症状がおさまり、みるみる患者さんの顔色がよくなっていく。特に子供の急性胃腸炎のひどいのになると、いくら水を飲んでもみんな吐いてしまって、ぐったりしていることが多いが、牛乳瓶一本分くらいの点滴で見違えるほどによくなるものである。
色のついた点滴には何が入っているのか。
ときどき黄色や赤の色がついた点滴液をみることがあると思うが、あれは外来の場合はたいていはビタミン剤が入っている。要するに点滴によってビタミンの補給もやろう、という発想である。昔はこのビタミン剤入りの点滴は保険点数が高かったらしい。そのために、特に金儲け志向の開業医などがどんどんこの色つき点滴をやった。
しかし通常はビタミンを点滴で補給するほどのビタミン不足となることはないので、現在ではこの点滴にビタミンを入れる医療行為はほとんど医療保険が通らなくなっている。それでも昔の習慣が忘れられないのか、ただ点滴だけでなく、色がついたのじゃないといやだ、という患者さんもいる。そういう人には事情を話して無色透明のでがまんしてもらうか、どうしてもという場合は患者さんの自己負担でビタミン剤を入れている。
思うに、現在のお年寄りの点滴好きは医者（特に開業医）が作り出したものともいえる。もうかるもんだから、開業医などがどんどんいらん人まで点滴をした。ビタミン入りのは特にもうかるので、なんでも色つき点滴をした。このために患者さんは病院＝点滴や注射をするところと思い込まされているのであろう。
点滴をしてはいけない場合
点滴は多くの場合、有効ではないにしても特に害はないのであるが、中には有害なことがある。医療関係者によく知られているのは心不全（要するに心臓が弱っている人）の人には急速な点滴はしてはいけない、ということである。点滴をすると体液量が増え、弱った心臓にかかる負担が多くなるためである。
実際、ある医師が心不全のある患者さんから点滴を強要され、いくら言っても聞かないのでやむを得ず２００ｃｃだけ点滴をして帰ってもらったら、案の定１時間後に息が苦しい（心不全の症状）といって救急車で運ばれてきたのをみたことがある。このケースははっきりいって患者さんの自業自得である。病院へ来たらあまり我を張らないで、素直に医者のいうことは聞いてほしい。
万能ではない点滴
以上のように、点滴というのは症例によってはきわめて有効な治療法であるが、決して万能ではない。病気によっては害があることもある。したがって、患者さんにお願いしたいことはなんでもかんでも点滴、点滴、と言わないで欲しい、ということだ。医師は必要ならば患者さんから言われなくとも点滴をする。現在の医療保険では点滴は手間のわりには点数が低いので、どこの病院もあまり積極的に不必要な点滴はやろうとはしないと思う。たいていは点滴を要求する患者さんに根負けして、ということだろう。しかしたいした点数ではないとはいえ、全国的には不要な点滴だけで膨大な医療費を喰っているだろう。少しでも貴重な医療費を節約するためにも、節度ある医療を医療者側にも患者さんにも求めたいものである。
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